第11話 奇妙な三角関係
しばらく松代の母と最近のラノベの話で盛り上がった後、住所を交換した陽菜子。
その間、松代本人は女の会話に混ざれなくて寂しそうにしていたけど、それは別にどうでもいい。
「それじゃ、松代さん。今日は楽しかったです。文通になってもまた時々お話ししてくださいね」
「それはこっちからお願いしたいくらいよお。あと、私のことは名前でいいわよ。息子と紛らわしいでしょう?」
特に陽菜子は紛らわしくなんてなかったのだけど、お言葉に甘えて、名前で呼ばせてもらうことにした。
その方が距離が縮まってる感じがしたからだ。
「はい! またお話ししましょうねゆきさん」
「じゃあ、こっちからは陽菜ちゃんで」
「ええ、そう呼んでください」
ホントに近所のお姉さんって感じで、歳の少し離れた友達って雰囲気で接してくれる。
実年齢は知らないけど、実際に10台で結婚してて、今30台前半なんじゃないだろうか?
それならラノベの話で魔法の設定とか練ったりするのもさほど違和感がない。
************
それから数日後、おしゃれな封筒に入った可愛らしい便せんに書かれたゆきさんからの手紙が届いた。
「陽菜ちゃん
こないだはありがとう。
早速お手紙出してみたわ。手紙を誰かに出すのなんて学生時代以来だから緊張します。
そういえば、この手紙を出した時点での最新話まで陽菜ちゃんの小説を読ませてもらいました。
心理描写が前よりリアルになっていたように感じました。
特に女同士だと分かってからの方が変な遠慮が無くなって、お嬢様の方が轢かれていく様がリアリティに溢れていました…… 」
それ以降も、ゆきさんからの手紙は陽菜子の小説の感想を書き連ねてくれていた。
内容は、陽菜子がどうしようか悩んでいた事柄へのヒントになっていたり、本当にちゃんと読んでくれていることが分かって嬉しかった。
手紙の最後にはパソコン教室に通い始めたこと、まずは電源の入れ方から教えてもらって、初めてパソコンにログインできたときは感動したとかそのような旨が書いてあった。
あれほどの小説を書ける文才がありながら、機械だけはどうやってもとっつきづらいらしい。
がんばれ、ゆきさん。がんばれ、深幸さん。
陽菜子の心の中では自分が深幸さんと直接チャットしたいという願望より、一人の友人を応援する気持ちの方が大きかった。
苦手なものにでも立ち向かっていく。得意でなくても、人並みになりたい。その向上心は深幸さんが描く小説の主人公の性格にも影響している気がした。
普段、授業中くらいしか実物のペンを持ってたくさんの字を書いたりしない陽菜子だったが、ゆきさんにも読めるように自分も封筒と便せんを買ってきて返事を書くことにした。
メールを打って、それを息子である松代に印刷なりなんなりしてもらえば伝わることは分かっている。
それでも、陽菜子はあくまで、ゆきさんに、深幸さん宛てに手紙を書きたかった。
古風だと思っても、それが深幸さんの個性なら、受け入れたい。
それとも、そんな変わった人だからこそ、あんなに面白い小説が書けるのかもしれない。
そこにひいき目が入っていることは自分でも認める。
だけど、私はゆきさんが、深幸さんが好きなのだ。
きっと、自分の小説の主人公が男装お嬢様を好きな気持ちにも負けないくらい。人間として尊敬していて、感謝していて、好意を持っているのだ。
この、気持ちの名前は……。
便せんに、ゆきさんへの手紙の文章を書きあげると、パソコンで開きっぱなしにしていたサイト「R&Wコミュ」で新着チャットが来たことを報せていた。
『早志深幸:いきなりごめん、そういえばこっちはどうしようか決めてなかったよね』
なるほど、松代の奴、これまで自分が深幸さんを演じてチャットしていたのをどうしたらいいのか判断つきかねているわけか。
陽菜子は悩んだ。
深幸さんとしてチャットして楽しかったのは事実だ。
それは中身が松代なんだと分かっても変わらなかった。
だけど、陽菜子が好きで、話をしたい相手はその母であるゆきさんなのである。
どうすればいいのだろう?
