第302話Ⅱ-141 神殿の洞窟7

■神殿の地下


 タロウを囲んでいた3兄弟の剣士は想定外の事態に追い込まれていた。まさか、この暗黒の間に引き込んで逆襲されるとは想定していなかったのだ。3人は闇に隠れ、闇でも自在に動ける能力を限界まで引き上げている。暗闇の中では目で相手を追わず全身で気を感じることができる。3人がかりであれば、相手がどのような動きをしようとも逃さない筈であった。だが、既にムチ使いの弟が敵の手にかかってしまったのは間違いない上に、残った二人も投げられた暗器で負傷してしまった。それに、暗器にはしびれ薬が塗ってあったのだろう、左肩に受けた傷はかすり傷だったが、左腕に力が入らなくなっている。もう一人の弟も同じ状態になっているようだ。


-ためらっている場合ではない。弟が同調すると信じるしかない・・・。


 時間を掛ければしびれが体全体に回るだろう、その前に相手を倒さなくてはならない。だが、本来は暗闇では相手より先に動くことはタブーだった。動くことは自分の居場所を知らせることになる。暗闇を味方につけて戦うなら、相手を先に動かすことが必要だ。それでも、二人同時に動けばいずれかの剣が相手の男に届くだろう。剣士は覚悟を決めた。


「ハァッ!」


 長兄の剣士は敢えて自分の居場所を知らせるように気合いを発してから、男が居る場所へと走り込んで行った。男はムチ使いの末弟が居た場所で息をひそめて居るはずだが、こちらを迎え撃つために前に出て来れば、ほぼ真横に居るはずの弟が長刀でその胴体を薙ぎ払うだろう。自分が犠牲になったとしても、何としてもこの男はこの場で倒す必要がある。


-あと一歩で間合いに入る。


 そう思った瞬間に前方から鈍い出足で男が出てきたのが判った。違和感はあったが長兄の剣士は剣を真っすぐに突き出して、出てきた男の胸板を貫いた。しかし、剣先がふれた瞬間に判った。剣に突っ込んできたのはムチ使いの末弟の体だと。


 タロウは気配を知らせながら突っ込んできた剣士にムチ使いの体を投げつけ、その場でバックステップして距離を取ると今までいた空間に振るわれた剣を持っている剣士の足元へ飛び込んで足の腱を短刀で切り裂いた。片足で踏ん張ろうとして態勢を崩した剣士の背後へまわって首筋に短剣を2回突き立てる。剣士は悲鳴を上げずにその場所で両膝をついて絶命した。


 -残りは一人。


 最後の一人はムチ使いの体から剣を抜いて構え直したが、その動きでタロウに居場所がはっきりと判った。足元に倒した剣士から剣を奪ってその場所に投げつける。


 -キィッン!


 投げつけた剣は下から払われてかわされたが、それを予想して放たれた|苦無(くない)が剣士の鳩尾に食い込んだ。


「グゥッ!」


 苦鳴を漏らす最後の剣士の懐に飛び込んだタロウの短剣が首筋を襲い、頸動脈を切り裂きながらすれ違った。剣士の首から止めることのできない血が大量に吹き出し、そのまま前のめりに倒れて行く。


 3人の敵を倒したタロウは念のために地面に手をついて、周囲の気配を探ったが。こちらに敵意を向けているものは残っていなかった。同時にこの部屋には入って来た場所以外には通路も無いことが判った。立ち上がり、体が記憶しているこの部屋の入り口から外に出ると魔法の炎で明りを灯すことが出来たが、少女たちは少し離れたところでうずくまり、二人で寄り添いながら震えていた。持っていた蝋燭の火も消えてしまっている。


