異世界勇者「ただいま……現実に帰ってきたよ」

ちびまるフォイ

家族があつまる場所

「ただいま……」


「……たかし?」


「そうだよ。3年ぶり、くらいだよね。父さん」


「お前……通り魔に刺された衝撃で車道に飛び出して

 車にひかれて死んだんじゃ……かあさーーん!!

 母さん! 大変だ! たかしが帰ってきたーー!!」


「落ち着いてよ父さん!」


「お、おお……すまん。つい驚いてしまって。

 死んだなかったんだな。それじゃこれまでどこへいたんだ」


「異世界へ……」


「……異世界?」


「異世界で3年暮らしてたんだ。

 最初は楽しかったんだけど、やっぱり現代の便利さが恋しくて。

 2年目になると何をやっても成功しかしない世界に飽きて、

 3年目になると褒めるしかしない人たちに気味悪さを覚えたんだ」


「それで……帰ったきたのか」


「うん……」


「まああがれ」


息子は3年ぶりに家の敷居をまたいだ。

父親は慣れない手付きでお茶を入れる。


「それで、これからどうするつもりなんだ?」


「そうだよね……」


「現実世界じゃ異世界みたいに都合良くはいかない。

 生きていくためにはどこかで働かなくちゃな」


「わかったよ。とりあえず一流IT企業にでも入るよ」


「バ、バカやろう! お前、異世界に行き過ぎて

 なんでもかんでも簡単にうまくいくと思いすぎてないか!?」


「なんだよ。IT企業に入るのがそんなに悪いことなの!?」


「この3年異世界に行ってたんだぞ!

 現実世界じゃニート換算だ!

 3年ニートの専門知識ゼロのお前が入れるとでも!?」


「これでも異世界じゃ紅蓮の羊飼いって呼ばれてたんだよ。

 誰よりも努力家だって認めてもらえるはずだ!」


「よく聞けこのバカ息子! 努力できるのは最低ライン!

 お前のクソの役にも立たない経歴なぞあてになるか!」


「わかったよ。それじゃゆーちゅーばーいーつになるよ」


「このアホ息子!! 真面目に考えるという行為が

 異世界でごっそり抜け落ちたのか!?」


「なんだよ。動画配信で好きなことをして生きていくのが

 どうしてそこまで言われなくちゃいけないんだよ」


「人を飽きさせず楽しませ続けるのがどれだけ大変か!

 現実社会にも染まりきれず、異世界でも順応できなかったお前が

 簡単にやっていけると思うな!! このバカ!!」


「真面目に考えろっていったのは父さんじゃないか!」


「真面目に考えないから叱ってるんだ!」


激しい口論で二人は息をはずませていた。

同じタイミングでお茶をすすった。


「……わかったよ。それじゃ現実的に考えるよ。

 ちゃんと職業相談所に行って、そこで紹介された仕事について

 必要最低限のものだけでひそやかに暮らしていくよ」


「そうか。わかってくれたか」


「うん……」


父親はなにかのタイミングを伺うように落ち着かない。

その違和感に気づいた息子はふと声をかけた。


「父さん、そういえば……母さんは?」


「……ああ、そのことを話さなくちゃな」


「え?」


「……父さんも、実は昔異世界に行っていたんだよ」


父親のまさかのカミングアウトに口がふさがらなくなった。


「お前はそのときの子供なんだ。

 このことを話すとお前が異世界に行ってしまうのではと

 ずっと話せなかったんだが……やはり故郷に憧れたのかな」


「それじゃ、小さい頃、よく話してくれた話は……」


「あれも父さんの経験だったんだよ」


「そうんだったの……!?」


「異世界から戻ってからは大変だった。

 どこへ行っても異世界の話なんて信じてもらえないから

 何年も無職で過ごしていたと言われ続け、ろくな仕事にありつけなかった」


「うわぁ……」


「それでもなんとか掴んだ家庭という幸せを手にしたが、

 父さんが異世界にいたことを母さんに話したら

 次の日には母さんはいなくなっていたんだ」


「それじゃ玄関先で母さんを呼んだのは……?」


「条件反射だ。いないってわかっていても呼んでしまうんだよ」


「そっか……」


「母さんはきっと女性をはべらせて王様同然に振る舞うような

 異世界冒険者の過去に愛想を尽かせてしまったんだろう」


「父さん、母さんはいなくなったけど

 俺は戻ってきたじゃないか!

 これから二人で一緒に頑張っていこうよ!」


「たかし……!」


「俺も現実の世界でちゃんとまっとうに生きていくから!」


「ありがとう……ありがとう、たかし。

 それでものは頼みなんだが……聞いてくれるか?」


「なに? なんでも聞くよ」




「父さんと一緒に、もいっかい異世界いかないか?」



「は!? なんで!?」


「父さんもう現実世界めっちゃ辛いんだよ!

 母さんもいないし、仕事は辛いし、もうまじ無理」


「いやいやいや……俺にめっちゃ説教たれてたじゃん!」


「現実世界でマウントとって説教くれててやる機会は

 あとにもさきにもここしかないと思ったんだよ!」


「クズか!!」


「ああそうだよ! こっちは異世界ですっかり性根が腐ったんだ!

 現実世界に戻ってそれがよくわかったんだ!

 今すぐ異世界に戻ってちやほやされたいのが

 この権三郎、齢65にして初めて得た夢だよ!」


「その年齢で異世界転生するつもりかよ!?」


「お前には黙ってたが父さんもうバチバチに行く気だから

 現実世界でめっちゃ金借りまくって遊んだからね。

 ここにとどまっても借金取りに追われる生活だぞ」


「ちょっ……それで家に家具がなかったの!?」


「ほんとは今日異世界に行くつもりだったんだけど

 玄関出たらお前にばったりで父さんびっくりだったんだよ!

 さあ、ほら異世界に行く準備をしろ!」


「なんで俺もいかなくちゃいけないんだよ!

 父さんが勝手に異世界に戻りたいだけだろ!?」


「お前を置いていったら異世界に行っても

 子供を置きざりにした罪の意識で楽しめないだろう!?」


「そこも自分本位の理由かよ!!」


「わがまま言ってないで早く支度をしなさい!」


「わがままはそっちだろ!?」


「もうそんなこと言うなら父さんこれ押しちゃうからな!?」


「そのボタンはなんだよ、父さん!」


「この家の爆破ボタンだ。通り魔や異世界トラックにひかれる前に

 借金取りと警察に捕まったら意味ないからな!」


「い、いやだーー! あんな牧歌的な世界にまた戻りたくないーー!!!」


父親は嫌がる息子をも顧みず爆破ボタンを押した。

家はコントのように爆発して息子と父親は異世界転生をキメた。


目が覚めたときには、親の顔よりも見た女神の間へとたどり着いていた。


「目が覚めたようですね。ここは女神の間。

 どの異世界に行くのか選ぶ場所です」


女神はハープの音色のような声で語りかけた。


「さあ、選ぶのです。あなたはどんな異世界に行くことを望みますか?」




「か……母さん……!」


家族はこの空間で過ごすことを誓った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界勇者「ただいま……現実に帰ってきたよ」 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