第340話Ⅱ-178 エルフの危機

■エルフの森 南側


 エリーサはゴーレムに囲まれた魔法士達を狙える位置に移動しながらアサルトライフルを撃ち続けた。大きなゴーレムの陰に隠れても、隙間が無くなった訳では無かった。時には木の上まで登って、立っている相手がその隙間に現れたところをすかさず撃っていく。反対側にいるエルフ達と合わせて100名程度を倒したところで、足元から伝わる振動に気が付いた。


「気をつけろ! 何かが来るぞ!」


 エリーサは大声で仲間に告げると、アサルトライフルを背中に背負って、腰に下げている先端に石を分銅のように結びつけてある麻紐を手に取り、近くの大きな木の枝へと投じた。麻紐が枝に絡みついて、エリーサが樹上へ飛び上がったのと、地面からそいつが現れたのはほぼ同時だった。


 -メキッ! キィエーイッ!


 地面が割れる激しい音と同時に耳を弄する鳴き声とともに現れたのは、巨大なムカデのような生き物だった。さっきまでエリーサが立っていた場所へ大きな両顎りょうあごが襲い掛かったが、既に麻紐を手繰ってエリーサは巨木の枝へと舞い上がっていた。もう一人のエルフは地上から巨大ムカデに向けて銃弾を立て続けに撃ち込んだ。


 -バシュッ! バシュッ! バシュッ!


 銃弾は正確にムカデの頭部の少し下を襲ったが、7.62mm弾は硬い表皮を抉る程度で巨大ムカデはダメージを受けた素振りも無く、今度は銃を撃ったエルフへと狙いを変えた。既に地中から体をすべて現わした不気味なムカデは全長は20メートルを超え、黒光りする背中と赤い腹を見せながら素早く木々の間をすり抜けて行く。


「木へ登れ! いったん後退しろ!」


 エリーサは指示をしながら、自分自身もさらに高い位置まで移動して背中のアサルトライフルを下ろして構えた。勇者の銃が貫けない体表には驚いたが、見た目が虫であれば狙う場所は決まっている-目だ。


 左右に首を振りながら進んで行くムカデにタイミングを合わせて、トリガーを静かに引く。


 -パシュッ!  


 -キュェエーイッ!


 静かな発射音と同時にムカデの右目から緑の体液が飛び散り、ムカデは絶叫しながら地中へと再度戻った。狙い通りに弾丸は右目を貫いたが、致命傷を与えることは出来なかったようだ。虫だけにラプトルと違って頭蓋内にある脳を破壊してとどめを刺すのは難しいのかもしれない。


「弾はまだ残っているか?」


「後10発程だ!」


 エリーサは仲間の残段数を確認して、自分も同じぐらいしか残っていないことを伝えた。敵は一旦地中へと戻ったが、地面からの連続する振動で敵が近くの地中に残っているのが感じられる。残弾をすべて目から叩き込んだとして倒せるかどうか判らなかった。しかし、勇者の銃よりも破壊力のある武器が・・・。


 ―いや、銃よりも剣の方が・・・。しかし、そのためには・・・。


 エリーサが迷っている時に立っていた木が大地から弾かれるように揺れて、バランスを崩したエリーサの体が宙に舞った。地上に向かって落ちて行くその先の地面から巨大ムカデの両顎がせり出してきて、大きく開いて待ち構えていた。巨大ムカデは地面の中から細かい振動を送って潜水艦のソナーのように樹上にいたエルフの位置を正確に掴んでいた。


 落ちて行くエリーサは腰に手を伸ばして麻紐に手をかけたが、近くに巻き付けられる枝が無いことを察して空中で体を捻じりながら下方に迫る巨大なあごを真下に見た。


 ―顎だけで1メートル以上はあるのか・・・。


 足場のないエリーサは重力によって巨大ムカデの顎の中へと落ちて行った・・・。


■エルフの森 北側


 エリーサと反対側ー里の北側に向かってエルフと共に銃を持ってリンネは走っていた。もっともリンネはサトルが置いて行ってくれた黒虎の背に乗ってしがみついているだけだったが、飛ぶように走るエルフと黒虎のおかげで南側と同じようにゴーレムと魔法士の攻撃に苦しんでいたエルフ達へ素早く銃を届けることが出来た。アサルトライフルを10丁使って攻撃すると、戦況は一気に好転して敵の魔法士はほとんど立っているものが居なくなった。それでも敵の魔法士の力を完全に奪うことが出来ずにゴーレムは敵魔法士を囲むようにガードして、銃弾での攻撃も届かなくなった。


