第13話 意外な展開

ユイはLineで唐突に「今日泊まりにいっていい?」と言ってきて、本当にその日のうちに家に来た。

 いくら陽菜子の家が親が海外出張中で陽菜子以外無人だとはいってもなかなかに大胆なことをする子である。


「おっじゃましまーす」

「……いらっしゃい」


 ユイが陽菜子の家に来ること自体は初めてではない。小中学生のころから何度か遊びに来ている。

 しかし、泊りがけというのは初めてだ。

 陽菜子は親友のユイにすら自分が小説を書いていることを隠しているので、さすがに今日明日は小説に没頭する訳にも行くまい。

 まして、内容が内容だ。

 女の子同士の恋愛ものなのである。パソコンのデータの中にしか文面は入っていないので読まれることはまず無いだろうが、正直言って、知られたくない。


 そういえば、先月、松代に見つかって――そのおかげで深幸さんとも本当に知り合えたわけだが――、彼に小説を書いていることを知られたマル秘ネタ帳ノートは机の中に深幸さんからの手紙と一緒に机にしまってある。まさかユイが机をひっくり返して秘密を暴こうとでもしない限り見つかったりはしないはずだ。


「さ、夕食どうしよっか? ヒナは普段どうしてるの?」


「え、えーっと、スーパーのお惣菜とかで済ませてる……」


「やっぱ一人暮らしだとそうなっちゃうよねー。どうせなら二人でなんか料理でもしようよ。キャンプみたいで楽しいじゃん」


「そうね、じゃあ買出し、からかな」


 どこかぎこちない陽菜子にユイは違和感を感じているようだったが、それを表立って口に出して指摘してくるようなことはなかった。


 白米に野菜炒め。味噌汁という何の変哲も無いメニューを作って二人で平らげたあと、スーパーで買っておいたお菓子をかじりながら特に観るでもないテレビを流していると、ユイが不意に、言った。


「実際のところ、どうなのよ?」


「どうってなにが?」


「彼氏よ、彼氏。せっかくこんなに自由にできる高校時代を送っているんだから、ちょっとくらいハメはずして彼氏の一人でも作って遊んでみたいって思わない?」


「……思わない」


「もし作ったら家にも呼び放題よ。『今日家に誰もいないの……』て恋愛漫画みたいな状況が毎日なのよ?」


「かく言うユイのほうはどうなのさ」


「こっちのことはいいでしょ。ヒナがどうなのかが知りたいの。気になる人さえいないの? そこまで草食系?」


 気になる人……、いないわけじゃないんだけど。

 たぶん、許されざる恋だから。


「じゃあ、ユイが答えたら答える」


「私? いるよ、気になる人」


 え?

 いるの?

 ユイに好きな男の人が。


「マジ? 告白とかしないの? 何よ、そっちの方が面白そうな話のネタ持ってんじゃん」


「告白なんかしたら、今の関係壊れちゃうから。だから、言えないよ」


 おおう。

 なにその甘酸っぱい恋。てことはそれなりに近い距離にいるんだ。


「さ、私は答えたわよ。しょーじきに。嘘偽りなく真剣に。だからヒナも答えてよ」


 ん……。そんなに真面目に答えられるとこちらも誤魔化しているのは申し訳ない気がしてくる。


「私も、同じよ。気になる人はいるけど、今の距離でいいの。今以上近づけばこじれるし、離れちゃうのは絶対に嫌。だから『気になる人』の関係でいたいの」


「ふーん……いるんだ、気になる人」


 自分と同じような回答だったからか、いまいち信じていない様子でユイは陽菜子の顔を見てくる。

 いや、信じていないというより、どこか切なそうな表情だ。


 しばらくそんな微妙な空気が流れたあと、お風呂がのお湯はりが終わったことをピーピー音が報せてきた。


「じゃ、ユイ、お風呂はいろっか。一緒に入るのは中学の修学旅行以来かな」


「……やめとく」


「入らないの?」


「そうじゃなくて、別々に入りたい」


 ありゃ、なんか機嫌損ねちゃったかな。

 まあそういうなら仕方ない。


 陽菜子は一番風呂を先に頂いてしまうことにした。


 湯舟に浸かりながら色々なことを考える。


 深幸さんのこと。

 今は何してるのかな。パソコンの練習かな、執筆かな。


 自分の小説のこと。

 スマホゲームを通じて秘密を共有し合える唯一無二の友達になったと思っていた主人公と男装お嬢様。その二人の関係を、壁を壊していくのは楽しかった。


 ユイのこと。

 なんで今日はいきなり泊まりに来たいなんて言い出したんだろ。女同士なんだからお風呂ぐらい一緒に入ればいいのに。ユイのおかげで小説尽くめだった生活にちょっと気分転換ができると思っていた。

