第4話 深まる関係
『新着チャットあり』
スマホの小説投稿サイトの画面にそう表示されている。
チャットを送ってきてくれたのは、なんと深幸さんからだった。
小説を書く手を止めて、スマホの操作の方に切り替える陽菜子。
『早志深幸:こんにちは、サイトの仕様が拡張されたというので初めてスマホからチャットを送ってみました。ちゃんと届いていますか?』
『川原ヒナ:はい。問題なくチャットできています。今日は確認のためにチャットを?』
『早志深幸:ええ。ご迷惑だったかしら?』
迷惑だなんて、とんでもないと思う陽菜子。
深幸さんとチャットができるだけでも幸せなのに、仕様変更確認の相手に選んでくれるとは。
『川原ヒナ:いえいえ、迷惑だなんて。パソコンの前にいなくても深幸さんと話せるようになってとても嬉しいです』
『早志深幸:ふふ、私もです。今は外でしょうか?』
『川原ヒナ:いえ、もう学校から帰って家で小説書いてました』
『早志深幸:なら邪魔しちゃいけないでしょうね。私も今から明日の分の予約投稿の準備をしないといけなんです』
そこで陽菜子は少し思った。できればもう少し話していたいな、と。
『川原ヒナ:あのそれが済んだら、私も一息入れたいのでパソコンの方でチャットに付き合ってくれませんか?』
深幸さんは快諾してくれた。
ちなみにスマホの方のチャットにはLineのようなスタンプ機能が実装されており、パソコンで文字を打つより簡易的にコミュニケーションが取れるように工夫されていた。
**********
『川原ヒナ:それで、クライマックスを決めかねてるんですよ。キスまでしちゃうべきなのか。お互いに想いを伝えてそれでおしまいにしておくのか』
このチャットに対して、深幸さんは珍しく返事に間を空けた。
数分後、返事が返ってくる。
『早志深幸:そこまで私がアドバイスしてしまうと読ませてもらうときの楽しみが減りそうですね。ヒナさんがヒロインなら相手にどうしてほしいかで考えたらどうでしょう?』
そ、それは、もちろん、深幸さんの小説の主人公みたいに不意打ちで唇を奪うとか、そういう男らしい告白の仕方をしてほしいに決まっている。
その後その主人公は妹にキスをしてしまった……!とか言って悶えるのだが、勢いで自分の気持ちに正直に行動で示してくれた方が女の子としては嬉しいに決まっている。
まして、「川原ヒナ」が書いている小説の主人公は乙女ゲーに夢中になったりする内気で一見おとなしい、度胸がなさそうに見える男の子なのだ。そんな男の子があるとき、グイッと女の子を引き寄せたりしたら、それはもう……!
『川原ヒナ:ありがとうございます! 私、なんだか書けそうな気がしてきました!』
『早志深幸:そこまで二人の関係が進んでクライマックスってことは、そろそろ完成が近づいているんでしょうか?』
『川原ヒナ:はい、もう8割がた書けていると思ってます』
『早志深幸:それは楽しみです。いわば処女作ですものね。読ませてくれるのを楽しみにしてますよ』
そうやってチャットを楽しむ間にも、陽菜子は深幸さんから受けたアドバイスをマル秘ノートにメモすることを忘れていなかった。
『川原ヒナ:それで……なんですけど、いきなり投稿する前に一度深幸さんに添削というか、最初の読者になってほしいんですけど。ダメですか?』
『川原ヒナ:その、まだ話数の区切りとか決めてないですし、誤字脱字がないか、自分でも見返すつもりなんですけど、できれば、一番最初は深幸さんがいいんです。ご迷惑でなければ、ですけど』
それから、しばらくまた深幸さんからのチャットが滞った。
『早志深幸:分かりました。私でよければ最初に読ませてもらっていいでしょうか。それにしても随分懐かれたものですね。こちらから敬語使うの止めようかしら?』
『川原ヒナ:はい! 私みたいな子供に敬語なんていいですよ』
