第338話 Ⅱ-176 亀のお願い
■ネフロスの神殿
巨大な亀-ネフロスの神と呼ばれる存在は俺に“些細”なお願いをしてきた。
(お前の旅に同行させて欲しいのだ。お前もこの世界以外から来た“旅人”なのであろう?それに、なにやらこの世界には無い技術を持つ世界から来ておるようだが、それについても教えて欲しい)
‐旅?同行って・・・面倒だな、だが、断るわけにも・・・。
「判った、良いよ。別に旅って訳では無いけど、俺達に付いて来たいならそうすれば良いよ。その代わり、さっき約束した通り、この世界の人間を殺す行為に加担しないようにしろよ」
(ああ、約束しよう。それで、同行するにあたって、この体以外の物を用意してもらえんだろうか?このままだと、サイズが大きすぎて、ちと不自由かもしれんからな)
「体か、死体で構わないってことだよな? 何か要望があるのか?」
俺のストレージには人や魔獣たちの死体が大量に保管されている。そのうちの一つを提供するぐらいは何の問題も無かった。
(人の体であればなんでも良い。必要に応じて我がその体に入った後に居心地の良い状態にする)
「そうか、じゃあ、これで良いか?」
ストレージから痛みの少ない死体-多分、黒い死人の手下-を取り出して、地面に置いた。
(ああ、それで構わぬ。その体をこの亀の体に触れる位置に置いてくれ)
ストレージに死体を収納してから亀の首辺りに近づこうとすると、ミーシャが銃を構え、ショーイが俺のすぐ後ろで刀に手を置いて、援護の体制を取ってくれた。亀は何も言わなかったので、そのまま近づいて死体を亀の首に・・・!
死体が亀に触れた瞬間に死体に生気が戻ったのが判った。すぐに肌の色が変わり、目を開いて手を突いて立ち上がろうとする。反対に、巨大な亀の体が目の前で風化していく。皮膚が崩れて行き、甲羅の中で土山のように溜まっている。
「あ、あう・・・」
(ダメだな、声帯を使うには少し時間がかかりそうだ。体はこれでよいが、慣れるまでにはもう少し・・・)
死体の元神官は手足を動かしながらこちらを見て、思念により直接語り掛けてきた。亀に死体が触れた瞬間に精神生命体は移ってきたようだが、死体を100%操るには時間が必要だったようだ。
「そうか、じゃあ、首領達がいる場所を教えてくれ」
(うむ・・・、一人は見つかったが、あと二人はどこにおるか判らんな・・・、まあ良い。まずは見つけた男のところへ行こうか。それで、お前一人で行くのか? それとも・・・)
「みんな一緒に行く!」
俺が亀と話している間も何か言いたそうにしていたサリナが大声で叫んだ。
(そうか、ならば我の周りに集まれ。近くに居れば一緒に“時の入り口”へ入れるだろう。
「“時の入り口”?それはどういう場所なんだ?」
(“時の入り口”は
「わかった・・・。そこには一人しかいないのか?」
(ああ、一人だけだな)
この元亀の言うことをどこまで信じてよいのか確信が持てなかったが、他に良い案が思いつかなかった俺は仲間たちの顔を見て頷いて、死体からすっかり血色の良い顔になった男の周りへ集まった。
「サトル・・・、この人臭い」
サリナが”元”死人の服から漂う何とも言えない匂いに文句をつぶやいたが、その言葉に返事をする間もなく俺達は暗闇の中へと放り出されていた。
■エルフの森 近く
アイリスは魔法士と
北を任せた部下には首領から預かった“鬼の血”を持たせてある。殲滅が上手く行かなかった場合の手段として使うようにと言い含めておいたが、必要になることは無いだろうと思っていた。エルフは弓と剣の扱いには秀でている部族ではあるが、こちらには矢をはじくゴーレムと矢が当たっても動きには全く影響のない
里から2km程の地点に到達したところで、土魔法士に10体のゴーレムを立ち上げさせて進軍を加速させた。おそらく気配に敏感なエルフ達は既に気が付いているだろうが、逃げずに立ち向かってくるだろう。エルフは誇り高い部族であることをアイリス達は理解している。その誇りが仇となり、命を落とすことになるはずだ。
