第268話Ⅱ-107 追跡2
■カインの町 近郊
ショーイは小屋から漏れる明かりを見て、低い声で俺に告げた。
「今回は俺に行かせてくれ、サトルは裏の方を固めてくれ」
「ああ、わかった。できれば殺さずに生け捕りにしたい」
「じゃあ、手足だけ切り落とすよ」
「そうか・・・」
物騒なセリフだったが、手錠を簡単に抜け出す相手だからそのぐらいでも丁度良いと思った。酷い話でも違和感なく納得してしまうのは、俺自身もかなりこの世界に慣れてきたと言う事だ。それに、二人の前では落ち着いたふりをしていたが、怒りと悔しさではらわたが煮えくり返っていた。
-俺の大事なミーシャを・・・。
ショーイが腰を低くしたまま明かりの見える馬小屋の方へと近づいて行くのを見送って、俺はライトを消してヘルメットに付けた暗視装置を降ろしてから移動を始めた。緑色になった世界を小屋に近づかないように回り込んで行く。小屋の反対側にたどりつくと、今度は赤外線カメラを取り出して、小屋の中の人の数を確認した。木造の小屋の中では赤くなった影が5つ地面に近い場所で集まって坐っているように見えた。
カメラを見ながら少しずつ小屋に近づいて行ったが、中の人間に動きは無い。壁際まで行って、板張りから少し漏れている光の中に目を向けると、中の男達は額を寄せて何かを話し合っているようだった。だが、さっき見た女の姿は見えない。この位置から見えないところに居るのだろうかと考えていると、突然男達が剣をもって立ち上がった。
-気づかれたか?
思わず腰に構えたアサルトライフルの銃口を壁越しに男達へと向けたが、男達は慌てるそぶりで無く扉の方へと向かった。どうやら、もともと外に出るつもりにしていたようだ。だが、扉を開けた途端に緊張が伝わって来た。
「何だ!?」
先頭の男が扉を開けた後の光景は、まるで映画のワンシーンのようだった。声が聞えると同時に男の右腕が切り落とされて、扉の向こうからショーイが低い姿勢で飛び込んできた。腕を切り落とされた男の体を弾き飛ばしながら後ろにいた二人の男の足首へ斬りつけて、地面に転がすと伸びあがるように立ち上がりながら返す刀で別の男の腕を切り落とした。
「クソッ!」
最後の男だけは剣を何とか抜いたが、構えた剣を持つ両手が地面に転がることとなった。全てはあっという間の事だった。久しぶりにショーイが剣を振るところを見たが、流れるような体と剣の動きは芸術的だと思った。だが、感心している場合では無い。俺ものぞき穴から離れて小屋を回り込んで周囲を確認したが、小屋には他に入り口も無かったので、ショーイが入った扉から続いて中に入った。
小屋の地面では血を吹き出しながら男達が地面でのたうち回っている。放っておけば数分で出血多量で死にそうだったので、傷が深そうな男から順番に治療魔法をかけて行った。切り離された手足はそのままに治療魔法をかけると出血と痛みが止まるので、同時にスタンガンで無力化していく。さっきの女も高圧電流自体は効果があったはずだから、目を離さなければこれで大丈夫だろう。
「いないな」
俺が治療をしている間に奥にある部屋を見に行っていたショーイが俺を見てつぶやいた。さっきの女が居ないということだが、俺は斬られた男達が黒い死人達だと確信していた。そもそも、こんなところで剣を持って集まっている奴らがまともなはずは無かった。
「そうか、何か手がかりはあったか?」
「こいつが置いてあったが・・・」
ショーイが手に持っていたのは綺麗な水晶玉だった。俺の知識では占いに使うようなものだが、この世界での使い道は他にもあるのかもしれない。
「じゃあ、こいつらに聞くしかないな。ショーイは外の様子も見てくれ。ひょっとすると他にも仲間が居るかもしれない」
「わかった」
ショーイは開いたままの扉にもたれかかり、外と中の両方が見える位置に陣取った。俺は足の無い奴には手錠を手の無い奴には足錠をかけて5人の男を連結した。念のためにストレージに入れようとしてみたが、全員入らないので死人でないことは確かだ。まあ、これだけ大量に血が出ているのだから、疑う余地もあまりないのだが。
俺はショーイに入り口で腕を切り落とされた男から尋問を始めることにして、治療魔法をかけて高圧電流による
「お前らは何だ! こんなことを・・・グゥーッ!」
