第12話 ともだち

 陽菜子が深幸さんこと松代ゆきさんとリアルで対面し、文通するようになってからあっという間に数週間が近くが過ぎた。

 現在は、世間で言うゴールデンウィークの真っ最中だ。


 その間、陽菜子はというと、隔日くらいのペースであのスマホゲーから始まる百合恋愛小説の投稿を続けていた。初めての作品にしては割とPV数が伸びて評価もしてもらえている……、そう思う。


 だから10話程度で終わる予定だった話をもっともっと膨らませて登場キャラも増やして続けていくことにしたのだ。具体的には主人公に言い寄ってくる男キャラを出してみたり、

 お嬢様が男装していることを知っている執事を登場させたり、とまあ、いろいろやっていくうちに思ったより長編小説化は難しいことではなかった。


 投稿後数日で手紙をくれる深幸さんの存在も大きかった。小説への感想はもちろん、誤字脱字、文法の不備などがあればそれも結構細かく指摘してくれるのだ。


 本当、改めて深幸さんって実際何者なんだろう?


 わざわざ息子に印刷させたものを読んでくれているらしいけど、あそこまで小説が書けて添削までできるほど頭のいい人がなんでパソコンを始めとする機械だけはどうやってもとっつきづらく、苦手らしい。


 ちなみに、その息子たる松代幸一郎の方はというと、深幸さんのアカウントとは違うアカウントでサイト「R&Wコミュ」にアカウントを作って小説を投稿し始めた。

『ぜひ読んでくれ!』とメールで連絡を寄越したので、一応読んでやった。


 ジャンルはよくある転生もので、正直、今のWeb小説界隈の中にあっては食傷気味とされている内容だった。

 なるほど、前に投稿していたときに、PV数が伸び悩んで結局、母の小説に頼ることになった、と言っていた理由がよく分かった。

 深幸さんの手前もあるので一応ブックマークはしているが、正直面白いとは思えない。


 手紙で、母の深幸さんも「流行りものの二番煎じよねえ」と評していた。

 さすが親。よく見ている。

 作家志望の若者で実の親をプロでもないのにライバル視しているなど実に珍しい状況なんじゃないだろうか。


 そういえば、深幸さんはなんとかひらがなでくらいならタイピングができるようになって来たらしく、一番新しい手紙にはひらがなだけで書かれた詩が書かれたA4用紙が添えられていた。

「印刷まで私がやったのよ」と妙に弾んだ字で嬉しそうに手紙に書いていた。さすが深幸さん、一度飲み込めばパソコンの操作もすぐにできるようになるだろう。

 そうすれば、深幸さん本人とも「R&Wコミュ」のチャットルームでチャットすることもできるようになるだろう。

 陽菜子は楽しみでならなかった。


 深幸さんが送ってくれた詩の内容は以下の通りである。


「 ともだち


 わたしと あなたは いまはともだち

 いつまでも ずっと ともだち?


 もし ともだちでなくなるときがきたら

 もっとなかよくなるの?

 それともはなれてしまうの?


