第4話
人の心を目に見える形にするというのは、形にする心の所有者の「お客様」にも少なからず負担を掛ける。
それは、誰かに傷つけられたといった忘れたい記憶や、たとえば「誰かを殺したいほど憎いと思った」というような、その人が自分の感情を認められずに心の奥底にしまった感情なども含めて、残さず全てを形にする事だからだ。
だからこそ、お客様の心の色は、丁寧に見極めなくてはならない。
人の心を目に見える形にするには、まず、ウォームドという装置に入ってもらう。卵が台座に座っているような形の装置の中には、ふかふかの椅子がある。人によっては半日以上も座っている可能性があるからだ。そして頭には、これも卵を模した帽子を被ってもらい、そこから装置と直接繋がることになる。私たちは、半分眠った状態になったお客様に、自己に関するいくつかの質問をする。質問に答える脳波を測定して、卵の形として出来上がる「心」の色や微妙な形が決まっていく。一度始めたら、途中で終わりにすることが出来ないので、気の抜けない仕事だ。
丁寧にやることに固執していた私は、チームのやり方に疑問があった。
私の居たチームでは、「手早く形にすること」や「綺麗な形にすること」が重要視されていたからだ。
確かに、相手を半分眠らせた状態を長く保つのは身体の健康にも関わるし、何よりコストが掛かってしまう。歪な形は、クレームが出ることも多い。
そうは言っても、一度形にしてしまえば、その人は一生それと向き合う事になるのだから、その人の心を正確に映すことを、大切にしたいと思った。
けれど、自分の考えに自信が持てなかった私は表立って口には出来ず、自分の役割の分だけ、その主義を通していた。
心を形にする為には、それぞれが役割がある。全体の見通しを立てるリーダー役、そのリーダーのフォロー役、リーダーとは別の動きが出来る役。日によってリーダーはローテーションで替わる。チームプレイのはずだった。
その日のリーダーは私だった。その日は朝から気分が悪かった。だから、気付かなかったのだ。それぞれがちゃんとした配置についていないことに。気付かないまま装置を作動させた私は、形にするのが精一杯で、きちんと色を見極めることが出来なかった。
出来上がった心を見つめるその人の顔は、悲しそうだった。
あなたにはもっとこんなところがあると、教えたかったのに、それを乗せることが出来なくて、その人がその時に一番悩んでいる色が濃く、前面に出てしまったのだった。
ああ、また失敗したんだなと思った。
同僚たちは「良かったですね、全部自分の思い通りに仕事が出来て」と笑顔で口にした。
「もうこんな仕事やめてやるって思ったんです。だから、どこでも良いから遠くに行きたくて」
気付けば飛行機に乗り込んでいたのだった。
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