第3話 ムカつく男子

 まずはテキストファイルで一作仕上げてみる!




 深幸さんのアドバイスだ。




 陽菜子はときどきマル秘ノートを開きながら、平凡な女主人公と平凡な男の子が恋に落ちていく様をワードファイルに書いていった。


 こういうスマホゲーやりそうなのってこのノートを拾って?渡してくれた、どちらかというと根暗そうなイメージの男の子よね。




「素敵な趣味だね」




 その一言が陽菜子の耳に焼き付いて離れなかった。


 別に喜んだ、とかじゃなくて、否定されなかったのが安心したというか。




 あの男子が、この今書いてる小説を読んだらどんな感想をくれるだろう?




 違う! 違う!


 陽菜子が一番に感想を欲しい相手は深幸さんだ。




 平凡だと言われてもいい。


 深幸さんの作品に比べたら平凡でありきたりなのは当たり前だ。




 陽菜子は自分は恋愛小説で勝負するって決めてるんだ。


 勝負? 


 誰を相手に?




 決まってる。


 世の中の作家志望の人たち。いやすでに作家な人も含めて全員だ。




 陽菜子の作品は陽菜子にしか書けない。


 だから負けてられないんだ。立ち止まっていられない。




 夢中で校正もせずにひたすらパソコンに向かって書いていたら、気が付けば夜中の2時だった。




 やばい、明日起きれるかこれ。


 授業大丈夫か?




 だけど、おかげで、なんとか主人公と想い人が初デートに出かけるくらいまでは書くことができた。




 実はデートなんてしたことない陽菜子である。


 想像力だけを頼りに書いていった。




 だけど、もし、誰かとデートする日が来たとしたら、誰かと楽しく話しながらどこかにでかけるとしたら、相手は深幸さんがいいな。


 どんな顔をしているんだろう?


 旦那さんはどんな人なんだろう?


 子供さんのことはやっぱり、一番の宝で、世界で一番可愛いんだろうな。




 さすがに執筆活動を中断し、床に就いた陽菜子の頭に浮かぶのは深幸さんのことばかりだった。


 女同士だから、ある程度気兼ねせず話ができるし、明らかに年上なんだからこっちが甘えるようなことを言っても許してくれる、そんな優しい深幸さん。




 『素敵な趣味だね』




 今日見た夢は、顔が塗りつぶされた、けど、よく知っている女の人が、そう言いながら小説のプロットでいっぱいにしたマル秘ノートを渡してくれる夢だった。




 翌日。


 思ったより元気に起きられた陽菜子はいつも通りに学校に向かい、クラスメイトに挨拶すると、机に着くと、真っ先にマル秘ノートを開いた。




 実は昨日寝る前に思いついていたけど、起きてノートに書き足せるほどの気力もわかなかったネタがあったのだ。




 それは、主人公たちが遊んでいるスマホゲーを女の子向け乙女ゲーにしてしまうというもので、これで男子の方に「こんなゲームをプレイしているなんて恥ずかしくて人に言えない……」という悩みを主人公と共有することで仲をより進展させるというものだった。




 うん、乙女ゲーというのは男子にとって未知の世界のようで、そうでもないことは登録しているサイトの小説を読んでいるとよく分かる。


 あっちこっちの男子から惚れられて悩む女子をテーマにした小説を、ペンネームから判断して男の人が書いている場合も多いし、あんまり性別で作家を判断するのも馬鹿らしいと気が付いてきた。




