第303話Ⅱ-142 神殿の洞窟8

■神殿の洞窟


 単なる壁にしか見えない場所から出てきたのは・・・亀では無かった。


「サリナ! グレネードを飛ばして通路に戻れ!」

「うん、行くよ!」


 俺は出てきたものの鼻づらと巨大な口を見て、地面でもがく蝙蝠の足を叩いてストレージに入れると大きな机を飛び越えてサリナ達のいる場所へ戻った。サリナは言われた通りにグレネードランチャーを6発発射して、部屋の出口へと戻ろうとしている。机の影からチラリと覗くと既に1匹目が完全に壁から抜け出し、その後ろから二つの大きな口も出て来ようとしている。


 -なんでここにラプトルが・・・。


 久しぶりに見た生きているデスハンターは大きな口を開いて甲高い鳴き声を放ってこちらを見つけ。走りだそうと・・・だが、その場から動けなかった。足元で立て続けに擲弾が爆発して手足を吹き飛ばした。俺は爆音が鳴りやむと同時に手榴弾を2発投げてからサリナ達の後を追い掛けた。巨岩の扉まで戻ると後ろで爆発音が鳴り響いたが振り返らずに生贄の間を走って抜け出した。


「どうするの?」

「とりあえず逃げる。あの女は捕まえたから尋問したいけど、ここは危険だ。この先の部屋まで走るぞ」

「うん、ついて行く!」


 狭い通路を走って円形の部屋まで戻ったところで、仕掛けていたC-4爆薬のリモートスイッチを押すと通路の後ろから爆音と突風が吹きだして来た。念のためにブローニング重機関銃を地面にセットして、走って来た通路に銃口を向ける。サリナにグレネードランチャーの擲弾を、ママさんにアサルトライフルの5.56mm弾マガジンをそれぞれ渡して、周囲を警戒させる。


 俺がこの部屋まで走って来たのは狭い通路はラプトル1体が通り抜けるのがぎりぎりの幅だと思ったからだ。あいつ等は集団で狩りをする危険な恐竜だが、ここなら怖くない。砂埃が揺れて現れたラプトルへ12.7㎜弾を浴びせると肉片と血が飛び散るのが見えた。


 -やはり、こいつ等は生きている。


 俺達が使っている死んだラプトルでは無かった。それにしても、六芒星が描かれた壁にしか見えない場所からどうして・・・、それにサリナが放ったランチャーの擲弾は壁に当たると地面に落ちていた。向こうからは来ることが出来るが、こちらからは行けない一方通行の空間のようだ。


 倒れたラプトルの後ろから乗り越えて来ようとする奴も重機関銃で撃ち倒していくと、狭い通路はラプトルの死体が積み重なり、すぐに通り抜けることが出来なくなった。


「よし、これで大丈夫だ。行こう」


 ボートを取り出して武器を持ったまま3人で乗り込み、投光器の明かりを頼りに来た道を戻って行く。洞窟を出るまでに亀や蝙蝠に襲われることも無く、無事に洞窟を出ることが出来た。そのまま、リンネが居るシェルターまで飛んで行き、プレジャーボートに乗り換えて迷いの森を飛び越えることにした。


「あの大きなのはもう動いていないよ」

「そうか、他に何か動いているのは無いか? それとタロウさんはいないか?」


 ボートが舞い上がると、何も言わなくても辺りを見回してくれたちびっ娘から巨大なゴーレムの残骸について報告があった。


「うーん・・・、何もいないみたい・・・。あっ! 神殿の前に人がわってるよ!」

「植わってる? どういう意味だ?」

「植わってるっていうのは、麦や野菜みたいに地面から生えているの!」


 聞いても判らなかったので、ボートを飛ばしながら恐る恐る双眼鏡でサリナが指さす神殿の前を見ると、足が地面に埋まった剣士たちがもがいているのが見えた。横にいるママさんが嬉しくなさそうに教えてくれた。


