第2話 もう一つの出会い
深幸さんまみれの夢を見た後とりあえず起きて、入学式に向かい、つつがなく高校生になった陽菜子は、この歳で独り暮らしであること以外は特に変わったこともない高校生活を送り始めた。
それにしても、いまマル秘ノートに書き連ねている恋愛小説のプロット、いまいちつまらない気がする。これをこのまま投稿しても果たして深幸さんみたいに色々感想をもらえたり、そもそも読者が付くだろうか?
授業中も授業そっちのけでこっそり書き溜めているが、どうも自分で自分の作品を面白いと思えないのだ。
これは、迷惑かもしれないけど、また深幸さんに相談に乗ってもらうべきだろうか。
そんなある日、大事な大事なマル秘ノートを教室移動の時間に家庭科室に置き忘れてしまった。慌てて取りに行こうとしたが、この学校の技術科と家庭科は男女入れ替え式で、既に同じクラスの男子が入っていて、話したこともない男子が自分座っていた席に座っていた。
ヤバイ。これは実にヤバイ。
次の授業が終わったら放課後なので取りに行く時間はたっぷりあるが、それまでにあの男子に見つかっていたらどうしよう。
これまで誰にも見せたことなかったのになぁ。見られたくないなぁ。
そんなやきもきした気持ちで、陽菜子は6時限目の授業を過ごしてしまった。
キーンコーンカーンコーン。
終業のチャイムだ。
だだだだだだだだだだ!
陽菜子は家庭科室に走った。すると、自分のクラスの男子生徒が「あー、やっと今日も終わったー」とばかりにわらわら出てくるところだった。
構うものか。
その人の波を押しのけ、陽菜子が自分が家庭科の授業の時に座っていた席に急ぐと、なんと、その席の机の中には、なかった。
なんということ! 同じクラスの男子生徒が不思議そうに手に持っているではないか!?
とにかく、陽菜子は動いた。
大切なマル秘ノートをその男子からふんだくった。
その男子は短めの髪の、眼鏡をかけた、よく言えば優しそう、悪く言えば、気の弱そうな線の細い少年だった。
同級生だ。クラスメイトだ。変な遠慮はする必要はない。敬語もいらない。
「こ、このノート、あたしのなのっ! さっきの授業のとき忘れちゃって!」
「そう、表紙に名前がないから届けようにもどうしようかと思って困ってたんだよ」
「とにかく、さよならっ!」
「あ、ちょっと待ってよ。そのノートに書いてあったのって授業の内容じゃないよね?」
「なによ、先生にでも言いつけるつもり?」
「いや、違うよ、小説のプロットだなって。小説書くのが趣味なの?」
うぐっ!
実にまずい。
全然知らない男子とはいえ、同級生に小説を書いていることを知られてしまうなんて。
「かっ、関係ないでしょ、小説書こうとしてたら何だっていうのよ」
「いや、素敵な趣味だねって、それだけだよ」
す、素敵な趣味……。
やだ。
さっき顔見たときは何とも思わなかったのに、そんなこと言われると、「きゅん」ってしてしまう陽菜子。
「え? は? あ? そ、それはどうも、ありがとう」
「持ち主の名前がないかなと思って見ただけで、中身はほとんど読んでないからして。それから、誰にも言わないよ」
そういわれて陽菜子は改めて周りを気にしてみた。
もうほとんどの生徒は出ていっており、二人のやり取りを気にしている物は教師を含めても誰もいなかった。
「あ、ありがとう……」
再びお礼を言って、陽菜子は後ろを向いてその場を立ち去ろうとする。
不思議な胸の高鳴りを抑えながら。
少し気持ちが落ち着いたところで、家に帰って、陽菜子は自分の小説があまり面白くないんじゃないんかという悩みを抱えていたことを思い出した。
なんというか、読者に対しての「掴み」みたいなものに欠ける気がするのだ。
一話読み終わって、次も早く読みたくなるような、あの、深幸さんの小説を読んだときみたいなワクワクが自分の小説にはあるだろうか。
はっきり言って、ない気がする。
やっぱり、魔法や超能力がビシバシ出てくる方が読者は引き込まれてくれるのだろうか。
いや、自分は恋愛小説が書きたいんだ。
昔憧れたような恋愛小説作家になるのが夢なんだ。
それに、深幸さんの小説にも恋愛要素は出てくる。ああいうの、大人の女性にしか書けないんだろうか?
