第309話 Ⅱ-148 神の導き
■火の国北方 迷いの森近郊
日の出とともにエルフの里を出発して、ラプトル狩りの体勢を作るために灰色のカーテン手前に二つの拠点を作ることにした。昨日使った作業船を二か所に設置してエルフレンジャーを24名ずつ配置してある。今日はムーアの様子を見に行かないといけないから、船を飛ばすことは出来ない。その代わりにリンネのラプトルを使って獲物を追い込んでいくつもりだった。
エルフ達が味方のラプトル君を破壊してしまうかもしれないので、事前の準備には少し時間をかけた。エルフ達にも協力してもらって、全てのラプトルの頭を赤いスプレーで塗ったのだ。3000頭の頭を塗り終わった時には、塗料の匂いが立ち込めて少し気分が悪くなるぐらいだったが、やる事全てが新鮮なエルフ達にはこれも楽しいイベントの一つだったのだろう。仲間同士でスプレーをかけているエルフもいた。
食料と飲料を大量に、銃弾はほどほどに置いて各船のリーダーを頼んだサビーナとエリーサの二人に管理してもらうことにした。
「食料は二日分置いてあるけど、夕方には迎えに来るつもりだから」
「わかった二日分だな。半分は残って無いといけない・・・な」
「そうだよ。夜は別の美味しいものを用意するからあんまり食べ過ぎないようにね」
「そ、そうか! うん、仲間にもしっかり伝えておくよ」
俺の食事が解禁されたエルフ達は何を出してもすぐに食べつくしてしまう。二日分と言って用意しても、何も言わなければ昼の段階で食いつくしていたかもしれない。
「それと、ラプトルならこの船には登って来ないと思うけど、飛んでくる敵や、もっと大きな敵が来たら、船室の中に入って隠れて」
「ああ、そんなのもいるのか?」
「このあたりでは見ないけど、南の方にはいたから、気を付けないと」
「わかった。無理はしないようにと言うことだな」
「そういうこと」
俺は全員を集めて、皆がケガをしないことが一番重要で、決して無理をしないようにと念を押してあった。言うことを聞いてくれさえすれば安全なはずだが、ミーシャと違って好奇心を抑えきれないタイプが多いようなので一抹の不安を残してムーアへと向かった。
■ムーアの町
火の国北方からムーアまでも船を使って飛んで来た。車なら6時間ぐらいかかるが、直線距離で移動できる空飛ぶ船は3時間でムーアの手前に到着した。
「本当にあそことおんなじだね」
「ああ・・・」
昨日の夜、水の国の王が話していたことを俺と一緒に聞いていたサリナは遠くに見えてきた灰色のカーテンを見て腕を組んだ。
「魔法で吹き飛ばせないかな?」
「どうかな、吹き飛ばして良いかどうかも問題だからな」
「うん? 吹き飛ばしちゃダメなの?」
「中がわからないとな、すぐ向こうにたくさんの人が居たらどうするんだ?」
「そっか!? そうだね!」
常にやる気のちびっ娘の提案を却下して、街道沿いに舩を着地させてからドローンを飛ばして灰色のカーテンの中を確認することにした。ドローンは4つのプロペラを高速で回転させながら飛び上がると、コントローラーの指示通りカーテンの中へと一気に突っ込んでいく。コントローラーについているカメラのモニターを眺めていたが、画面が真っ暗になったと思ったら映像が戻った。見えてきた映像は・・・普通だった。1kmほど先にムーアの町が依然見た時と同じ壁に守られている。ドローンの飛行を妨げるような結界もないし、映像もちゃんと見ることが出来たので拍子抜けした。それに街道をこちらに向う馬車も走っている。
-どういうことだ?
水の国の王から聞いた話だと、灰色のカーテンからは誰も出て来ることが出来ないと言う事だったが、異変なんか・・・なるほど。ドローンのカメラを馬車にフォーカスしてターンさせたところで気が付いた。ムーアの町の方から見ると灰色のカーテンは見えなかった。単に見えないだけなら問題ないが、地上にいるはずの俺達も見えていない。つまり・・・どういうことだ?
