第6話 ネット上への初投稿、それだけで終わらない日
松代は、陽菜子や深幸さんが日夜やり取りをしている、1ON1チャット機能付きの小説投稿サイトの名前を出した。
「『R&Wコミュ』って小説サイトに、もしかして登録してたりする?」
軽く説明しておくと、「コミュR&W」とは「コミュニケーション Reader&Writer」というサイト名の略で、近年乱立している小説投稿サイトの中ではかなり新参だ。感想を作者に簡単に届けられつつ、作者からも読者にコミュニケーションが取りやすいことが売りなのだが、大手のサイトに比べればまたまだ小規模なサイトだ。
そんなサイトのことを、この松代が知っているということは……。
「そこで、河原さんそっくりなペンネームの人を見つけてさ、もしかしたらって」
「そんな偶然、あるわけないでしょ! ばっかみたい。大体私、まだWeb上に小説投稿したことなんかないもーん。別人よ、べ・つ・じ・ん」
「そ、そうか……」
なんだかがっくり来ている松代はもう放っておいて、今まさに筆が乗りに乗っている男装お嬢様と平凡女子高生の、乙女ゲーから始まる禁断の恋の物語を、一刻も早く陽菜子は形にしたいのだった。
むしろ女同士だと分かってからの方が熱く燃え上がる恋。
相手も戸惑いながらも、主人公に惹かれていく。
性別バレの危機を何度も二人で乗り越えて、そのたびに距離は近づいていく。
そんなことをやりながらも乙女ゲーの楽しさは二人とも変わらなくて、男装お嬢様も主人公の前でだけはただの女の子に戻れる。それが嬉しくて、ありがたくて、だんだん好意に変わり始める。
さて、そこまで盛り上げたところで、この作品、どうエンディングに帰着させようか。
妄想の世界にぶっ飛びながら学校での時間を過ごして、気がつくと帰宅してキーボードを叩きまくっていた陽菜子はふと我に返った。
せっけく深幸さんが「ドキドキした」と評してくれた、いきなり男気を見せてキスを迫るクライマックスはそのままにしようか。
あとはなし崩し的にお互いの気持ちを確認したら友達以上恋人以上の関係を女同士で続けて行くだけ。
いっそ二人が結ばれた途端、このスマホの乙女ゲーのサービスを終了させてしまうとか。
ゲームがなくても二人はやっていける。だって二人にはゲームでつないだ絆があるのだから――
いい! イイ!
いけそうだわ、終着点が見えてきた。
この調子で行けばサイトへの初投稿だって遠くない。
区切りのいい、かつ、先が気になるところでストーリーを分割する作業をやったら10話くらいの貯めができた。
さあ、勇気を出して、第一話を投稿、するのよ、陽菜子。いいえ川原ヒナ。
タイトルは「スマホが繋ぐ百合恋~男装お嬢様は乙女ゲーに白昼夢を見るか」のままでいいか。
さて、登録タグ、サブタイトル、前書き、後書き、投稿は即投稿にするか予約にするか、初めてやってみると考えることが色々ある。
えーと。
舞台:現実世界
年代:現在
ジャンル:恋愛
タグ:恋愛、百合、学園物、女主人公、乙女ゲー、TS……は少し違うか、男装、などなど思いつく限り打ち込んでいく。
どうやらこのタイミングで賞にも応募できるらしい。よく分からなかったのでジャンルが近そうな賞にいくつか応募しておいた。
そしていよいよ、運命の投稿ボタンをポチ。
これで深幸さんだけじゃない、顔も名前も性別も年齢もまるで知らない他人たちに自分の作品を晒すのだ。
恐怖はある。
はっきりいって、自分の中にあそこまで性に倒錯した感情が眠っていたのかと思うほどおかしな小説を投稿したのだから
さて、PV数とやらの見方は、と。ここか。
10分後くらいに1と表示された。新着で誰かが読んでくれたんだろう。
今この人は私の小説を読んで何を想っているんだろう?