学校でも松代と話すことは一切ない。
かと言って、このまま「もうネット上でもあなたと話したくはありません」と返してしまうのはあまりに冷たい気がする。
陽菜子は何も返信できなかった。
このまま無視を続ければ、チャットでの深幸さんの皮を被った松代を切り捨てることになる。
恩も、愛着も、山ほどある、あの深幸さんを……捨てる?
どうしよう。
どうすればいいか分からない。
「誰か教えて」
陽菜子は誰もいない部屋でつい声に出してしまった。
『早志深幸:暇なときでいいのでお返事ください』
それは、松代からの会話の打ち切りの挨拶、いや、諦めだったのだろう。
結局、その夜は返信しないまま、悩みながら、ゆきさんへの手紙をしたため、自作の小説を投稿して、眠りにつくことにした。
深幸さんに相談したら「息子とも仲良くしてあげて」と言われるに決まっている。
だけど、それはいいことなんだろうか?
好きでもない男子と、その母親と仲良くしたいから仲良くする?
こんなシチュエーション見たことない。
意中の未亡人にでも迫る男の行動そのものじゃないか。
そんなのイヤ。
ああ、ゆきさん、早くパソコンマスターして!
チャットくらいサクッとできるようになって!
そうなればこんなことに悩まずに済むのに。
さっき書いた手紙に「パソコン教室、がんばってください」と書いたばかりだけど、そんな程度じゃ私の混乱は収まらない。
もっと強い言葉でパソコンを早く覚えて欲しい旨を書くべきだろうか。
それも失礼な気がする。
こんなこと、親友の由衣にも相談できやしない。
時計を見たら、また深夜まで起きてしまった。学業に影響が出ないようにとにかく早く寝ないと。
もやもやとした気分で、陽菜子は床に就いた。
************
翌日も学校で、松代は何も言ってこなかった。
「クラスで馴れ馴れしくしないで」と言ったのを律儀に守っているのだろう。
そもそも、松代って自分をどう思っているんだろう?
仲良くなりたいんだろうか?
チャットを続けたいんだろうか?
彼自身がチャットを続けたくないなら、問題は解決だ。
やめてしまえばいい。
寂しくはなるけど。
ゆきさんがパソコンを扱えるようになるまで、チャットはできなくなるけど、今の悩みはなくなる。
そこを訊いてみればいいんだ。
陽菜子は始業前にスマホを取り出して、深幸さん宛て、だった松代へのメールを送る。
『件名:チャットのことだけど
本文:松代くんは、母親を演じて私とチャットし続けるのなんて嫌じゃない?
無理してまで付き合ってくれなくてもいいよ』
これでいい。
あとは、松代の方がなんと返してくるかだ。
昼休み頃に返信があった。
そこには、陽菜子が驚愕する内容が書いてあった。
『僕は、河原さんと話を続けていたいよ。小説でも、河原さんのことでも、母に負けたくないんだ。
決めたんだ。別のアカウントを作って、僕は僕で河原さんに面白いと思ってもらえる小説を書く。
それで、母のことは関係なく、Web作家の仲間として付き合いを続けてくれないかな?』
「おおう……!」
陽菜子は思わず声を上げてしまった。
まさか母親に対抗意識を燃やしてくるとは。
しかし、松代は元々自分がWeb作家を目指していたのに、母親が書いた小説の方がよっぽど受けが良かったことに、深くプライドを傷つけられたのだろう。
これは、予想外の展開だ。
だが、これが松代が陽菜子に好意を持っているという告白でもあるということは、そのときの陽菜子には分からなかった。
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