第9話 早志深幸の正体
頭の中が「?」で埋め尽くされる中、一通のメールが陽菜子のパソコンに届いた。
送信者は勿論、深幸さん、いや、松代だった。
「件名:真実を教えます」
「本文:まだ怖いけど、早志深幸の真実を正直にお話しします。
今度の土曜日午後2時に、夢見ヶ丘の喫茶店、『Pearl』でお待ちしています」
なに、松代の奴、私を喫茶店なんかに呼び出して、どうするつもりなんだろう?
まさか、デートする口実つくり?
けれども、陽菜子は深幸さんの秘密が知りたかった。
「怖い」とはどういうことなのか。
すでに顔を突き合わせていて、平日にはいつでも会える間柄で、これ以上、何を隠すというのか。
まさか、松代以外に深幸さんは存在するというのか。
まさかまさか、松代は二重人格で、早志深幸という人格を持っているとか。
とにもかくにも、陽菜子はメールに了解した旨を返信した。
それから陽菜子は、深幸さんの作品「愛する幼馴染のためなら、俺は親でも切り伏せる」を読み返してみた。
何回読み返しても面白い。この作品を松代が書いていると思うと悔しかった。昨日更新された最新回まで読んでも、自分には絶対敵わないと思った。
だけど、これは男の子が書いたと思える作風だった。
恋愛小説と、ファンタジーバトル小説。
ジャンルは違えど、実力の差は明白で。心の奥底で、嫉妬してた。
これを書いている松代にゴーストライターがいるとしたら、その人こそが、本当の、深幸さん?
だけど、松代は間違いなく、自分が早志深幸として川原ヒナとチャットしていたと認めた。
一体全体、どういうことなんだろう??
結局、何も分からないまま、陽菜子は自分の作品と向き合うことにした。
あのスマホゲーから始まる百合恋小説の第2話を投稿しなくちゃ。
添削して、次話投稿ボタンを押す。
意外なほど好評だった第1話を読んでくれた人は、この続きを読んで、どう思ってくれるだろう。
できれば、感想とか欲しいな。
PV数は想定してたより伸びてたんだけど、読んで、どう感じたかを言葉で伝えてくれたのは深幸さんだけだ。
その感想をもらいながらも、途中で相手が松代だと分かってしまって。
相手を深幸さんとしてチャットして、ようやく少し気持ちが落ち着いてきたのに。
松代は、一体何を伝えたいんだろう?
とにもかくにも、土曜日まであと2日。あと1日学校に行けばやってくる。
正直、学校で松代に会ってもどんな顔をしていいか分からないけど。
今日はもう眠って、明日も普段通り学校に行かないと。
「ヒナ! ちょっと、聞いてるの!? ヒナってば!」
翌日、学校の教室で、ぼーっと松代の方を見つめてしまっていた。
彼は何も言ってこない。
あまりにぼーっとしていたせいか親友でクラスメイトのユイに大声で怒鳴られてしまった。
「ちょっとあんた、最近気抜け過ぎじゃない? 話してても上の空のことが多いし、なんか悩みでも抱えてるんじゃない」
「あー、ゴメン、ユイ。昨日の夜スマホゲーやり過ぎちゃってさ。寝不足」
激烈な嘘を吐いて、ごまかす。
こんな台詞がつい口をついて出てきたのも、今書いている小説の主人公がそういうキャラだからだ。
美少年と仲良くなるためのゲームに没頭して、授業も睡眠もそっちのけでやってしまう。
そして、あまりにぼーっとしていたので、電車の中でとある他校の男子にもたれかかってしまうのだ。そのときに、相手のスマホの画面が見えてしまって……というところから、物語が始まる。
「スマホゲー、ねえ。ヒナってそういうのやるタイプだったっけ? 面白いなら紹介してよ。最近のスマホゲーってフレンドになれたりするんでしょ」
「ごめん。あんなにはまっちゃってちょっと反省中だからさ。一緒にやるのはNGで」
「そっかぁ」
「そそ」
「ところで、さっきから松代くんのことずっと見てたような気がするんだけど」
ドキッ!
