第286話Ⅱ--125 ネフロス神殿

■ネフロス神殿の森


 周囲の警戒をサリナ達に任せてからドローンを取り出して、上空から神殿の状況を確認することにした。ドローンは高速で回転する4つのプロペラから甲高い音をさせて上空へと舞い上がっていく。巨大な柱よりさらに高く150メートルまで上昇させてから水平に移動させた。コントローラーの液晶には神殿の入り口向かって整然と並ぶ柱が真上から移っている。


 神殿の両側には断崖の一部をくりぬくような形で土の建物並んでいて、1階には大きな入り口が2階と3階にはたくさんの窓が並んでいる。今のところ、肉眼で見える範囲には人が居ないが、無人と言う事は考えられない。ドローンをオートで飛ばしたまま、双眼鏡で建物をみるといくつかの窓からは顔が覗いている。俺達が来るのを隠れて待っているようだった。


 双眼鏡の距離計では建物までは300メートルほどある。今いる場所までが呪いの対象でないと信じてはいるが、確かめるすべもなかったので、ドローンを近づけてさらに様子を見ることにした。中央の神殿の上空に近づくと、神殿は屋外のコンサート会場のように中央の大きな祭壇に向かってすり鉢状になっている。ざっと見たところ数百人が座れる規模だ。


 ドローンを降下させて祭壇の奥に見える通路の中をカメラでズームアップしたが、暗くて何も見えない。だが、かなり奥まであるような感じだ。神殿が崖の手前にあることから見て、山裾の中にも通路が続いているのだろう。


 神殿内の情報は後回しにして、“空を飛ばなければたどり着けない場所”を探すことにした。首領がいるはずの場所だ。オートで真上に上昇させてカメラを左右にロールさせながら断崖の表面を映し出していく。切り立った崖はまさに垂直に近い壁となっていて、クライミングの達人でなければ上ることは難しいだろう。もちろん技術的なこと以前に俺の場合は登ってみる度胸が無いのだが。


 ドローンは300メートルほど上昇したが、入り口のような場所を見つけることが出来なかった。入り口が隠されているのか、もっと高い場所にあるのか・・・、ダメ元で捕虜に聞いてみることにした。


「おい、首領がいるのはどの場所だ?」

「? 神殿の・・・、奥だ」

「神殿の奥? あの暗くなっている場所か?」


 嘘だと分かっているが、荷台に積んだ剣士に話を合わせた。


「そうだ、祭壇の奥が神殿の中心で、そこにいる」

「そうか。ところで、お前たちも黒い死人の一員なのか?それとも、単にネフロスの信者なのか?」

「我らは神殿付きの剣士だ」

「ということは、黒い死人達では無いということだが、首領は黒い死人の首領なんだろ?」

「・・・そうだ」


 以前から黒い死人達とネフロス信者との関係がはっきりしないが、首領たちはネフロス教ではどういう位置づけなのだろう?ネフロス教のトップは別にいるはずだが?


「ネフロス教の教祖もここに居るのか?」

「教祖? 神官様のことか? 神官様はここにはおられない」

「どこにいるんだ?」

「私は知らぬ」


 嘘か本当かは分からないが、本当のような気がした。


「それと、黒い死人達のムーアにあったアジトのお頭の妹がここに居ると聞いたんだが、何処にいる?」

「巫女様の事だな・・・、神殿の奥にいらっしゃるはずだ」


 巫女というのは本当で、いる場所は嘘だな。首領と一緒なのか?


「この神殿には人影が無いけど、誰もいないのか?」

「いや、100人以上いる。みんなも奥だと思う」

「・・・」


 どうしても俺達を神殿の奥に連れて行きたいようだった。あまり役立つ情報はなかったが、少し安心できた。呪いの発動は神殿の奥でしかできないのだろう。男をそのままにしてドローンをさらに上昇させながら岩肌をチェックしていくが500メートルまで上昇しても見つけることが出来なかった。


 -外から見ても分からないのかも・・・。


 少し迷ったが、神殿の奥を確認してみることにした。もちろん、心配性の俺が自分自身で行くつもりは無いし、仲間を危険にさらすつもりも無かったので、ドローンのライトを点灯させて奥へと飛ばした。


