第14話 かくしごと

 ユイは布団の中で、陽菜子の手を握ったまま言ってきた。

 だから、これ、恋人繋ぎ! 恋人同士がする繋ぎ方だっては!


「ヒナ、私に何か隠し事してるでしょ?」


 うわごとのようであり、詰問の様でもあるような、ユイの声。


「隠し事って、私、一人暮らししてること、ユイにしか打ち明けてないのよ?」


 色々と隠しているくせに、陽菜子の口からはそんな言葉が出てくる。


「ううん、何か隠してる。最近のヒナ、なんか変だもの。いつもどこか上の空って言うか」


 たしかにそうだ。

 陽菜子が上の空になっているときは大抵小説の筋を考えているか、深幸さんのことを考えている。

 学校で、ユイと話していてもよくその状態になるのだ。


「もしかして、好きな人のこと考えてる?」


 ベッドの中で、いつの間にかもう目を開けてユイはこっちを向いて訊いてきた。


「それも……あるよ」


「ねえ、教えて。ヒナのこと、知りたいの。隠し事されたままは嫌」


 ユイの目は真剣だった。

 少なくともお菓子で酔っ払ってるだけには見えない。


 ああ、小説なら。

 これが自分の書いてる小説ならどうするのが正しいんだろう。


「ユイ、学校で触れ回ったりしないって、約束してくれる?」


「するよ、もちろん」


「小説を、書いてるの。それで、ネット上に投稿したりね。トリップしてるときは大抵小説のこと考えてるの」


 それを聞くと、ユイは恋人繋ぎのままの手にぎゅっと力を込めた。


「それだけ?」


 ユイの口調はなんだか、それだけではないことを見抜いているかのような口調だ。

 だけど、深幸さんのことまで言うわけにはいかない。

 それだけは、例え相手がユイでも絶対秘密。

 世界中で、誰にも、深幸さんにさえ内緒の、秘密の秘密。

 

 だけど。

 これくらいは、言ってもいいかもしれない。


「私の好きな人はね、私の小説にいつも感想をくれる人なの。名前もペンネームしか知らない。ごめん、さっきは嘘ついた。顔も知らない。けど、すごく大切な人なの」


「そか」


 ユイは安心したように、握っている手の力を緩めた。

 嘘を織り交ぜた内容だったけど、完全に嘘ではない。


「どんな内容の小説かは、訊かないの?」


「恋愛ものでしょ」


「なんで知ってるの」


「ヒナ、昔から恋愛小説が好きだもの。さすがに付き合いが長いとね」


 陽菜子はほっとした。

 すると、途端に眠気がやってきた。


「ヒナって元々空想癖があるっていうか、ぼーっとすることあったけど、それでも私とはちゃんと話してくれた。だけど、最近はそうでもなくなって、私のことどうでもよくなったのかなって怖かったの」


 ユイが話を続けている。

 けど、もう眠さで返事ができない。まどろみの中に吸い込まれてゆく。


「小説の感想をくれる人が好き、かぁ……。私もヒナの小説に感想書いたら…………ってくれるのかな」


 もうユイの声はほとんど聞き取れない。


「……きよ、…………ナ」


 おやすみ、おやすみユイ。

 大丈夫、私はユイのこと、どうでもよくなったりはしないよ。


 ただ、一番好きな、一番大切な、一番尊敬できる人ができただけなの。

 そして、夢を、追いかけていたいの、できればその人と一緒に……。


 もう言葉にならない言葉を、ユイに向かって投げかける、



 朝、目を覚ますと、布団の中に違和感があった。

 誰か、いる?


(そうだった……、ユイが泊まりに来てたんだった)


 うつつ……とした頭でようやく思い出し、起きようとする。

 と、ユイと手を繋いだままだった。


 なんだかんだで、あの恋人繋ぎのまま眠りに落ちたらしい。

 これは、いったいなんだったのだろう?

 友人としての親愛にしてはやや過剰な気がする。


 もし、ユイが自分を恋愛対象として見ていたのだとしても、陽菜子にはそれを一切おかしいと思う権利はない。

 なにせ、陽菜子の思い人も女性なのだから。


 むしろ、女が女を好きになって何が悪い!

