第10話 ついに対面、深幸さん
ため息をついて、松代はこう告げた。
「『早志深幸』が育てている、子供。それが僕だ。つまり、『早志深幸』は僕の母だ」
母ぁ?
じゃあなに? 深幸さんってやっぱり女の人なの?
てか、HAHA?
こんな大きな子供がいるのに、あんな小説が書けるものなの?
そこへ、カランコロンとドアの鐘がなって、新しい客が入ってきた。
その人物はまっすぐ陽菜子と松代が座っているテーブルに歩いてくる。
「こうちゃん、きっちり5分後に入ってきたけど、大丈夫?」
話しかけてきたのは、肩くらいまでの髪を縦ロールにした、なんだか女の子って感じの服装の30台くらいに見える女性だった。
若作りをしているというより、素で若く見える。
顔立ちは、美人というか、薄化粧でまだあどけなく可愛らしい印象さえ受けた。
「あら、あなたがヒナさんなのね? 想像してた通りの可愛らしいお嬢さんだわ」
陽菜子は思わず、立ち上がってしまった。
ちなみに松代の方はと言うと、何やら頭を抱えて苦渋の顔をしている。
「あ、あのっ、あなたが『早志深幸』さんなんですか!? 川原ヒナです!」
頭を下げ、そのまま上げられない陽菜子。正直、実際に会えるなんて思ってなかった。
「ええ、そうよ。ふぁみこんを使って小説を皆に読ませてくれたり、きゃっととか言うのでお話ししてるのは息子なんだけどね。小説を書いてるのは、私」
ふぁ、ふぁみこん??
きゃっと??
この人は何を言っているんだろう。
「はじめまして、松代幸一郎の母で、松代ゆきと申します。えっと、本名は河原……陽菜、子さんだったかしら。いつも息子がお世話になっています」
「い、いえ、息子さんとは別に何も……」
って、今までチャットしてたのは松代だから、息子にも世話になってたことになるのか。
「ちゃんと説明するよ、河原さん。うちの母は、とんでもない機械オンチなんだ。パソコンは勿論、スマホすらまともに使えない」
えー、今時そんな人いるの?
「だから母さん……、母が書いた小説を僕がネット上にアップしてた訳。パソコンの画面もろくに見られないから感想とかは印刷して渡してね。河原さんとのチャットログもプリントアウトしたものをちゃんと読んでたんだよ、『早志深幸』は」
「ごめんなさいねえ。私、ふぁみこんのこと全く分からないからその辺は息子に任せきりなのよ。でも、こうして会ってくれて嬉しいわ。ヒナさん」
陽菜子はうまく言葉を紡げない。
目の前に深幸さんがいて、事情を正直に話してくれているというのに、何も言えない。
まずは、まずは、深幸さんの顔を、まっすぐ見ないと。
意を決して、陽菜子が顔を上げると、柔らかく微笑む優しいお姉さんの顔が目に入った。
小さい子供さんがいるくらいの歳なんだと信じていた深幸さん。
本当に、イメージしていた通りの年齢に見える。
それに、同性なのにドキドキしちゃうくらい、綺麗だ。
「ホントは知られたくなかったよ。自分が投稿してる小説の面白さは全部母さんのおかげだなんてさ。僕がいくら書いてもPV数も評価もろくに伸びないのに」
松代がそんなことを言って拗ねている。
なるほど、彼自身、ネット作家志望だったのが、母親が書いた小説の方がずっと受けが良かったなんてことになれば幼いプライドはズタズタだろう。
しかも、自分がいかにも好きな、魔法で戦うファンタジーもので。
そう考えると、いくら若く見えようと、少年少女に受けそうなローファンタジーの小説を15の息子がいる歳で書いている深幸さんってかなりすごい人だということになる。
「気持ちが若いんだよ、うちの母さん。漫画やラノベばっかり読んでるし。なのに機械に関しては一切できないし。どっちか片方にしてほしいよ」
「あ、あの、松代くんのお母さん」
「はい? なにかしら?」
「私これから、どうすればいいんでしょう? パソコンを使うチャットは息子さんと続ければいいんでしょうか?」
「それなんだけどね、私、少し執筆を滞らせてでもふぁみこん?教室に通おうかと思ってるの。だっていつまでもヒナさんの相手をこうちゃんにさせるわけにはいかないし」
「それなら、せめてスマホを身に着けて、Lineでも使えるようになればいいんじゃ……」
そういうと、深幸さんこと、松代ゆきさんは笑いながらもとても困った顔になった。
「私、すまほって全然分からないの。難し過ぎて」
「簡単ですって!」
「河原さん、人には向き不向きがあるんだ。母さんは徹底的に機械に向いてない人なんだよ。わかってくれ」
三人でうつむいて「さていったいどうしたものか」となっていると、不意にゆきさんが手を叩いた。
「そうだわ! 私がふぁみこんを覚えるまで、しばらくは文通しましょう!」
ぶ、文通?