「わしの用事はまだ途中なのだがな、どうもこの通路はここで行き止まりのようだ。一度、外に出るからついて来るがよい」


 タロウはうずくまっている少女たちの横を通り過ぎ、炎魔法で辺りを明るくしてから来た通路を戻ろうとして気が付いた。


「ふむ、少し目を離した間に道が出来たようだな」


 目の前には来た時とは違って平らな通路が無くなり、階段が上方へと向かっていた。


■神殿の洞窟


 巨岩が動いた後にできた通路の奥からは女の声が聞えとわずかな明かりも見えていた。この洞窟に入ってから初めて生きた人間がご登場という事だが、このまま入っても大丈夫だろうか・・・。心配だが行くしかないだろう。だが、その前に仕掛けは必要だ。


「サリナ、中から誰も出てこないか見ておいてくれ」

「うん、まかせて」


 低い声でサリナに囁いて、血が溜まっていたガラス器がある棚にリモート起爆装置付きのC4を置いて戻って来た。


「中に入ります。マリアンヌさんは背後の警戒をお願いします」

「ええ、任せてください」


 アサルトライフルの持ち方がしっくりくるようになったママさんはニッコリとうなずいた。ショットガンの銃口を中に向けて通路を進んで行くと、広い部屋の奥にある机に向かって座っていた女がフードの中から鋭い眼光でこちらを見ている。


「お前が勇者か?」

「・・・」


 俺は返事をせずに部屋全体を見まわしていた。教室よりも広い部屋は壁を削った棚や突き当りの壁にネフロスの紋章-六芒星があるのは見えたが、他に出入り口や人間が隠れられそうな場所は無いように見えた。


「お前一人なのか?」

「ああ・・・、で、お前は何をするために此処に来たのだ?」


 -目的はミーシャ、だが言う必要は無いだろう。


「悪い奴を退治しに来たんだよ」

「退治? 我らを討伐すると言うのか?」


 フードの中に見えていた女の口元が上がって笑みを浮かべたように見えた。女の声は老人のようにしわがれて聞えていたが、見えている顔は少女のようだった。


「そうだ、お前達は人殺し集団だからな、この世界に居ると迷惑をかけるんだよ」

「人殺しか。だが、お前達だって火の国との戦争では大勢を殺したでは無いか」

「それはそうだが、殺すことが目的ではない。攻めて来た敵を追い払うために戦っただけだ。お前たちは違うのだろう?ネフロスとやらに生贄を捧げるために人を攫い、殺す・・・殺すこと自体を目的にしている邪教なんだろ?」

「殺すことが目的・・・、そうでなはい。人はいずれ死ぬ。死ねば皆、ネフロス様の元へと逝くのだ。お前達は死んでしまえばそれで終わりと思っているのかもしれぬが、人はそういうものでは無い・・・まあ良い。お前達とこんな話をしても仕方がないな。3人だけでたどり着いたことは褒めてやろう。だが、私を倒すのは簡単では無いぞ!」


 フードの女は突然立ち上がると頭上へと飛び上がった。体は巨大な蝙蝠に変化し、薄暗い部屋の天井付近を素早く不規則に飛び始めている。サトルは躊躇なくスタングレネードのピンを抜いて叫んだ。


「目を瞑って!」


 1秒待ってから前方へ放り投げて、目を腕で覆った。弾ける音がヘッドホン越しに聞こえると確認もせずに前方に向けて、ショットガンを撃ちまくる。横に移動しながら大きな机の向こう側へと回り込むと聴覚がマヒした巨大蝙蝠が地面を翼で叩いている。容赦なく、ショットガンを至近距離から連射して近づいて行く。12ゲージの鹿弾は着弾でかなりの衝撃を与えて蝙蝠の胴体と翼をズタズタに割いている。


 -だが、こいつは死人だ・・・、この程度で死なない。


 それでも、死人ならストレージに入れることが出来るはず、この世界から隔離すればミーシャへの呪術も解けるかもしれない。こいつが術士だったらだが・・・。


「サトル、なんか出て来た!」


 あと2歩ぐらいで蝙蝠に手が届きそうな場所で、ちびっ娘による 本日何回目かの“何か出て来た!”が聞えた。指さす方向を見ると、壁にあったネフロスの紋章の一部が消えて、部屋に何かが入ろうとしているのが見えた。


-あれは・・・。

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