第267話Ⅱ-106 追跡1

■炎の国 カインの町


 アイリスは体のしびれが徐々に取れて行くと、客間の声を聴きながら手首と足首にはめられたかせから抜け出した。体を自在に操れるアイリスにとってはすり抜けるように手足を細くすることは造作も無かった。


 しかし、立ち上がろうとすると、体全体に力が入らず上手くいかない。客間ではベッドの女の治療をしようとしているようだから、逃げるなら今がチャンスだ。何とか上半身を腕の力で起こして膝をつき、這うように玄関に向かった。玄関から先もしばらくは暗い町の広場の中でも特に暗い壁沿いを這いながら進み、広場を出るところでようやく立ち上がることが出来た。立ち上がって広場から屋敷の方を見たが、抜け出してきたことにまだ気が付いて無いようだ。


 逆に広場を見て自分達の仕掛けた魔石が見つけられたことに気が付いた。広場の片隅にはエルフの女たちが乗ってきた勇者の馬車がとまっているが、横の地面が大きく縦の線でえぐれている。どうやって見つけたか判らないが、魔石を見れば我々-黒い死人達の仕掛けた呪法であることは判っただろう。勇者が襲って来たのはそういう事なのか・・・。仕掛けた魔石は馬車に乗り込む者へ呪いを掛けるための物だった。森の中で不首尾に終わったときの予備の策だったが、使わぬまま放置していたものを見付けられてしまった。


 立ち上がっても足には力が入らずにふらついてしまうが、壁や柵に手を掛けて歩き出して、町の外を目指した。屋敷の廊下で何をされたのかいまだに判らないが勇者の魔法なのだろう。耳と目は正常に機能していたようで、勇者の声は聞こえていたが、自分が“勇者様”と言ったことがまずかったのだ。確かにこの町の住人で勇者を見た事があるものはいないはずだ。目の前に突然現れたショックで思わず口をついてしまった自分の責任だが、過ぎた事は仕方がない。これからどうするかが問題だ。体は徐々に戻りつつあるから、手下を連れて勇者達を襲うべきか・・・、いや、今回はマリアンヌも一緒だから迂闊に手を出すのは危険だ。情けないが捕らえたはずのエルフはあきらめるしかないだろう。おそらく勇者達は意識の戻らないエルフの女を連れて王都に戻るはずだ。だったら、この町の住人を葬る計画は予定通りに明日行うことにしよう。あいつらが出て行ったことを確認して、明日の夜の焼き討ちを確実に仕上げるべきだろう。せめて、ネフロス神の生贄だけは・・・。


 アイリスは徐々に感覚が元通りになりつつある体に手応えを感じて、手下たちが居る町はずれの廃屋へと急いだ。


 §


 -せっかく捕まえたのに逃がしてしまった・・・。


 何かの呪いだというが、呪を掛けた相手が判らなければ元に戻せない。広い意味では相手は判っている、もちろん黒い死人達ということになる。俺は甘く考えていたのだろう、表立って行動すれば相手に狙われるのは判っていたのに、俺が文書を配るという余計な仕事を増やした結果がこのざまだ・・・。


「サトルさん、ぼんやりしている暇はありませんよ。逃げた女を探さないといけません」


 廊下の手錠を見て考え込んだ俺の背後からママさんが声を掛けてくれた。その通りだった。


「そうですね、ミーシャを見ててもらえますか? ショーイは一緒に来てくれるか?」

「ええ、ミーシャの事は任せてください。ショーイ、あなたも一緒に行って探しなさい、この町の中か近くに隠れて居るはずです」

「わかりました、マリアンヌ様」


 ショーイは床に置かれた刀を取って腰に差しながら俺を見て頷いた。ミーシャのバックアップが出来なかったことと、あっさり敵の眠り薬に手を出した事をどう考えているかはその表情からは判らない。それでも、地中にあった石板を見つけたぐらいだから敵の気配を掴むのは俺よりはるかに・・・、というより俺には全くできない芸当だ。


 俺は町長の屋敷を出ながらヘルメットとサブマシンガンMP7に取り付けた二つのライトにスイッチを入れた。ショーイもベストに付けたライトを同じように点灯させている。


「どっちだと思う?」

「・・・わからねぇな。このあたりには変な気配はしないぜ」


 ショーイの気配探知も広域レーダーと言うわけでは無いようだ。ある程度近づかなければ感じられないのだろう。俺は4輪バギーをストレージから取り出して、ショーイを乗せて町の中の通りを走り出した。


 カインの町はこの世界の町としては大きな方だろう。おそらく人口は1000人を超えている気がする。町並みは区画が整理されて10〜20軒程度が平屋か2階建ての家がひと塊になっている。町の中をジグザグに往復して一通り回ったが、不自然な家や不審な人間を見つけることはできなかった。ショーイレーダーも何も感知できない。もっとも、ほとんどの家が既に明かりが落ちているし、奴らも外から見ただけで判るほどあからさまにはしていないだろう。


「町の外に出てみよう」


俺はバギーを北に延びる方角へ続く通りに向けて、すぐに町から外に出た。


「止めてくれ!」


 おっと! いきなりショーイレーダーが反応したようだった。俺がバギーを停車させる前に飛び降りたショーイは町を囲む柵のようなものを目指して走って行き、100メートル程先でゆっくり歩きだした。バギーに乗ったまま後を追い掛けて、後ろから見ていると炎の刀を抜いて地面に向けて軽く振った。


 -パーン!


 地面に何か叩きつけられたような音がして、ライトの明かりで土埃が舞い上がっているのが見える。ショーイはかがみ込んで地面から丸い円盤を拾い上げていた。


「広場にあったのと同じ魔石か?」

「いや、こいつはちょっと違うんじゃないか? どっちかと言うとエルフの所にあった奴だろう」


 ショーイが手にする魔石にライトを当てて見たが、さっき広場で見つけたものと並べると大きさと模様が違うことが判った。ショーイが言うエルフの里にあった魔石もストレージから出してみると、確かに刻まれた模様は同じだったが大きさと厚みが全然違った。


「こっちとも全然違うな、エルフの所にあったそれは今でもえげつない邪気を放っているからな」

「そうなのか?」


 俺には全く邪気ってものが判らなかったが、不気味なものはストレージで隔離するに限る。すぐに元に戻しておいた。


「目的がエルフの里と同じなら、他にもまだあるはずだ。町の周りを回りながら探して行こう」


 俺もバギーから降りてショーイの後を歩きながら、“邪気”とやらを感じようとしてみたが、何の事だかが全然わからなかった。だが、ショーイには確かに感じられているのだろう。300メートル程歩いたところでもう一つの魔石を見つけた。さっきと同じ魔石のデザインだったので第二の魔石もストレージに入れて、捜索を継続した。100メートル程進むとショーイが立ち止まって腰を低くしたので、俺も同じように腰を落としてショーイが見ている方向を見た。邪気では無かったが、今度は目で見ることが出来た。森の奥から光が漏れている。


「何の建物だろう? 牛舎か・・・馬小屋?」

「さあな、だが牛は明かりをつけねえからな」


 確かに。となると近づいて確認するしかないだろう。是非とも奴らのアジトであってほしいものだと思った。何としてもさっきの女をもう一度捕らえて、ミーシャへの呪いを解いてやらないと・・・。

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