 だから ともだちでなくなるのは こわい

 だけど ともだちでなくなるのは たのしみ


 いま いまは ともだち 」


 深幸さん自身は自分の小説「愛する幼馴染のためなら俺は親でも斬り伏せる」のヒロイン―つまり主人公の幼馴染―の初期の主人公へ心情を綴ったものらしいんだけど……。


 この詩の内容には陽菜子は感じ入るものがあった。

 自分が書いている小説のキャラクターたちにも通じるものがあったからだ。


 また、深幸さんは陽菜子と歳は離れていても“よき友人”でありたいとたびたび手紙に書いてくる。

 もちろん陽菜子もそう思っていた。


『友人』。

 果たして陽菜子は深幸さんに、ゆきさんにずっとただの友人でいて欲しいのだろうか。

 心のどこかで、それ以上を求めてはいないだろうか。


 自分でもよく分からない考えの沼に陥っていると、スマホがLineの着信を教えてきた。

 色々な意味で、今考えていた深幸さんからであるわけがない。


 陽菜子は画面を見てみる。親友のユイからだった。文面はこうあった。


 ユイ『ヒナ、冷たいじゃないかっ』


 ユイ『GWに一度も一緒に遊びに行くどころか、連絡さえないなんて!』


 どちらにも怒りの顔文字が添えてあった。

 たしかにユイの言うこともごもっともだ。小説書くことと深幸さんのことで頭がいっぱいでゴールデンウイークにどこかに遊びに行こうかなんて考えていなかった。

 せいぜい、週1回、日曜日に必ずSkypeで親に連絡を取らないといけないと約束していたので、それを忘れないように気を付けていたくらいだ。


 ユイ『まさか、彼氏でも作って抜け駆けしてるんじゃないでしょうね!?』


 また怒りマークと共にユイからのLineは続く。

 やばい、既読スルーしまくりだ。


 ヒナ『ごめんごめん、別にどこにも出かけず家にいたよ』


 ユイ『じゃあ、明日あたり、どっか行こうよ』


 明日……は今投稿してる小説の次話を書き溜めておきたいと思っていたのだけれど。


 ユイ『そだ。ヒナって今独り暮らししてるんだよね?』


 そういえば、ユイにだけは教えていたのだった。

 下手に学校で言いふらしてクラスメイトのたまり場にでもされたら落ち着いて小説が書けない、そう思ってユイ以外には秘密にしていたのだが……。


 ユイ『今日これから泊まりに行っていい?』


 げっ、これは断りづらい。

 ユイの提案を拒絶する良い言い訳が思い浮かばない。


 というか、陽菜子自身もユイには会いたい。たしかにこのところ小説にかかりきりであまりにないがしろにしていた気がする。

 小学生以来の親友をこれ以上遠ざけてまで、小説って書かないといけないものなのだろうか。

 深幸さんならきっと「友達は大事に」って言ってくれる気がする。


 ヒナ『うん。わかった。いいよ』


 ヒナ『でも散らかってるから少し片づける時間を頂戴』


 とにかく、深幸さんからの手紙は何が何でも隠さないといけない。


 ユイ『大丈夫。こっちもこれから親説得するからすぐにはいけないよ』


 ユイ『準備もあるし6時くらいかなぁ、いけるの』


 現在時刻3時。

 とりあえず女の友人に見せて恥ずかしくない程度には片づけられるはずだ。


 それに、たまには小説のことを忘れて友達と遊んでリフレッシュしてもいいかもしれない。

 そういえば、自分が書いている小説で、主人公か男装お嬢様がどちらかの家に行く展開ってあっただろうか? なかった気がする。

 これもいい経験だ。


 ヒナ『じゃあ、待ってるよ』


 陽菜子はユイを迎えるために片づけを始めることにした。

 台所他、改めて見ると思ったより散らかっている。家事と仕事を両立していた母は偉大だったんだと。ついついそんなことを考えてしまう。


 ふと思ったけど。 

 深幸さん、松代ゆきさんって専業主婦なんだろうか?


 あれだけの分量の小説を毎日原稿用紙に書く時間があって、当然ながら家事もしていて、最近はパソコン教室にまで通い始めたという。


 おそらく旦那さんの稼ぎが良くて専業主婦をしているんだろうと結論付けて、陽菜子は片づけを続けた。

 それにしても油断するとすぐに深幸さんのことを考えてしまう。我ながら本当に深幸さんのことが好きでたまらないんだなと思い知る。


 何とか片付けも終わり、ユイは言っていた時間通りに陽菜子の家までやってきた。

 今日はなにやら妙におめかししている気がするけど、どうしてだろう。


「えへへ、明日まで、お世話になります」


 ふわふわの癖っ毛を揺らし、玄関口で頭を下げるユイ。


「さすがに泊まるのは初めてだもんね。まあ、上がんなよ。誰もいないからさ、遠慮せず」


 この時点では、陽菜子はまさかあんな展開になるなんて、夢にも思っていなかった。

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