気付かれた!?
「そ、そんなわけないじゃない。たまたま視線の先にいたのよ。だいたい、ユイ、そんなこと気にするなんて、松代のこと、割とマジ?」
おどけてそう言ってやると、まんざらでもない返事が返ってきた。
「真面目そうでいいじゃない。悪いことしなさそうだしさ。別に見た目も悪くないし、なんでヒナがそんなに悪く言うかの方がわかんないな」
悪いことしなそう、ねえ。
ネカマやって、女子高生と仲良くなろうとするのは悪いことなんだろうか。
でもそれも、違うのかもしれないのよねえ。
あー、なにがなんだか分からなくなってきた。
「ま、付き合いたいなら、邪魔も反対もしないから。告白でもなんでも勝手にすれば」
ぶっきらぼうにそう返すと、チャイムが鳴って1時間目が始まった。
それで、ユイとの会話も打ち切られた。
**********
そして、やってきた運命の土曜日。
夢見ヶ丘の喫茶店「Pearl」は陽菜子たちが通う夢見ヶ丘高校のすぐ近くにある。
つまり、場所はよく知っている。入ったことはないけれど。
場所的に、家からは学校に通うのと同じくらいの距離を移動しないといけない。
定期券で行ける、同じ高校の生徒なら誰もが分かる場所を指定してくるあたり、松代も自分が陽菜子のことをよく知らないと自覚があるのだろう。
とにかく、家を出て、2時よりちょっと早く喫茶店に着いた。
カランコロンと鐘を鳴らしながら店内に入ったけど、松代らしき人物は見あたらなかった。
客は文庫本を読みながらコーヒーを飲んでくつろいでいる中年女性が一人いるだけだ。
仕方がないので、適当な席に座って、松代を待つ。
それとも、あの、文庫本を読んでいる女性が深幸さんなのだろうか。
そうだったら、それはそれで、嬉しい。松代との関係は気になるけど。
しばらくして、2時ちょうどになって、松代が店にやってきた。かなり緊張しているようで、暑くもないのに汗をかいている。
そして、陽菜子の姿を席に認めると、カクカクとした歩き方で寄ってきた。
もちろん、制服ではない。
私服だ。春っぽいジャケットにジーパンというラフな格好をしている。
普段制服姿しか見てないせいか、柄にもなく、少しドキッとしてしまった。
ユイを、連れてきてあげたかったかもしれない。
けど、ユイは陽菜子が小説を書いていることを知らないし、もちろん深幸さんのことも知らない。どう説明して連れてきていいか分からなかった。
「や、やあ、河原さん。こんにちは」
「こんにちは、それで、深幸さんはどこにいるの?」
「え、あ、そ、それは事情を話してからにするよ」
そう言って、松代は陽菜子の正面に座ると、店員さんにアイスコーヒーを注文した。
「まず、見てもらいたいものがあるんだ」
松代がナップザックを漁ると、中から原稿用紙の束が出てくる。
内容は、「愛する幼馴染のためなら、俺は親でも切り伏せる」の第1話のようだった。
やはり、ゴーストライターがいたか。しかし、なぜ、今時原稿用紙?
「この原稿用紙の小説を書いた人が、早志深幸だ」
「そうなんでしょうね、で、連れてくるって言ったのは?」
「初めに言っておく。早志深幸が子育て主婦だっていうのは本当だ。そして、チャットで『川原ヒナ』さんと話していた『早志深幸』が僕だっていうのも、本当だ」
「矛盾してるじゃない」
そこで、松代は心底困った顔になってから、言った。
「この小説を、サイトにアップしていた『早志深幸』は僕だ。だけど、この原稿用紙に小説を書いた人は別にいる」
そこまで聞いて、陽菜子にもようやく事情が呑み込めてきた。
「『早志深幸』が育てている、子供。それが僕だ。つまり、『早志深幸』は僕の母だ」
深いため息とともに、松代は、言った。
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