だが、状況を理解できないまま馬車を見ていると、街道の途中で消えて行ったところで、なんとなく分かってきた。灰色のカーテンは向こうからは見えないが、どこか別の空間に繋がるようになっているのだろう。だから、あの馬車は違うところに・・・どこだ?確認するには入ってみればいいだけだ、もちろん俺自身ではなくドローンに行ってもらおう。
ドローンをオートで戻すリターンボタンを押すと高度を2メートルぐらいに降りて街道を俺達がいる方向へと飛び始めた。
-この辺りのはず・・・。
カーテンがあると思った場所でモニターが突然ブラックアウトしたが、すぐに映像が戻ってきた。カメラが映し出したのは街道が全く見えない森林の中だった。リモコンで操作しようとしたが、同じ位置でホバリングするだけで反応しない。リモコンの電波が届かない距離に行ったのだろう。
-どこだここは?
見えているのは緑が一面にある密林と言った感じのところだ。この世界だとバーンの南の未開地に似ているような気がしたが確証はない。
「どうしたの?」
リモコンの画面を見て固まっている俺にサリナが近づいて、リモコンを覗き込んできた。
「あの灰色のカーテンはこっちから行く時と、向こうから行くときでつながる場所が違うんだよ」
「ふん? 違うって何処に行くの?」
「それが分から・・・、あ、わかった!」
「どこ?」
「さっきまで居たところだよ」
見えていたのは南の未開地では無かった。俺達がいた北方の森林の近くのはずだ。頭の赤いラプトルが走る場所はあそこしかないのだから。
■皇都セントレア 王宮
エルフレンジャーたちを回収して、今日倒したラプトル達もリンネの魔法で追加戦力として放った。今日は2000頭弱の成果だったが、船で飛べなかったから少なかったのか、少しはラプトルの数が減っているのかは分からない。それでも、味方のラプトルが5000頭いれば、人里に近づく数はかなり減るはずだった。
エルフの里に戻り、夕食の材料だけ出してからサリナとママさんを連れてセントレアへと向かった。連れてと言っても、転移魔法はママさんしか使えないのだが。
王宮には今日も、王と女王そしてマクギーが俺達を迎えてくれた。夕食を勧められたが、丁重にお断りして、見てきたことを報告することにした。
「では、ムーアの町へ行くことは出来るが、あちらから出ようとすると北にある迷いの森へ行ってしまうと言うのか? では、迷いの森の外から入るとどうなるのだ?」
王は俺の報告を聞いて鋭い質問をしてきた。俺自身も不思議だったので、ドローンで既に試してある。
「迷いの森にある灰色のカーテンから入ると神殿の森なんですが、そこは密林になっています。そして、そこから出ると入った場所に戻ります。つまり、迷いの森にあるカーテンは違う場所に連れて行くものでは無いようです」
「ふむ・・・、ムーアの町にあるものとは役割が違うと言う事か・・・」
「はい。それとムーアの町のカーテンですが、少しずつ町に近づいて行っています」
「近づくと言うのは?」
「カーテンは町を囲むような円形になっていますけど、その円がだんだんと小さくなっていると言うことですね」
「ふむ、それは何を意味するのだろうか?」
「このままだとムーアの町にカーテンが届き、その中にいる人達は迷いの森へ飛ばされるのかもしれませんね」
「なんと! そんなことが・・・」
カーテンが動く速度は遅かった、リンネが気が付いてくれたので現地で時間を計ってみたが、1時間に1メートル程度しか動いていない。24時間で24メートルだから、町に届くには・・・1,000メートル÷24で約40日の日数がかかる。時間がかかっても到達すると非常に危険だ。それまでにカーテンの移動を止めなければ、何が起こるか分からない。
-しかし、灰色のカーテンをどうやって・・・女王に聞くか・・・。
「神様は何か言っていませんでしたか?」
「はい、アシーネ様から神託がありました」
-マジっすか! 言ってみるもんだな・・・。
「何と?」
「-勇者は導かれる-そうお告げになりましたよ」
「・・・それだけ? どこに導くとか、何をしろとか・・・、敵はどことかは?」
「何も、ですがご安心ください。あなたは導かれていますから」
-あかん、いつもの調子や、全然わからん!
いい加減サジを投げたくなってきたが、横にいるサリナやミーシャの事を考えるとそうも言えない。この世界っていわれても愛着は無いが、二人に関しては別だ。ヒントは無いが、やはりあのカーテンの向こうに行ってみるしかないのだろう。それにタロウさんの事も気になっている。
「明日から迷いの森に行ってみます。でも、アシーネ様にはもっとサービス良くしてくれって伝えてください」
「わかりました。お祈りしておきますね」
女王マリンは俺の嫌味にも表情を変えなかったが、小さく頷いた。
-しかし、導きって何だろう?
俺の疑問と不満はエルフの里で少しだけ解消された。
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