第339話 Ⅱ-177 エルフの応戦

■エルフの森


 南から進行してくる主力部隊と対峙するエルフを率いていたエリーサの元へ銃を持ったエルフ達が里から戻ってきた。


「これを、これを使って良いってさ!」

「ウワァッ! 銃だ! 良いのか? サトルはいないんだろ?」


 エリーサはそう言いながらもすぐに銃を手にして目を輝かせた。


「うん、リンネが使えって、サトルも賛成するはずだってさ」

「そうか! よし、じゃあ、4丁あるから二人一組で左右に分かれよう。残りは敵の周りを走りながら矢を放ってくれ。相手を引き付けるだけで良いんだぞ、あてる必要は無いからな、ケガをしないように注意しろ。我らは500歩移動してから、魔法士を撃つ。狙いは“膝”だ。まず動けなくしてしまうんだ。あいつらは頭を撃っても死なないかもしれないからな」

「判った!」


 エルフ達はアサルトライフルと予備のマガジンを持って左右に走り始め、それと合わせて正面に居たエルフ達も隠れている位置から前に出て、相手を挑発するように矢を上空に向けて放った。放たれた矢は空から魔法士の頭上に襲い掛かったが、気が付いた死人しびと兵の盾によってほとんど弾かれてしまった。


「火を放て!」


 アイリスは前方で動き回るエルフに向けて火魔法を連続で放たせたが、エルフ達は既に木の影に隠れていて、闇雲に放たれた炎を浴びたものは居なかった。


「ちょろちょろと小賢しい! ゴーレムに石を投げさせろ! エルフが見えたら火も放つのだ!」


 土魔法士達はゴーレムに1メートル近い岩を持ち上げさせて、エルフが居るあたりの木を狙って投げ始めた。うなりを上げて飛んで来た巨大な岩はエルフ達が隠れていた木の幹を直撃し、根元に近い部分から叩き折った。だが、離れた場所から飛んでくる岩に当たるほどエルフ達は鈍くない。岩をかわしながら矢を放っては姿を相手にさらして敵の注意を引き付けた。


 エリーサともう一人のエルフはアイリス達の左前方に回り込んですぐに狙いをつけた。500歩の距離では弓矢なら絶対に届かないが、この“銃”であれば、“すぐそこ”と思えるほどの距離感だった。ラプトルよりも的は小さいが、全く気にならなかった。教えてもらった通りにレバーを引いて初弾をチャンバーに装填すると、立て続けにトリガーを引き始める。


 -パシュッ! パシュッ!パシュッ!パシュッ!


 サプレッサーで抑えられた空気が漏れるような発射音と同時に照星の向こうで立っていた魔法士達がその場に崩れ落ちた。反対側からも銃撃が始まり、ゴーレムと死人しびと兵に囲まれて矢が届かなかった魔法士達を一気に30人ほど地面に横たわらせた。


「な、なんだ!?」


 アイリスは突然倒れ始めた魔法士達を見て激しく動揺した。傍に駆け寄ると倒れた魔法士は足を何かで刺されたような大怪我をしており、生者の魔法士は血を流して悶えている。死人しびとの魔法士は血も流さず、痛がりもしていないが関節か筋肉を損傷して立てなくなっている。


「これは・・・、勇者の武器か!? 戻ってきたのか?・・・クゥッ! いったんゴーレムを集めて壁にするのだ。敵は左右から攻撃しているはずだ! 森の中へ火を放ちながら体勢を立て直すぞ!」


 残っている魔法士でゴーレムを近くに呼び寄せながら陣形を整えると、アイリスは首領から預かっている“使い”を呼びだす魔石を取り出して地面に置いて祈りを捧げた。


「大地の力を我に!」


 鈍い振動が地面から伝わるとその振動は左右から銃を撃ったエルフの方へと向かって走った。


■時の入り口(暗黒空間)


 サトル達は突然暗闇に放り出されたが、その空間には宝玉オーブの前にたたずむフード付きのローブを纏った男がいた。ドラマチックな問答など無しですぐにアサルトライフルを向けて7.62弾を胸のあたりに3発叩き込んだ。着弾の衝撃で男の体は揺れてフードが落ち、驚いた表情の少年の顔がこちらを見た。


 だが、死人しびとである首領の一人は驚いた表情からニヤリと笑みを浮かべて右手を持ち上げようとした。


 -効かないのか・・・。


「ショーイ! た、・・・」


 俺が言い終わらないうちにショーイが炎の剣を抜きながら前方へ飛び出した。炎を纏った風の刃が剣先から伸びて行き、首領に届く・・・と思った瞬間に俺はピクリとも動けなくなった。ショーイの刃も止まり、剣を振り切る寸前の状態で体も動かない。