 とでも言いたい気分だ。

 しかし、いくら小説でそういうネタを書いていても自分が実際に女子から好かれるのはやっぱり「友達でいましょう」って言う気持ちの方が強いのも事実だ。


 倒錯してるなあ、自分。

 陽菜子は、ユイがしっかりと手を握ったままなので体を起こすわけにもいかず、ぼんやりした頭でよくわからないことばかり考えていた。


 そうそう、小説で二人が一緒に寝るシーンを入れてみてはどうだろうか。

 性的なことには発展せず、あくまで、女同士で一つのベッドで眠る場面を作ったら読者はどきどきしてくれるだろうか。


 ちなみに、陽菜子は今のところ18禁の小説を書きたいという願望はない。

 将来的にそういう展開が必要になったとしてもぼかして書くつもりだ。


 それにしても、そろそろユイを起こして朝食の準備をした方がいいように思う。

 今日は確かユイを家へ送りがてら外出して一緒に遊ぶ予定のはずだったのだ。


「てか、今何時……?」


 枕元で充電中のスマホを片手で操作して見てみたら7時丁度。

 うん、起こすには丁度いい。


 母親の寝室から母親の枕を借りてきて、それに頭を乗せて気持ちよさそうに眠っているユイ。そんなユイの手を離して揺り起こす。


「起きて、起きて、ユイ」


「ん……、ん……?」


 ちょっとゆすったくらいではユイは起きなかった。

 と、唐突にぱちりと目を開ける。


「あ……、ヒナだぁ……」


「ねえ、目覚めのキス、してよお……」

 どうやら寝ぼけているらしい。

 しかたないので陽菜子は布団から這い出て、掛け布団をめくってやった。


「うわぁっ、まぶしい!」


 長い付き合いだが、ユイの寝起きがこんなに悪いとは知らなかった。それとも昨晩ウィスキーボンボンなんか食べたせいで二日酔いになっているんだろうか。


「私、朝食の準備してくるから! 目が覚めたらキッチンに来てね」


「おはようって言ってよう……、ヒナ」


「はいはい、おはよう」


 いい加減付き合いきれなくなってきたので、さっさとキッチンに向かい、トーストとホットコーヒーという定番かつ簡素な朝食を用意する。

 ここがホテルならさらにベーコンエッグだのが出てくるのかもしれないが、そこまでしてやる義理はない。


「おはよう~」


 10分くらいすると、さっきよりは幾分か目が覚めた様子でユイがキッチンにやってきた。


「そっか~、今日はヒナん家に泊まったんだったよね。びっくりしたよ」


 びっくりしたのはこっちだったつーの。

 いきなりベッドの中で恋人繋ぎとか、一体何のつもりだったんだか。

 そういえば、小説書いてること、話しちゃったなあ。


 やっと二人揃って、やっとテーブルにつき、朝食を始めた。


「今日は二人で買い物にでも行こうよ」


 軽くユイが言ってくる。元々その予定だったが、どこに行って何を買うつもりかは決めていない。


「じゃあ、ショッピングモールに行きましょ。あそこなら大体なんでもあるし」


 陽菜子たちが暮らす街は別に特別田舎というわけでもないのだが、都会過ぎると言うほどでもない。至ってどこにでもある地方都市である。


「そういえば、私本屋に行きたいんだった」


 そうそう、電子書籍なんか読めないであろう深幸さんに貸すために紙の本を何冊か買っておきたいと思っていたんだった。

 こないだ喫茶店で話したとき、オススメし合った小説は陽菜子は全部電子書籍で読んだものだった。


『今度ラノベの貸し借りしましょう』


 って笑顔で約束したものの、貸せる本を持っていない陽菜子。


 そういえば、GW明けの日曜日にもう一度あの喫茶店で会いたいって手紙に書いてあった。


 GWは旦那と息子と3人で家族旅行をしているらしい。

 そんなことを考えるとユイが間近にいるにもかかわらず、チクッと胸に刺すような痛みが走る。


 さておき、帰りの荷物もまとめたユイとショッピングモールに出かけることになった。

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