今時……、ここまでネットが発達した時代に、文通?
深幸さんって、やっぱり変わってる……。
てか、そのパソコンをファミコンというのはいつまでも直らないのか。
きっと松代も何度も直そうしたんだろう。けど、一度脳内で定着してしまったので、簡単には認識が改まらないのか。
陽菜子はほんの少しだけ松代に同情してしまった。
自分の母はソフトウェアエンジニアで、自分が産まれる前にはアメリカのシリコンバレーで働いていたこともあるので、パソコンの知識はほとんど母から教わった。
世の中には色んな人がいるもんだなぁ。
ということは、スマホゲーで仲良くなるっていう「川原ヒナ」の小説もスマホゲーがどんなものか全くわからないまま読んでた訳?
「文通なら、感想も聞き取ってこうちゃんにめえるで伝えてもらう必要はないわ」
「あ、あの感想は深幸さんの本物の言葉だったんですね」
陽菜子は胸の奥が熱くなった。
深幸さんはちゃんと陽菜子の小説を読んでくれて、息子にパソコンで代筆させてまで感想とアドバイスをくれたんだ。
嬉しい。
多少反応が遅れても、深幸さんとなら文通でもいい気がしてきた。
「文通なんて、懐かしいわ。昔は雑誌に文通相手募集のコーナーがあってねえ」
「母さん、もう令和だから、そろそろ昭和から平成初期は脱却した方がいいよ」
「深幸さん……、えーっと、松代さん。分かりました。私と文通してください」
「いいの!? やったぁ! こんな若くて可愛い子と文通なんて嬉しい」
本当に気持ちが若い人なんだな。
だけど、スマホもまともに触れないほど古風で、ファンタジー小説を原稿用紙に書いていて、主人公とその父親を魔法で戦わせたりして……。
陽菜子は実際に会ってみて、前よりも深幸さんのことが好きになっている気がした。
旦那さんがいても、息子がいても構わない。
むしろ、秘密を共有できたみたいで、嬉しい。好き。
あれ? この気持ちって今書いてる小説の主人公と同じ気持ち?
「そういえば、ヒナさん、連絡先交換は後にして小説の話しましょうよ。女の子同士の恋にするなんて、どこでそんな発想出てきたの?」
「あ、ああ、それはTSって言葉を調べていて……、フッと。あと、スマホゲーが女の子向けのだったっていうのもありますね」
「イケメンがいっぱい出てくるのよね。それだけは理解できたわ」
「そうなんです。二人とも現実の恋より二次元の恋に夢中になっちゃって、共通の趣味があることが分かったらもうお互いの距離が縮まって」
「共通の趣味って言えば、私たちも小説書きっていうのがあるわよね。これからも仲良くしてね」
「はい、私みたいな小娘でよければ」
「それはこっちの台詞よお。こんなおばさんと話してて楽しいかしら?」
「全然楽しいです! もっとラノベの話しましょう」
それから、松代をほっぽって、陽菜子とゆきの二人はお互いが好きなラノベの話題で盛り上がりまくったのだった。
その時間は、きっとどんな男子と過ごすよりも楽しくて。
陽菜子はますます『早志深幸』にのめり込んでいくことになる。
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