第2話
着いた空港は拍子抜けする程こじんまりとしていて、だけど土産物屋は活気がある場所だった。東京の忙しなく人波が押し寄せ、何処かから香水の匂いがしてくるような空港とはまるで違っていた。
初めて来た知らない場所のはずなのに、その規模の小ささや空気感に、私は安心感を覚えた。
空港連絡バスに乗り、市街地へ向かう。窓の外を駆ける景色は、山や田ばかりだったけれど、東京郊外のような寂れた感じではなくむしろ、今現在も現役だと主張するように活き活きとしていた。
この県で一番大きな駅に着いた。そこに併設された観光案内所に入る。檜のとても良い香りがする。案内所の中の壁には、地域別にパンフレットが置かれていた。
「こんにちは。ここには初めてですか?」
少し訛りの入った挨拶と、暖かな笑顔の女性に声を掛けられる。案内所のスタッフだろうか。綺麗な袴を着て、背筋がしゃんと伸びているのが印象的だった。
「はい。何も調べずに来ちゃって…」
苦笑いをしながら私が答えると、「それも旅の醍醐味ですよねぇ」と小気味よく返しながら、こことかここもおすすめですよーと手際良く調べて示してくれる。
その中の一つに目が止まった。奇跡の清流。
奇跡の技。その言葉が頭をよぎった。
「ここって、どうやって行けば良いですか」
気付くと私はスタッフに行き方を聞いていた。
ここには山があり、海があり、人がいる。
ターミナルの駅から三十分程電車に乗り、そこから路線バスに乗り換えた。
目的地のバス停より少し手前で降りて、歩く。左側の山は、聳え立つという表現よりもかき氷のようなという表現が似合いそうだ。可愛らしい形の小さい山がいくつも並んでいる。右側には、果てが見えない太平洋が広がっていた。それ以外は、本当に何も無い。
外を歩いているのに、自分の内側に深く潜れるような気分になるのは何故だろう。
同時に、どこに行っても私は私という命題から逃れられないのだと思い知らされる。でも、目の前に広がるどこか懐かしさを覚える景色が癒してくれた。
仕事でしたミスについて、延々と考える。それはどこに行ったって変わらないけれど、自分の部屋で天井を見つめながら考えていた時とは気分が違った。
散々いろいろな道を試したお陰で、渓谷に着いたのはもう日も暮れかかっている時間だった。
「あんた、こんな時間にどうしたと?」
私より背の小さいお爺さんが、驚いたように尋ねる。
「ちょっと…道に迷っちゃったんですよね」
本当は渓谷が見たかったんですけど、と私が言うと、もう暗いから明日にした方が良いとお爺さんは言った。
それもそうかと思い、ただ、それからどうするか決めていなかった私は途方に暮れた。
それが顔に出ていたからか、お爺さんは「明日行けば良い」と言ってくれる。
「そこの宿屋、うちじゃけんの」
こんな時期だから客もおらんし、部屋は幾らでも空いちょるき。独特のイントネーションが可愛らしい。ああ、空いてるからな、と言い直す。観光地であるが故に、標準語が使い慣れているからか、旅行客の私に対してわかるように話してくれているようだった。
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