「リンネ! 銃のおかげで敵はほとんど倒したな。これで安心だろうか?」


「・・・いや、どうだろう・・・、まだ何かあるような気がするけどね」


 リンネが南の主力部隊ではなく北から迫る部隊へ向かったのは、“なんとなく”だった。だが、そうするべきだとリンネに囁く誰かが頭の中にいるような気がした。


 ―あの子じゃないよねぇ・・・。


 帰ってこないサトルの声では無いだろうが、根拠も無いままに黒虎と一緒に北へと向かってきた。銃によって敵の侵攻は完全に止まったが、敵を殲滅できたわけでは無いようだった。エルフ達は半円形に敵を包囲しており、動く兵を見ればすかさず銃弾を撃ち込んでいる。膠着状態が10分以上続いた時に敵側へ新たな動きがあった。


「んッ!? 何!? 何か来る!」


「どうしたんだい?」


 エルフの声が左の樹上から聞こえて、そちらを見ると銃を構えて立て続けに撃ち始めた。


 ―パシュッ! パシュッ! パシュッ! パシュッ!


 ほぼ的を外すことの無いエルフにしては珍しく連射しているが、何を狙っているのだろうか?


「速い! それに、当たっても止まらない!」


「一体何が来ているんだ!?」


「人より大きいけど・・・、見た目は人と変わらない・・・、頭に角がある!」


「角!? ・・・何だかわからないけど、リンネは離れたところに行って!」


「そうかい。じゃあ、この子達に走ってもらおうかね」


 リンネが傍らで座っていた黒虎を見ると黒虎はすぐに森の中へと走り込んで行った。相変わらず樹上からはアサルトライフルの発射音が続いているがダメージを十分に与えられていなかった。エルフ達が撃ち続けているのは“鬼の血”を飲んで鬼人化した死人兵だった。身長は2メートル程度と熊ほど大きくはなかったが、そのスピードと膂力りょりょくは熊を上回る。それに、銃弾を頭部に浴びても何のダメージも無かったように走り続けている。それでも頭部に違和感を感じたのか左右にステップを切りながら左前方から撃っているエルフの銃弾をかわして木を遮蔽物にしながら迫りつつあった。


 樹上のエルフは臆することなくアサルトライフルを撃ち続けたが、鬼人の速度を落とすことも出来なかった。後10メートルに迫った時に鬼人は大地を蹴って高く跳躍した。驚く樹上のエルフの元へそのまま飛び掛かり、長く伸びた鈎爪で胸元を横殴りにした。エルフは持っていたアサルトライフルで爪を受け止めようとしたが、体ごと吹き飛ばされて20メートルほど横にある木に叩きつけられた。


「ゲホォッ!」


 肺から全ての空気が叩きだされたような衝撃で全身がしびれ、立ち上がることが出来なくなったエルフに樹上から跳躍して後を追った鬼人が飛び掛かり、首筋に向かって貫手がまっすぐに伸ばされる。


 ―ガシィッ!


 鬼人の貫手がまだ宙にあるときに黒い影が鬼人の腕に襲い掛かり、鬼人の体ごとエルフの元から引き離した。リンネの黒虎は鬼人に負けぬ跳躍力とスピードを披露して鬼人の右腕に自慢の牙を突き立てて頭を振った。


 ―ゴキッ! メキャ!


 骨まで食い込んだ黒虎の牙が鬼人の右腕を粉砕したが、鬼人は顔色を変えることなく残った左手をまっすぐに伸ばして手刀を作ると、素早く黒虎の首筋へと叩きつけた。


 ―バシィーン!


 木が真っ二つになるような激しい音とともに黒虎の胴体と頭部を繋いでいた首の骨は粉砕されて四肢に力が入らなくなった。頭と胴体を繋ぐ神経を失った黒虎は鬼人の右腕を咥えてぶら下がるように倒れこんだ。すぐに鬼人は右腕を咥えた黒虎の口中へ左手を突っ込んで口を引き裂くように黒虎の口をこじ開ける。


 黒虎の顎は既にその力を失い、ボロボロになった右腕から地面に黒虎の体が落ちた。鬼人の右腕も全く動かない状態になったが、当初の目的を果たすべく地上で横たわるエルフに向かって一気に飛び掛かった。

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