第5話 初めての作品、そして……
陽菜子は初めて書き上げた小説を深幸さんへのメールに添付して送り、夕食の準備に取り掛かった。
両親が二人とも海外に出張するくらいだから、実は結構なお嬢様である陽菜子。
月当たりの生活費もそれなりに多く振り込んでもらっている。
よって、自炊する必要は無く、スーパーやコンビニで買った弁当などで食事は済ませている。
元々母親が仕事で遅くなることが多いため、食生活は前とそんなに変わっていない。
それはさておき、簡単な夕食を済ませた後、何をしようか、陽菜子は少し思案した。
まさか送信して間もない時間で深幸さんに感想を求めるチャットをするわけにもいかないし、かといって小説のことを考えていないとなんだか落ち着かない。
今の間に次回作のプロットでも練ってみようか。
深幸さんのアドバイスをもらってからにしたいという誘惑は強かったけれど、次はどんな話を書こうかワクワクしてたまらないのだ。
そうと決めたら、マル秘ネタ帳ノートを開き、その中から、次に書きたい小説のネタを探し始めた。
ジャンルはやっぱり恋愛にしたい。
さっき深幸さんに送った小説はあまりに現実現実していたので、今度は異世界恋愛物でも書いてみようか。
あるいは禁断の恋とか。
たとえば同性間の……。はたまた兄妹間の……。ってまた深幸さんの作品に引っ張られそうになってる。
同じ禁断なら趣向を変えて身分差の恋なんてどうだろう?
大きく年齢が離れていて、相手は妻子持ちとか。でも、このテーマだと絶対悲恋に終わるか、主人公を悪党にしないと話がまとまらない。
(あーん、ネタだけは思い浮かぶけどどれにしようか決まらないよう)
そんな風に悶えながら、陽菜子はネタ帳ノートに思いつく限りの文章を書いていく。
(うー、やっぱり早く深幸さんのアドバイスが欲しい!)
かといって感想を催促するような失礼な真似はできない。
結局、陽菜子はネタ探しと最近の小説の傾向を掴むべく、件の小説投稿サイトで新しく投稿された恋愛小説を読むことに夜の時間をあてることにしたのだった。
その中で見つけ、気になった一つの単語。
(TS……? ってなんだろう?)
インターネットで検索をかけたらすぐに意味は分かった。
「『Transsexual』のこと。ようするに性転換もの。ジャンルの一つ。ふーん」
(性転換、ねえ)
たとえば陽菜子が書いた小説で例えると、スマホの乙女ゲーで仲良くなったと思った男女の男の方が、実は男装してる女子で……。とかって展開のことか。
割とリアルに話ができそうで、陽菜子は反応に困った。
(やだやだ、私はノーマルよ! って……)
ふと、陽菜子は今の自分がノーマルといえるのかどうか疑問に思ってしまった。
(だって、今私が好きな人は……、好きな人は……)
そろそろ寝よう、とベッドに入ってもそのことを悩み続ける。
(深幸さん、もし男だったら、私、どう思うんだろう。女の人で、あって欲しいな)
男らしい主人公が頑張るそんな小説を書く、優しくて、頼りがいのあるお姉さんであって欲しい。
そう願いながら、陽菜子は眠りについたのだった。
***********
朝起きて、陽菜子がスマホの画面を見ると、メールの着信があることを示していた。
「もしかしてっ」
陽菜子は慌ててメールを開く、アドレスは……深幸さんのものだ!
タイトルは「読ませてくれてありがとう」
メール本文にはこうあった。
「こんにちは、昨日中にお返事できなくてごめんなさい。
でも、読みやすい文章だったから一日で一気に読んでしまえました。
初めて書いてみた小説としてはとてもよくできていると思います。文体にも違和感はありませんでしたし、ところどころにちゃんと伏線を張りつつ、ひとつの話としてまとまっていました。
特にXXくんの方からいきなり迫ったシーンは読んでいてドキドキしてしまいました。
私だったら、主人公ちゃんと同じく、少し怖くなって逃げそうになるでしょうね。
だけど、身内だと思って感想で褒めてばかりだといけないので、先に文章を書き始めた先輩として、僭越ながらいくつか気になった点を上げさせてもらいます。
まず、この小説のタイトルは何というのでしょう?