 もっとも、陽菜子は「川原ヒナ」というペンネームで自分が女性であるということを徒に隠すことも、積極的に偽ろうとも思わない。




 ***********




 そうこうしているうちに1週間が過ぎ、あの、忌まわしい家庭科の授業がまたやってきた。


 陽菜子は今は随分内容が充実したマル秘ノートを持って教室移動を行った。


 今度は絶対机の中なんかに忘れないように。忘れないように。


 そう祈りながら陽菜子が、5時限目終了のチャイムを聞いた時、マル秘ノートはちゃんと机の上にあった。




「ふう」




 二度と同じ轍を踏まないようにさっさと片付けて自分の教室に戻ろうとしているときに、見覚えのある男子が声をかけてきた。




 そういえばこの男子の名前は松代幸一郎。


 さすがに1週間も一緒に過ごすと顔と名前が一致するようになった。


 相変わらず線の細い、ひょろっとした男気に欠ける男子だ。




「あ、今度は忘れてないね」




 松代の屈託のない笑顔。


 実に腹が立つ。




 すると、馴れ馴れしいことに、陽菜子の耳元に口を近づけて囁いてきた。




「小説は進んだ?」




 それだけいうと、松代はすぐに離れる。




 陽菜子は周りに聞こえないように小声で返す。




「関係ないでしょ」




 すると、相手も小声で返してきた。




「僕もちょこっと書いてるから気になってさ」




 何?


 こいつも小説を書くのを趣味にしてるというのか。




「ラノベ読むのが趣味でさ。もしかしたらクラスに同好の士ができたかも、って思ったんだけど」




 顔に似合わずグイグイ来る男子だ。


 この、松代幸一郎、意外と肉食系なのかもしれない。




「私、ラノベなんてあんまり読まないから」




 冷たく嘘を吐いてあしらい、陽菜子は立ち去ろうとする。




「もう行く」


「じゃあ、また」




 少しも傷ついていない様子で、その男子は「また」などとのたまった。

 こっちがもうあまり関わり合いになりたくないのが分からないのだろうか?




 でも。


 小説を書くことを「素敵な趣味」って言ってくれたのは、ほんの少しだけ、嬉しかった、かな。


 だいたい、ほとんど話したこともないただのクラスメイトの男子だ。クラスメイトだから名前を知っただけで、はっきり言って興味はない。


 だって、私には同好の士として深幸さんがいるもの!

 恋愛小説を書いておいてこんなことを言うのもなんだが、はっきり言って、陽菜子は男子の誰かと付き合いたいとかそういう願望は一切ない。

 もし付き合うのだとしたら深幸さんの小説に出てくる、幼馴染みたいな男の子がいい。


 頼りになって、こっちを引っ張ってくれて、いざって時は自分の身を挺して守ってくれる。そんな男らしい男の子がいい。

 

 それでいて趣味が合って小説の話ができればなおさらいい。そう、深幸さんが男になったような素敵な年上の男性が理想なのだ。

 今日は深幸さんの小説、アップされてるかな。昨日は予約投稿って言ってたけど、あんなに面白い物語を毎日のように投稿し続ける時間、どこにあるんだろ。

 家事もしなくちゃいけなくて、子供さんの面倒も見てて、小説も書いてて……。

 その辺の秘訣も今度チャットしたときに聞いてみようかな。


 そんなことを考えながら帰っていて、陽菜子は気が付くともうパソコンの前に座っていた。

 今書いている小説、主人公とそのお相手、二人がプレイしているスマホゲーを女の子向けに変えて、男の子がドギマギする様子を付け加えてからは少し読者の人に意外性を与えられる気がしてきた。


 別に同性愛者でもないのに、乙女ゲーをプレイして面白がっている男子なんて、どんな真理なんだろう?

 そのあたりを想像力で補いつつ、主人公には「おかしくないよ」と優しく接しさせる。


 そういえば最近、深幸さんの小説がアップされても自分の小説がひと段落するまでは読むのを我慢するようになった。

 感想チャットも控えめにしてる。


 なぜなら、私の心は深幸さんでいっぱいだからだ。

 チャットの文字にときめいちゃうし、頼り過ぎるのも迷惑に感じる。深幸さんほどの作家さんなら、チャットを打ちながら小説を進めることもできたりするのかもしれないけど、陽菜子にはどうやっても無理だ。

 深幸さんとチャットをしているときは、チャットに集中していたい。


 そんなことに思いを馳せながら小説を進めていると、スマホがぴこん、と音を立てた。


 誰かからのLineかな?


 スマホ画面を見てみると、あの小説投稿サイトのアイコンがあった。そういえばスマホからでも読めるようにしておいたんだった。


 『新着チャットあり』


 チャットを送ってきてくれたのは、なんと深幸さんからだった。

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