「あれはあの人の仕業ですね」

「タロウさんが?」

「ええ、土魔法で捕らえたのでしょう」

「タロウさん、どこへ行ったのでしょうか?」

「あの中にいると思いますよ。でも、気にしなくて大丈夫ですから」

「神殿ですか・・・、見捨てるわけではありませんが、一度エルフの里に戻ろうと思います。タロウさんはその後に探しに来ますけど、それで良いですか?」

「里に戻るのは賛成です、ですけど、探しにくる必要は無いですよ。そのうち戻って来るでしょうからね」

「いや、そういうわけには。それに、あの女は捕らえましたけど、まだ残っている敵が居るかもしれませんから」

「・・・わかりました。あなたがそういうならそうしましょう」


 どうも見捨てる方を望んでいるような感じだが、俺が気にすることでは無いと割り切る方が良いようだ。


 -中途半端になった気がするが、ミーシャの事が気になる。早く里へ・・・。


 黒い死人の女をストレージに入れただけで、ミーシャの事が解決したかは判らない。だが、俺のストレージの中からこの世界へ干渉することは出来ないはずだ。上手くいけば・・・、祈りながら安全な場所まで船を飛ばした。


■エルフの里


 転移ポイントを森の外に作ってエルフの里まで転移すると、ノルドの小屋の前にはミーシャの母親ハルや他のエルフ達が集まっていた。戻って来た俺達を見て笑顔で駆け寄って来る。


 -ヨッシャッ! 結果オーライ!?


 目に涙を浮かべながら走りよったハルは驚いたことにサトルに抱きついて来た。


「ありがとう! サトルのおかげで、ミーシャが目覚めました!」

「そ、そうですか、よ、良かったです」


 見た目はミーシャと同じように美しく、20代にしか見えないエルフ美女の抱擁に動揺しながらも心底安心した。目覚めたと言う事はあの女がミーシャを眠りにつかせた術に関係あったのだろう。ハルは俺の手をとって小屋の中で寝ているミーシャのところまで連れて行った。まだベッドで横になったままだったが、俺を見ると弱弱しい笑顔を見せたミーシャは起き上がろうとした。


「寝たままで良いよ。まだゆっくりしていろよ」

「そうか、すまぬな・・・また、迷惑をかけてしまった」

「迷惑なんて・・・それで、どこか痛いところとかは無い?」

「ああ、大丈夫だ。体力が少し落ちているようだが、噛まれた指も・・・お前が治してくれたのか?」

「いや、ママさんが治療魔法を・・・、それよりも腹が減っているんじゃないか?何日も寝たままだったからな。ゼリー飲料をすこし食べてみるか?」

「ああ! それは助かる。さっき、スープを少し飲んだのだがな」


 栄養補助食品のゼリーとカフェオレのペットボトルを取り出してから、ミーシャの背中に手を回して起こしてやった。前から細かったが触った背中は骨ばっていて、俺を心配させるには十分な手触りだった。蓋を開けて渡してやったゼリーを何口か飲むとため息をついたミーシャは眉間にしわを寄せている。回復にはまだまだ時間が掛かりそうだった。もう少し寝かせておいた方が良いだろう。


 ミーシャをベッドに戻して、小屋を出るとノルドに礼を言ってからキャンピングカーに戻った。リンネはすっかり復調していたが、洞窟に入った俺達3人はヘロヘロだった。今日の戦いは長かった上に、最後は会いたくないラプトル君と久々にご対面して肝を冷やした。テーブルの上にパンや弁当を並べたが、サリナもママさんもシャワーを浴びてすぐにベッドへと向かった。


 俺もストレージで風呂に入ると、その後の記憶が無いぐらいの勢いでベッドに倒れ込んだ。翌朝はスマホのアラームで起きて、キャンピングカーに戻るとリンネがソファーに一人で座っていた。


「リンネ、調子はどうなの?」

「ああ、大丈夫だよ。いろいろと世話になったね」

「いや、それは良いけど。何があったの? やっぱり、神殿の影響かな?」

「さあね、さっぱりわからないけどね。あの神殿の近くだと力が本当に抜けて行く感じなのさ・・・」


 -死人の力を奪う場所? だが、あの女や無限に湧いてくるような死人達は・・・。


「理由が判らない以上はあそこには近寄らない方が良いな」

「そうだね・・・、だけど、あそこに行かなきゃいけない。そんな風に頭の中で声がするんだよ」

「神殿に? どうしてだ?」

「わからないのさ、でも、行かないと・・・」


 あの神殿にリンネを呼び寄せる何があるのか? 見当もつかなかった。だが、よく考えると他にも判らないことは山のようにある。とはいえ、ミーシャが目覚めたのだ、これまでのように慌てる必要はない。ゆっくりと・・・、あれ? タロウさん! それにショーイも!?


 -放置しすぎだな・・・。


公文書の配布も含めて、すぐに対応しないといけないことを考えているところへサリナが起きて来た。

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