タイトルを見ただけで読んでみたくなるようなキャッチーなタイトル付けが必要だと思います。
(そういえば、タイトル決めてなかった! あっちゃー……)
後は全体的に盛り上がりに欠ける部分があると思いました。クライマックスはよかったのですが、恋愛に発展していくさまがやや淡白というか。
なにかこう、もうなん波乱か起こさせてみてはどうでしょう。
(なるほどなるほど……。これは昨日考えたTSネタが使えるやも)
失礼ですが、ヒナさんには恋人や好きな人はいますか? そんなことが気になってしまいました。
(す、好きな人はいますもん。女の人ですケド……)
少しきついことも書いてしまったかもしれませんが、私が初めて書いた時よりはよっぽど上手だと思います。
これからももっともっと研鑽してくださいね。
また、ヒナさんの小説を読ませてもらえると気を楽しみにしています」
通学の移動中にスマホで深幸さんからのメールを読み終え、思っていたよりは酷評されていなかったことにほっとした陽菜子。
でも、さすがは深幸さん、鋭く切り込んできた指摘だ。
私が男女の恋愛を完全に想像力だけで書いていることは見抜かれている。
そして、キャッチーな、タイトルを見ただけで画面を開いてみたくなるような題名にすることは初日から言われていた課題だ。
あとは、もっともっと展開を波乱万丈にするには……。
『相手の男の設定を、家の都合で男装させられているお嬢様』って設定にしてしまう他ない!
この方が主人公の女の子との絡みや悩みもよりリアルに書ける気がする。
いっそ学校も違うことにして、出会いの形も変えて、タイトルからそういう性転換ものだということが伝わるようにしておいて。
昼休みの間に、マル秘――本当の意味でヤバすぎて他人には決して見せられなくなってきた――メモ帳ノートにタイトル候補をしたためた。
『スマホが繋ぐ百合恋~男装お嬢様は乙女ゲーに白昼夢を見るか』
うん、客観的に見て実にまずい。
でも、男装をバレなくするための波乱は簡単に起こせそうだし、プールや海にデートに誘っても来てくれないあたりで主人公は疑いを始め……。
そして、とうとう女だとバレたときに爆発してしまう、秘めた恋心! 女同士だったという不思議な安心感と、男装していても乙女ゲーをやりたいという欲求までは捨てられなかった羞恥心。
書ける! 書ける気がするわ!
授業中もそっちのけで、深幸さんからのメールを読み返したり、マル秘ノートにネタを書いたりして、順調に陽菜子の精神は百合色に穢れていったのだった。
「か、河原さん?」
終礼後のチャイムにも気づかず、夢中でネタを出していたところに、男子から声がかかった。
またしてもあの因縁の松代幸一郎だ。
「げっ、あんたは、松代……、くん。何か用?」
「いや、すごい集中力だなあって思って。もう皆帰りかけてるよ。
やっぱり、小説のネタ出しってすごく楽しいんだね」
「はん、ドーコーのシとやらならそっちにも楽しさは分かるんじゃないの?」
「いや、僕はその。別に……。あ、そうだ、河原さんって下の名前ヒナコさんであってる?」
「あってるけど、それがなによ。まさか名前で呼びたいなんて言い出したら、却下よ却下」
「言わないよ。ただ、ちょっと確かめたいことがあってさ」
「『R&Wコミュ』って小説サイトに、もしかして登録してたりする?」
松代は、陽菜子や深幸さんが日夜やり取りをしている、1ON1チャット機能付きの小説投稿サイトの名前を出した。
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