怖い。
知りたい。
しばらく、呆けてしまった。
なんだかとてつもなく恐ろしいことをやり遂げたかのような、小さくも大きな第一歩を踏み出したような、そんな、何とも言えない気持ちで陽菜子の胸は満たされていた。
「あ、お風呂入って、ごはん、食べよ……」
帰宅してから、小説の修正に、校正、投稿、ぶっ通しでやってしまったので夕食も忘れていた。コンビニに買いに行く気力ももうない。シャワー浴びてカップ麺で済ませようかというダメな独り暮らしの典型例みたいになりかけている。
ぴこん。
シャワーとわびしい夕食を終えたところで、パソコンからあの小説投稿サイトのチャットの通知が来た。
深幸さんからだった。
『早志深幸:ヒナさん、今日投稿の第一話、ざっとだけど読ませてもらったわ。昨日の小説をベースに、随分短期間で大胆にアレンジしたのね』
いつもならモニターにキスしてしまうほど嬉しい深幸さんからのチャットも、今はなぜか怖かった。
だって、あんなに変えてしまったから。
男女の恋愛物だったはずなのに、百合物にしてしまって。
もしかして、深幸さんの期待を裏切ったことになってしまったんじゃ、と。
『早志深幸:強力なライバル出現だわ。これは私も負けていられない』
返信しないまま、次のチャットが来る。
何故だろう。怒られているわけでもなく、むしろ褒めてもらえてるのに、返信が、できない。
『早志深幸:だけど、その前に確認しておきたいことがあるの。このサイトのチャットを使うとログが運営に読まれるからメールに切り替えるわね』
ぼーっとした頭で深幸さんからのチャットを見ていた陽菜子。
運営に見られたくないって、一体何の用なんだろう?
しばらくすると、メールが届いた。
「件名;いきなりで不躾だけど」
「本文:こんにちは。
やっぱりヒナさんは夢見が丘高校の河原陽菜子さんなんですか?」
ぞくり。
間違いなくメールアドレスは深幸さんのもの。そこに、一字一句違わず私の本名が書かれている。通っている学校名まで添えて。こんなことができるとしたら……。
まさしく今日、この投稿サイトのことを訊いてきて、陽菜子が小説を書いていることを知っている……。
陽菜子ははっと我に返り、返信した。
「どうして深幸さんが私のことを知っているんですか?」
ぴこん。
「察しが着いてると思うけど、私、いや僕が松代だからだよ。実はあのノート、結構読み込んじゃったんだ。そしたら見たことある設定が一杯あったからさ」
やだ――。
目の前が真っ暗になる。
深幸さんが、松代?
男?
クラスメイト?
私が憧れていた、子育て主婦で、大人のお姉さんな深幸さんは、どこにいるの?
全て偽者だった……?
何がなんだか分からなくて、陽菜子はそのままベッドに向けて気を失った。
なんだか、悪い夢を見た気がする。
そうだ、あれは悪夢だったんだ。
そう信じて、朝が来たので目を覚ましたけれど。
スマホで時間を確認すると深幸さんからもう一件、メールが入っていた。
内容は「明日学校でどこかで時間を作って詳しく話すよ。」とのこと。
もうやだ。
これ以上、何も知りたくない。
もう一度眠って、学校も休んで、この悪夢を覚ましてしまいたい誘惑は強かったけれど。
家にいるままのほうがもっと怖かった。
スマホとパソコンで、松代にずっと見張られてる気がしたからだ。
ろくに髪も乾かさないで寝たからぼさぼさの頭を何とかして、出かける。
日々の週間とは恐ろしいものだ。
あんなことがあったというのに、ちゃんと通学することはできている。
電車に乗り、駅で降り、校門をくぐり、教室に入る。
自分でもよくそんなことができたと思う精神状態だった。
松代はこちらを一瞬見ると、心底安心した顔をしてすぐ別の方向を向いてしまった。
そしてスマホを操作したと思うと、陽菜子のスマホがぴこんと音を立てた。
内容は「昼休みに、屋上でいいかな?」
屋上……、そうだな、飛び降りるのには丁度いい。
陽菜子はそんな事を思い、スマホを鞄にしまった。。
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