 神殿の奥に向かう通路は天井の高さが5メートルほどあったので天井に近い高さをゆっくりと飛ばして左右をカメラで確認していくと、通路の両側にはいくつも部屋があるようだった。ライトの届く範囲が限られていて、はっきりとは見えないが、人影が動いたようにも見える。ここでも俺達を待ち構えている奴がいるのだろう。


 10か所ほどの部屋の入り口を確認するとドローンは円形の広い場所へ到着した。中央には大きな机のような場所があり、突き当りの壁にはネフロスのシンボルがあるのが見えた。広間の中には誰も居ないようだったが、不気味な雰囲気が漂っている場所だ。少し高度を下げて机の細部を見ると四隅は金属の輪がある。おそらく人間を拘束するために結びつける金具のようだった。


 -生贄を捧げる部屋か?


 特に成果も無かったが、この部屋に行ってはいけないと言うことだけは判ったので、ドローンを外に向けて飛ばし始めると、通路に戻ったところでモニターの画面が突然乱れて、真っ暗になった。


 -故障? いや、叩き落されたのだろう。


「どうしたの? 何かわかった?」

「いや、大した情報はないな。だけど、あそこに行ってはいけないことだけ判った」


 待つことに飽きたサリナに簡単に説明して、次の手をどうすべきか考えた。コントローラーをストレージに戻しながら、高級なドローンの事が一瞬だけ頭をよぎったが、在庫がほぼ無限にあることを思い出して苦笑いした。


「じゃあ、どうするの? 魔法でぶっ飛ばそうか?」

「それも考えたけど。お前がやると皆殺しにする可能性があるからな」

「大丈夫! 洞窟の中で魔法を加減する練習をたくさんしたから!」

「そうか・・・、じゃあ、あそこの柱を一本だけ倒してくれるか?一番手前の柱だ」

「判った、やってみるね♪」


 ちびっ娘は嬉しそうにロッドを構えてブツブツ言いだした。


「どのぐらいかな? あの柱は大きいから・・・、でも範囲は小さくして・・・」


 横から見ると顔つきが少し大人びた雰囲気になった気がするサリナは“加減”が決まったようだ。一瞬だけ目を閉じてロッドを柱に振り下ろした。


「じぇっと!」


 大きな掛け声とともに空気を切り裂く甲高い音ともにロッドから空気の塊が走ったのが見えた。見えた瞬間に結果は予想が付いたが、意外なことに綺麗に柱が一本だけ吹き飛んだ。ただし・・・・。


「凄い! ・・・けど」

「あれ!?」


 -ドグォォーーーン!!!


 サリナの風魔法は確かに柱を一本だけ撃ち抜いた。周りの柱はそのまま残っているから、言った通りなのだが、破壊力は加減できていなかった。命中した柱の向こうにある3階建ての建物の二階部分に直撃した衝撃は命中した場所を中心に建物をえぐり、断崖の壁にも亀裂を入れる破壊力だった。建物の中に人間がいたならほとんど死んだはずだ。


「確かに範囲は絞れるようになったみたいだな」

「うん・・・、頑張ったの・・・、でも」


 本人も建物まで破壊するつもりは無かったようで、俺に褒めてもらえないことが判ったらしい。


「まあ、やっちまったものは仕方ない。そのおかげで、反対側からぞろぞろと出てきたから、結果オーライだ」

「本当? 良いかな?」

「ああ、出てきた奴らが情報を持っていればな・・・」


 反対側の建物に隠れていた剣士たちは衝撃音で飛び出してきていた。そして、俺達のいるほうに一斉に走ってこようとしている。


「あの人たちはどうするの?」

「できるだけ生け捕り、無理なら仕方ないな。リンネ、虎をヨロシク」

「うん、わかった・・・」


 リンネは頼りない返事のままだが、俺の希望通りに虎達を走ってくる剣士たちへと差し向けた。俺はアサルトライフルを持ち出して、先頭の奴から順番に足を狙って撃って行った。動く敵には簡単に当たらないが、立て続けにトリガーを引くと3発目ぐらいには当たっている。距離も200メートルぐらい離れているから、今回も楽な戦いだ・・・、そんな考えが俺の頭をよぎったのがいけなかったのだろう。


 俺達は突然地面と一緒に吹き飛ばされることになった。

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