「お前たちか・・・、どうやってここに来たのだ? だが、助かったよ。あちらの世界では中々に手ごわい相手だったからな。葬る方法を色々と考えていたのだがな、この空間に来てくれたなら、赤子より、いや、虫けらよりも弱いであろう?」


 首領はニヤリと浮かべた笑みのまま、俺達の元へすべるように近づいて来た。剣を振ったショーイも俺達も暗い空間の中で完全に動きを止められていた。


「ふむ。不思議そうな顔をしておるな。いや、表情は変わっておらんが、何が起こったのか判らぬのであろう? ここは、『時の入り口』だ。ここでは私が時を操ることが出来る。お前たち肉体に流れる時間と私の肉体で流れる時間を変えたのだよ。お前たちが動けないのは時の流れが止まっておるからだ・・・、だが、このままでは話も出来んな。お前が勇者なのだな? ならば・・・」


 首領がそう言って、右手を開くと俺の口が、いや顔のあたりが動くようになった。


「どうだ、話しだけは出来るように少し流れを変えてやった。既に話せるはずだ」


“亀野郎”にまんまとしてやられた自分の判断を後悔しながら、どうすれば良いか考えていた。どう返事をするのが得策か・・・、何のアイディアも浮かばない。目の前にいる少年のような男が首領であり、何だかわからない魔法で俺達を動けなくしている。この状況を打破するためにはこいつ自身から術を解かせるようにしなければ・・・。


「お前が黒い死人達の首領なんだな?」


「そうだ。その一人であることは間違いない。そして、お前が勇者なんだな?」


「勇者かどうかは判らないが、周りの人間はそんな風に思っているようだな」


「なるほどな。お前に聞いてみたいことがいくつかあるのだが、お前の使っている魔法はどのように身に着けたものなのだ?それは、我らにも使えるものか?」


「魔法? ああ、俺の魔法は俺の世界の神が与えたものだ。この魔法は俺にしか使えないよ。俺もお前に聞きたいことがある。お前たちはこの世界をどうしたいんだ?世界中の人間を殺したいのか?」


「世界中の人間を殺す? 何故、そんなことをするのだ?」


「何故って? それはお前たちが人殺しを教義とする教団の首領で、見境いなく人殺しをしているからだろうが!」


「ハッハッハ、なるほどな。お前にはそのように見えていたのか。いくつか訂正させてもらおうか。まず、私は教団の首領ではない。我らはネフロス神の力を利用させてもらって居るが、その教義を信仰している訳では無い。無論、ネフロス教の力を借りている以上、我らも力を貸すがな。それに、見境なく人殺しをしている訳でも、人殺しを目的としている訳でもない。そうだな・・・、それは“手段”なのだよ。あくまでもな」


 美少年の顔を持つ首領は表情を真顔に戻して、老人の口調で冷静に応じた。


「“手段”?だったら、なにを目的としているんだ?」


「ふむ、それはお前がさっき聞いた“この世界をどうしたいのか?”に関わってくる話だが・・・、それをお前に伝える必要は無い。それよりも、こちらの質問の続きだが、お前は魔法で死体や死人しびとを消し去っているようだが、消したものは元に戻せるのか?」


 何が狙いなのだろうか?俺の魔法-おそらくストレージに入っているものが気になっているのだろう・・・、そうなら答えは慎重にしないといけない。俺達の命運がかかっている可能性がある。


「それは物と場所によるな、消すのは簡単だが消したものを呼び戻すのは難しいし、特別な場所が必要になる。その場所から祈りを捧げれば呼び戻せる物もある」


 思いついたデタラメを並べてみたが、上手くいっただろうか?


「お前の魔法も異なる空間と繋がっているのだろう?お前の世界の神もネフロス神と同じ世界の“モノ”なのか?」


「違うだろう。俺の世界の神は・・・万能だ」


「万能?ならば、お前の魔法も万能なのか?」


「いや、それは違うな。俺の魔法は神から借りた力を使っているだけだからな。神の力自体をもらったのではない」


「そうか・・・、だが、先ほどの返事は嘘だな。お前は消したものを自在によびだせるのであろう?」


「嘘? 嘘なんか言っていない。何でも呼び出せるわけではない。いったん消したものを探すのは大変なんだ。そのためには・・・」


「ふん、馬鹿にするのもいい加減にしろ。お前は私が何年生きてきていると思っているのだ。人の嘘を見破ることなど造作も無い。聞き方が悪かったようだな。お前は自分以外の人間の命も大事にしているようだな。特にそこの娘たちを大事にしていると聞いておる。ならば、まずは・・・」


 首領はすべるように移動して俺の右後ろにいるサリナの元へ左手を伸ばして近づいた。かろうじて動く頭を捻って首領の動きを追うと、首領の左手に握られた短剣の刃がサリナの大きな目に向かって真っすぐに伸ばされた。


「やめろーーーーッ!」


 薄暗い暗黒空間の中に俺の絶叫が吸い込まれていく。

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