第285話Ⅱ-124 神殿へ

■火の国 北西の森


 ブーンの手助けで船でも自在に飛べることが納得できるようになった。相変わらず高い場所に対する怖さが無くなったわけでは無いが、”飛べる”その恩恵については十分理解した。


 -飛べる人間は魔法のあるドリーミアでもいない・・・。


 だが、“人間でないもの”で人の形をしたものが飛べるのだろう。神殿の先にある首領のいる場所には空を飛ばねばたどり着かないとマイクを通じて女は言っていた。準備の整った俺達はエルフの里に一旦戻り、いまだに目覚めぬミーシャの様子を見に行った。何も変わっていないようにも見えるが、少しやつれたようにも見える。普通なら丸3日飲み食いしなければ、もっと酷いことになるのかもしれない。呼吸や心拍が異常に遅いことが良い方にも影響しているのかもしれないが、それでも永遠に持つはずはない。やはり急がねば・・・。


 転移魔法で昨夜の場所までリンネ達と一緒に戻って、剣士たちを閉じ込めた土牢へと向かった。土牢は予想通り破壊されていて、崩れた土壁が周囲に散乱している。タロウさんが作った土牢の壁は50㎝ほどの厚みがある堅牢なものだったのに内部から破壊したようだ。捕えた剣士たちは全員逃げられたはずだが、中には3人の剣士が残っていた。だが二人は既に息が無く、残りの一人は、腕と太ももに大きな傷を負って壁にもたれて座っている。


 -俺達を誘い込むために、仲間を殺したのか?


「おい、お前。起きろ!」


 声を掛けて頭からペットボトルの水を浴びせてやると男は身じろぎをするものの、目を開かない。不本意ながら治療魔法を使ってやると、目を開いてうめき声をあげた。剣士たちの手には手錠が掛けられたままだったが、念のために距離を置いてアサルトライフルを向けた。


「何があった? お前たちを襲ったのは誰だ?」

「神殿からの使いだ・・・」

「なぜ、お前たちを? 仲間じゃないのか?」

「あいつらは、俺達がお前にどこまで話したのかを確認するために拷問したんだ」


 なるほど、そういう設定にしたのね。


「残りの3人はどうした?」

「連れ帰って、首領が尋問すると言っていた」

「この二人は殺されたのか?」

「!? ・・・死んでいるのか?」

「ああ、息が無いな。お前も俺が治療しなければ死んでいただろうな」

「そうか・・・、その二人もさっきまでは生きていたはずだ」


 -あれ?ひょっとして・・・・


 男は死んでいるのが計算外だったようだ。こいつらは俺達がもっと早くに戻ってくると思っていたのかもしれない。疑われないように深手を負わせて放置したが、俺達の戻りが遅かったから想定以上に出血したのだろう。ある意味、俺が死に追いやったようなものだが・・・、全然気にならなかった。


「それなら、もう良いんじゃないか?薄情な仲間のために自らを犠牲にして本拠地の場所を隠す必要も無いだろう」

「・・・」

「まあ、水でも飲んで考えろよ」


 俺はシナリオに乗っかり、男を懐柔しながら情報を引き出す役割を演じた。男はペットボトルの水を飲みながら、タイミングを見て演技を続けたが、ポツリポツリと情報を漏らし始めた。もちろん、計算ずくのはずだ。


「神殿は迷いの森の中だ・・・」

「迷いの森? それはボルケーノ火山のふもとなんだろ?ここから、どのぐらいの距離だ?」

「馬で半日北西に・・・、だが、行っても神殿の場所は見つからんぞ」

「どうしてだ? 迷いの森に何か仕掛けがあるのか?」

「何故それを知っている!?」


 男は演技でなく驚いたようだが、名前から判断して、そうとしか思えないのだが。


「まあ、勘だな・・・、で、どういう仕掛けなんだ?」

「森全体に広域の土魔法がかかっている。神殿にあらかじめ行ったことのある人間が一緒でなければ、森の木と濃い霧が行く手を阻み、神殿から常に遠ざかる方角にしか進めないのだ」

「なるほど。じゃあ、お前を連れて行けば神殿にたどり着けるんだな?」

「・・・」

「返事が無いと言うのはその通りということか。よし、じゃあ、行こうか」

「グゥッ!」


 スタンガンで男を動けなくしてから、大型犬の檻に入れてピックアップトラックの荷台に積み込んだ。積み込んだのは死人の剣士たちだ。二人とも立派な体格だったからか、既に死んでいるからなのか、楽々と檻を二人で持ち上げてくれた。協力的な死人をストレージに入れて、ピックアップトラックで西に繋がる小道を進んで行く。