『早志深幸:私、きっとヒナさんの倍近くは生きてるわよ、こんなに仲良くしてて違和感とか感じない?』
『川原ヒナ:全然です。これからもご指導ご鞭撻のほど頂けたら嬉しいです』
『早志深幸:私もヒナさんみたいな友達ができて嬉しいわ。ネット上ならともかく、身近で小説を書いている話ができる相手なんてほとんどいないものだから』
『川原ヒナ:私もです。もし学校で小説書いてるなんてこと触れ回られたらきっと根暗な趣味とかオタクだとか言われそうですし』
そこで、陽菜子は松代のことを思い出した。
そういえば一人だけいるんだった。
小説書いてることを知ってる奴。しかも男子で。
でも……「素敵な趣味だね」か。
「誰にも言わない」って言ってくれたし。
正直、そう言ってくれて嬉しかった、いや、助かったのは事実だ。
嬉しくなんて、嬉しくなんて、ないんだから。
だいたい、男子なんて私が書いてるような恋愛小説を読んだら馬鹿にするに決まっている。
深幸さんみたいな理解のある女の人に読んでもらいたい。
酷評されたっていい。それが今の自分の実力なんだから。
そんなことを考えているうちに、深幸さんから返信が来た。
『早志深幸:そう? “素敵な趣味”だと思うわよ。小説を書くことって。自分がやってるから余計にそう思うのかもしれないけど』
素敵な趣味……。
同じことを言われたことはあるけれど、深幸さんに言われると、まじで「きゅーん」と来る。
もう私深幸さんのこと大好き!
こうなったら、早く小説を仕上げて、どう思ってくれたかの感想を聞かせてもらわなきゃ。
そして、珍しく、陽菜子の方からチャットを切りにかかった。
いつもは深幸さんが「子供の面倒を」「夕食を」「旦那が帰ってきた」などの理由で中断を言い出すことが多いのだ。
『川原ヒナ:ありがとうございます。じゃあ、私、そろそろ“素敵な趣味”に戻りますので、今日はこれで失礼させてもらいますね』
『早志深幸:ええ、頑張ってね。そういえば私のPCのメールアドレスはXXXX@XXXXX.
XX.XXよ。このアドレスに添付して送ってくれたら読ませてもらうわ』
うわ、深幸さん、自分のメールアドレスに自分の小説の主人公の名前使ってる。
気に入ってるんだろうな。今書いてる小説。
そして、近いうちに自作の小説を送る旨を返信して、チャットを打ち切った。
さて、やる気は十分充電できた。
クライマックスの構想も立った。あのなよなよ少年を最後に男にしよう。
校舎裏で、いきなり強引なキスをされかけた主人公は一度は拒むも、「証が欲しいんだ」というスマホゲーの台詞をそのまま使われて、流れでキスを許してしまう。
それから、お互いに想いを口に出して伝え、これからもスマホゲー、現実両方で付き合っていきたい旨を伝える。
二人の恋を応援していた主人公の親友も、はやし立てて馬鹿にしていた相手の男の悪友もなんだかんだで祝福する。
最後には自分たちを繋いでくれたスマホゲーのキャラよりも、彼氏の方が好きになったと伝えて、大団円を迎える。
うん、これでいい。
やっぱり、物語はハッピーエンドが一番。
さあ、読み返してみよう。
文字にして、3万字。我ながら頑張ったほうだと思う。
読み返してみると、やはり書いているときは気が付かなった誤字脱字がたくさんあり、それを修正するだけでも結構な時間がかかった。
それらを修正したら、今度は文末に「た」が連続していないかのチェック。こうなると文章としてのバランスが悪くなるんだと深幸さんが教えてくれた。
何度も何度も読み返し、ところどころ修正し、展開や時間軸に矛盾が無いかのチェックも終え、Wordファイルの保存ボタンを押す。
そして、意を決して、登録しておいた深幸さんのメールアドレスへ添付し、できるだけ礼儀正しい文章を心がけて、添削をお願いする旨のメールを送信した。
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