-今回は忌々しい勇者どもがいない。必ず成功させねば・・・。
アイリスは自らも首領から預かっている“使い”を操る魔石を握りしめて、エルフの里へと向けた。
エルフの里ではアイリスが部隊を二つに分けた時点で異変に気が付いていた。森が騒がしくなれば、エルフ達はすぐに様子を見に行き、明らかに敵と思われる数百の人間が里を目指して進軍していることを掴んだ。人数としては多くないが、それだけに何かの策を持っているのは間違いない。だからと言って、里を放棄して逃げると言う判断を長老たちは最初から選択肢に入れていなかった。
すぐに武器の用意をさせて、順繰りに偵察からの伝令を受けて敵の動きを完璧に把握していた。途中で大きな
「人形は無視してよい。操っている術士を矢で倒すのだ」
エルフの戦士たちは指示に従って離れた場所の樹上から魔法士へ矢を射かけていこうとした。距離は100メートルほど離れているがエルフ達の矢は狙い通りに魔法士をめがけて飛んだ。だが、アイリス達はエルフの動きを予想しており、魔法士達をゴーレムが囲む形で進軍を続け、ほとんどのエルフ達の矢はゴーレムの長い腕に阻まれて届かなかった。そして、届いた矢も死人兵の持つ盾に阻まれて魔法士達を傷つけることが出来ない。
反対に火魔法士が樹上へ立て続けに火魔法を放って、エルフ達は火傷を負いながら後退していくしかなかった。一部の勇敢なエルフ達は地上に降りてさらに近づき、矢を近距離で放とうとしたが火魔法と敵の矢を浴びてケガ人が増えるばかりだった。
伝令から苦戦する状況をエルフの里で聞いたノルドは年老いたエルフを集めるように指示をして里を離れる覚悟を決めたが、そこにサトルから“備品管理”をするために留守番をしていたリンネがテントからやってきた。リンネは里が騒がしくなっていたのは知っていたが、テントで一人だけ置いてけぼりになった憂さを晴らすために酒を飲んでまどろんでいたのだが、あまりに騒ぎが続くので出てきたのだ。
「一体どうしたんだい・・・、何だか大変みたいだけど」
「何者かが、この里を襲いに来ておる」
ノルドは皺だらけの顔で表情は判らなかったが、いつも通りの落ち着いた声でリンネに切迫した状況を短く伝えた。
「えっ!? それは・・・、何処のどいつだい? 追い払えそうなのかい?」
「うむ、おそらく黒い死人達の仲間じゃろう。残念ながら追い払うのは難しいようだな。魔法士を大勢連れて来ておるようだ。それに死人の兵も大勢な・・・、このままでは里を離れねばならんだろうな」
「・・・そうかい。じゃあ、あんた達はサトルの道具を使わなきゃいけないね」
「だが、今はサトルがおらんのであろう?あれは勇者の武器なのであろうが?」
「ああ、あの子はあたしにすべてを任せるって言って道具を預けて出かけたのさ。だから道具は好きに使って良いよ。むしろ使わせなかったらあの子に叱られちまうよ。さあ、あんた達はあたしに付いて来な!」
リンネは里に戻ってきていたエルフ達を連れて、サトルがリンネに用意してくれた大きなテントへと戻った。テントの中には大量の食糧と銃器が置いてあった。銃はラプトル狩りに使った7.62㎜弾のアサルトライフルが100丁以上あるが、まずは里に戻ってきていた3人のエルフに2丁ずつ渡して前線へと戻らせた。残りの銃と弾薬も前線へ送る必要があったので、サトルがテントの中に置いて行ってくれたもう一つを使って運ぶことにした。
「ここにはあたししかいないからね。あの子たちが戻るまではエルフ達を守らなきゃ。まあ、なんとかなるはずさ」
リンネは銃を大きなリュックに突っ込みながら、しばらく帰ってきていないサトルの顔を思い浮かべていた。
-ずいぶんと遅いけど戻ってくるんだろうねぇ・・・。
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