うん、やっぱり深幸さんともう一回チャットがしてみたい。
そう思いながらパソコンを操作していると、深幸さんの小説が更新されたことが通知画面に表示された。
やった! 気になってた続きが読める……!
今回は魔法での戦いより恋愛が主軸になっていた。主人公は今まで妹の様に大事に思っていた幼馴染が実は自分の母親が産んだ種違いの子供かもしれないという事実に大きく心揺れるのだった。
しかし、それでも、守りたいという気持ちは変わらない……!
折れかけた気持ちを奮い立たせ、たとえ、妹なんだとしても愛して守ることを誓い、再び父である魔王に啖呵を切る場面で終わっていた。
読後の感想は、素直にヒロインが羨ましい、だった。
こんなかっこいい、男らしい主人公に思われて、守られてみたい。
そこで、なぜか陽菜子は今日マル秘ノートを渡してくれた男子を思い出した。
なによあんなひょろひょろした、男気の欠片もない男子。
やっぱり、男は親父が敵ならその親父が魔王でも喧嘩売るくらいのパワフルさとたくましさがなくっちゃ。
そうだそうだ。
さっそく深幸さんに感想チャットを送ってみよう。
たとえパソコンの前にいなくても、気が付いたら反応はくれるだろう。
『川原ヒナ:連日失礼します。最新話読ませてもらいました。主人公の男気に感動です! ちょっとヒロインに嫉妬しちゃったくらいです』
ぴこん。
嬉しいことに、今回もすぐに反応があった。
『早志深幸:予約投稿にしてたから、こんなに早く感想をくれる人がいるとは思いませんでした。ヒナさん、今回もありがとう。私、恋愛描写にちょっと自信がなかったからそういってもらえて安心しました』
『川原ヒナ:そんな。自信がないなんて! 深幸さんみたいに書けて苦手だったら、私、自信なくしちゃいます』
『早志深幸:そういえば、ヒナさんは恋愛小説家志望なんですってね? プロットの方は進んでいますか?』
『川原ヒナ:それが……、書けば書くほど自信がなくなってきちゃうんです』
陽菜子は今悩んでいる自分の小説の平凡さと読者への吸引力みたいなものが欠けている気がすることに悩んでいるのを打ち明けた。
『早志深幸:確かに突飛さは大きな武器だけど、ヒナさんの場合、まず、最初から最後まで1本仕上げてみることから始めてみたらどうですか? 他人の評価なんか気にせず。なんだったらテキストファイルに書いてみるだけでもいいんですよ』
なるほど。
いきなり他人の評価を気にしてもしょうがないかぁ。
陽菜子は深幸さんのアドバイスに大いに感心した。
『早志深幸:そうですね。一話完結の短編を書いてみるとか。四コマ漫画みたいに起承転結を意識した四本仕立てにしてみるとか、ヒナさんはまだ若いんだから、そういうのをどんどん練習して行っていいと思いますよ』
『川原ヒナ:はい! 私、他の人のすごい小説を読ませてもらってばかりで少し焦ってたのかもしれません。まずは完結させてみます』
それからも、深幸さんは色々とアドバイスしてくれた。
他の人の作品の影響を受けることは何も悪いことじゃない、とか。
気に入った小説を一本丸写ししてみる、なんてのも勉強になる、とか。
いわく、小説も絵と同じで、好きな人の物を真似していくうちに少しづつ自分の味みたいなものが出てくるんだとか。
さすが、大人のお姉さん。
陽菜子が一人で悶々と考えていてもとても思いつかないようなアドバイスをどんどんくれる。
じゃあ、まずは今考えているスマホゲーから始まる恋の物語を最後まで書きあげたい旨を告げて、その日のチャットは終わりにしたのだった。
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