 だけど、今日はなんかいきなり恋愛の話なんかして、どこかよそよそしい。


 陽菜子がお風呂から上がって、パジャマに着替えてユイのところに戻ると、ユイは一瞬、ドキッとしたような表情を見せた。

 別にパジャマ姿くらい、子供の頃から見てるしそんなに珍しいものでもないでしょうに。


 なぜか頬を赤くしながらユイが言う。


「じゃ、じゃあ私もお風呂頂くわね」


「うん、どうぞ。あ、脱いだものは洗濯機に直接放り込んどいてね。今夜中に洗って明日乾かすから」


「う、うん……」


 そういってそそくさとソファから立ち上がって脱衣所に向かうユイ。

 いったいなんだって言うんだユイの奴。まるで男とでもいるみたいに緊張しやがって。


 まあ私でも相手が深幸さんだったら、女同士でもガチガチになっちゃうだろうけどな。


『もう、そんなに遠慮しないで』


 一度逢っただけなのに、そんな風にこともなげに言ってきてくれる深幸さんが、ゆきさんが容易に想像できる。

 ゆきさんのお風呂上りの姿かあ。

 一度くらいは見てみたい気がする。

 松代は毎日見ていて、もうなんとも思わないんだろうなあ。


 そんなことを考えていたらユイがお風呂から上がってパジャマ姿で戻ってきた。


 うっ。

 いかん、なぜか少しドキッとしてしまった。

 深幸さんのお風呂上りの姿のことなんか考えていたからだ。


 風呂上りのユイはさっきよりはさっぱりした表情で――よく観察したら、さっきまではほんの少しメイクしていたらしい――言う。


「さて、後は寝るだけ。なんてわけないよね」


「もっちろん、いろいろおしゃべりしよ。お茶淹れるよ」


 本来はもう少し大人数でやるものだが、二人だけのパジャマパーティが始まった。


「で、気になる人のこと、もうちょっと教えてよ。同い年? 同じ学校?」


 ユイは紅茶とともにウィスキーボンボンを食べると、上機嫌になってさっきの話を続けてきた。

 食材の買出しのとき、流石に飲酒はできないので、その代わりにするつもりだろうかユイはウィスキーボンボンを5箱も買っていた。


「同い年……ではないかな。歳は知らないんだけど。同じ学校でもない」


「じゃあ、道で見かけた誰かに一目惚れとかなの? 名前も知らないんじゃないでしょうね」


「ううん、名前は知ってる……。ユイのほうも教えてよ」


 陽菜子は逃げることにした。


「私の好きな人は、同い年、同じ学校よ」


「同じクラス?」


「ええ」


 わお。

 ユイったら先輩とかじゃなく、クラスメイトに好きな人がいるんだ。


 と、そこで、陽菜子は思い当たった。

 “あいつ”がユイの想い人なのなら全ての条件に当てはまる。


「もうコイバナやめてゲームでもしようよ」


「やだ、コイバナがいい」


 そういってユイが擦り寄ってくる。まさか、お菓子で酔っ払った?

 これはさっさと寝かさないとまずい気がしてきた。


「ね、寝よう。私のベッド広いし、一緒に寝よ? ね?」


 そうして二人は陽菜子の寝室まで移動した。


 一緒にベッドに入っても、ユイはどこかむにゃむにゃしていて会話も要領を得ない。

 勝手に寝るまで待てばいいかと目を閉じていたら、ユイがぼんやりした口調で、言った。


「手、つなご」


「い、いいけど」


 陽菜子が布団の中でユイの火照った手を握ると、


「こうじゃなくて、こう。こうがいい」


 手の繋ぎ方を変えてきた。


 こ、これって。まさか……、恋人繋ぎ~~~!?

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