 馬車のわだちがある道だが、通行量が少ないたいためか、ところどころで大きく陥没していて、車の速度を上げることが出来なかったが、40分ほど進んだところで荷台の男に行先を確認した。


「ここからなら、北に向かえ。もう少しすると霧が出て来るはずだ」


 男が言う北の方角を見たが、良い天気の中で森の奥まで見通せている。とても霧があるようには見えなかった。それでも男の言う方角に向かって車をゆっくりと走らせていると、後部座席のタロウさんが俺の肩を軽く叩いた。


「ちょっと、この馬車を止めてください」


 言われたとおりに車を止めて、運転席から振り返るとタロウさんは笑みを浮かべて俺を見返した。


「どうしましたか?」

「たった今、土魔法の結界の中に入りました」

「えっ!? でも、なにも・・・」

「サトル! 前!」


 サリナの声で視線を前方に戻すと、森の奥から白い煙のように霧が湧き出してくるのが見える。さっきまでは隅々まで見通せていた森の中があっという間に何も見えなくなった。


「これは凄いな。何にも見えない。あいつが居れば霧が出ないのかと思っていたけど・・・」

「安心して下さい。この程度の魔法なら私がすぐに打ち破ってしまいましょう」

「いや・・・」


 俺はタロウさんの案を却下することにした。こちらの力を早くに見せる必要はないだろう。それに、神殿までは俺達を連れて行きたいはずだから、霧があっても通ることはできるはずだった。車を降りて荷台の男に進み方を確認する。


「霧の中をどうやって進むんだ?」

「周りの木を良く見るんだ。ネフロスのシンボルが根元に彫られた木があるはずだ。そこに進むべき方向が記されている」

「この霧はお前が居てもでるのか?」

「ああ、霧は常に出て来る。敵味方を問わずな」


 どうしてだろう? 味方がいるなら霧の必要は無い気がするし、今回は俺達を連れ込むのが目的のはずだ・・・、理由がわからん。それでも考えるのをそこまでにして、手分けして男が言う目印を探すことにした。視界は5メートルぐらいしかないので、俺がフォグランプをつけた車をゆっくりと前に進めながら、両側の木をサリナ、リンネ、ママさんが歩いて確認していく。


「模様があった! これだよ! 右の方に→が書いてある!」

「よし、車から離れないように次の印を探してくれ」


 サリナが見つけた目印に向かって車を進めていき、次の目印、その次の目印と辿っていく。目印は20メートル間隔ぐらいで用意されているようだった。あたりの木の高さは20メートルぐらいある大木で生えている間隔が幅広いので車で進むには都合がよかったが、目印を20個ほど見つけると、後部座席のタロウさんの声が聞こえてきた。


「そろそろですよ」

「何が・・・」

「見えた!」


 サリナの声がする方を見ると目の前にあった白い霧が消えていて、周辺の木よりも高い柱が何本も並んだ巨大な神殿がそびえたっているのが見えた。


「デカい!」


 思わず口にしたが、この世界で見たどの建物よりも大きいものだった。タロウさんのお城の倍ぐらいの高さがあるだろう。現代的な比較なら大きなマンションぐらいの高さのある柱が山裾の断崖に向かって並んでいる。巨大な柱に挟まれた参道は両側にかがり火が焚かれていて、奥に見える暗い入り口に続いていた。


「なかなかの術士がいるようですな」

「あれも土魔法ですか?」

「そうです。魔法力さえあれば、あのぐらいの柱を作ることは容易たやすいのです」

容易たやすい・・・って言ってもな・・・」


 柱には根元から上部に向けてらせんを描くような造作がなされていて、等間隔でネフロスのシンボルである六芒星も彫り込まれている。見えている柱の同じ高さに同じ大きさの六芒星が綺麗に並んでいた。


「サトル、それでどうするの? 神殿をぶっ壊す?」


 車の横に戻ってきたサリナは物騒なことを言っているが、神殿には俺達を待ち構える罠があるのだから、それも一つの手段ではあるだろう。


「まずは情報収集だな。お前は周りを良く見ておいてくれ、何かが来たら魔法をぶちかましても構わない。リンネも念のために黒虎達に警戒させてくれ」

「わかった! 任せて!」

「ああ・・・」


 サリナと違ってリンネは上の空の返事だったが、俺が取り出した黒虎達を操って車の周囲の警戒に当たらせてくれた。サリナはロッドを構えて臨戦態勢をとっている。ママさんは腕組みをしたまま神殿の方をぼんやりと眺めている。タロウさんがいる車には戻って来ないようだ。


 -では。親玉がどこにいるか探すとするか・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る