喚き始めた男の首筋にスタンガンを当てて黙らせて、もう一度治療魔法をかける。回復したところでスタンガン・・・を10回ほど繰り返すと、男の目が白目をむき、涎が止まらなくなってきた。そろそろ限界に近いと思って、質問を始めることにした。
「町長の家にいた女は何処に居る」
「な、何なんだ。一体でういう事で・・・」
よだれを垂らしながらろれつが回らないが、何とか聴き取れそうな状態だ。
「質問に答えろ。女は何処に居る」
「・・・」
返事が無かったので間髪置かずにスタンガン&治療魔法を3セット繰り返した。
「答えろ。答えなければ、お前は四肢を切り落として治療だけしてやる。一生手足が無い状態で生きていけ」
「わ、わかった。だが、今は町長の家に居るはずだ・・・」
「ここにはいつ来たんだ?」
「2時間ほど前だ」
2時間前と言う事は俺が来る前の話ということだから、町長の家からここには戻っていないと言う事になる。男は力なく話し始めたが、怯え方から見て素直に話しているように見える。
「お前達はこの町で何をしようとしていたんだ」
「勇者の仲間を捕らえるのが目的だった」
「捕らえる? 捕らえてどうするんだ?」
「アジトに連れて行くところまでが俺達の仕事だ」
「連れて行ってどうするんだ?」
「人質にして、誰かと交換させるつもりのようだが、詳しいことは判らねえ」
交換?・・・俺が捕まえている奴らを取り戻したいのだろうか?しかし、俺が捕まえている事をどうして知っているんだろう?敵に見られたのだとしても、消えたようにしか見えないはずだが・・・。
「アジトは何処にある?」
「ムーアの町の南の森の奥に前の王様が使っていた屋敷が・・・」
その場所ならよく知っている。リカルドが捕らえられていた場所だが、黒い死人達が再利用を始めているということだ。
「町の周りにある魔石の石板はなんだ?あれを使ってどうするつもりだ?」
「どうしてそれを!?」
「良いから答えろ」
男は魔石の事を言われて本当に驚いたのだろう、のけ反りながら俺の顔を怯えて見ていた。
「どうした? 答えないなら次の男に聞くだけだ」
「待ってくれ!・・・あれは、ネフロス神への生贄を送るものだ」
「生贄を送る?」
「この町に火を放って皆殺しにするつもりだった」
「皆殺し・・・、あの魔石でそれが出来るのか?火を放つと言うのはどういうことだ?」
「それは・・・」
男が俯きながら話した内容はエルフ達が閉じ込められたやり方とは違うようだった。あの魔石は死んだ人間の魂(のようなもの)を取り込むための魔石だった。殺し方は多くの人間を眠り薬で眠らせてから町に火をつけて焼き、生き残った人間は斬り殺すということだが、斬り殺すための仲間はここに20人ほど増援が来ると言う。
「それで、あの女の役割はなんだ?」
「それは・・・」
「サトル、逃げるぞ!」
尋問をしていた俺はショーイにベストの襟首をつかまれ扉の外に投げ出された。受け身も満足に取れなかったが、ヘルメットのおかげで頭は守られながら地面に転がった。
「おい!? ショーイ!」
背中に鈍痛を感じながらショーイに文句を言おうとしたのと同時に小屋が同じ大きさの火炎に包まれて、ショーイが俺の横に飛び込んできた。火炎は勢いが変わることなく燃え続け、木製の馬小屋全体が炎に包まれている。
「これは・・・」
「火の魔法だ! 魔法士が近くに居るはずだ! かなりの腕だな・・・、次はあれかよ!」
「次?」
ショーイの背後に立って肩越しに小屋を見ると、小屋を包んでいる炎が二つに分れたように見えた。別れた炎は立ち上がり・・・、立ち上がり?だが、そう見えるのはその炎は巨大な人型をしているようなのだ。俺は躊躇せずにアサルトライフルで炎を撃ってみた・・・が、当然何の手ごたえも無い。
「おい、下がっていろ。こいつの相手は俺がする。お前は魔法士を探してくれ!」
「判った」
素直に場所を譲って引き下がった俺は、赤外線カメラを取り出して周囲を見渡したが、炎の熱量が大きすぎるために同じようなオレンジ一色になって見分けがつかなかった。ショーイは回り込みながら炎人形に風の
-やはり、操っている魔法士を・・・、だが俺には気を感じるスキルは無い。
魔法士を見つけられそうにないと思った俺は乱暴なプランへ移行することしか思いつかなかった。
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