第264話Ⅱ-103 ショーイの解決策

■カインの町


 町長の妻に成りすましたアイリスはフード付きのマントを被って屋敷を抜けだし、町から出たところにある廃屋-昔は大きな馬小屋だった場所へと向かった。北に向かう街道からかなり奥まったところにある廃屋からはうっすらとランプの灯りが漏れているのが見える。森の中に仕掛けをした手下が既に来ているようだった。静かに扉を開けて中をのぞくと、5人の男が車座になって地面に座っていたが、扉を開けたアイリスに反応して剣を持とうとした。


「慌てるな、私だ」

「失礼しました、早かったですね」


 男達はアイリスに軽く頭を下げながら、剣から手を放して坐りなおした。アイリスは立ったまま男達の顔が見える場所まで移動してフードから顔を出したが、その顔は屋敷を出た時の町長の妻とは異なる顔-セントレアでサトル達には魔法士のアイリスとして名乗った顔に変わっていた。アイリスは自在に人間の体を作り替える能力を持っている。必要であれば男にも老人にも子供にもなることが出来るため、成りすましたい人間に触ることが出来ればその人間とそっくり同じ体に変化して入れ替わる。今回は町長の妻を殺して入れ替わり、町長を操って勇者の仲間を捕らえるのが目的だった。ここまでは予定よりも上手くいっているが、ここからが肝心なところになる。最終的な目的はあくまでも勇者を脅して、捕らえられているはずの“首領の使い”と“司祭”を取り返すことだった。


「それで、アイリス様。この後は・・・」

「まずは、首領と話をする。水晶玉は用意してあるか?」

「はい、あちらに」


 手下の一人が指し示した場所は廃屋の突き当りにある小部屋だった。アイリスが其処に入ると薄汚れた机の上にランプの光を受けて鈍く光る水晶玉が紫の布の上に置かれていた。立ったまま水晶玉に手をかざして、目を瞑って意識を彼方にいるはずの首領に飛ばすと水晶玉がぼんやりと光り始めた。


 水晶玉の中心部分が渦巻き始めて黒い影が人の顔になり始めると、アイリスの頭の中に首領の声が聞えてくる。


「どうだ、上手くいっているのか?」

「はい、勇者の仲間を一人眠らせています。仲間から勇者への手紙を預かっていますので、3日後ぐらいにはこの町へ勇者が来るはずですが、明日の夜に町長の屋敷を襲撃して眠らせたエルフの女を連れ去るつもりです」

「うむ。それで良い。女は予定通り新しいアジトへ運んでおけ。こちらからは奴らに文を届けて、あいつらがムーアに戻ってから人質の交換をさせる」

「はい、かしこまりました。ですが、本当に司祭達は・・・」

「確かなことはわからん。だが、可能性はあるだろう。万一、司祭たちが既に死んでいるなら、その時は勇者を殺すだけだ」

「はい。そのことですが・・・、メアリー様が魔法の秘密が判るまでは殺さぬようにと」

「・・・そうか。ならば仕方ない、殺さずに捕らえろ」


 水晶玉から首領の戸惑いが伝わって来たが、異論をさしはさむことも無くメアリーの要望は認められることになった。アイリスも殺す方が簡単だと判っていたが、メアリーの意向に逆らうと言う選択肢は無かった。


「それから、町も焼き払う予定です。井戸に眠り薬を入れておきますので、明日の晩、屋敷を襲撃した後にあらかじめ仕込んでおいた火種に火を放ちます」

「ああ、丁度良い生贄になるだろう。魔石の配置場所をたがえるでないぞ」

「はい、既に配置してありますので、全ての生贄がネフロス神の元に送られます」

「うむ、これで、少しは満足していただけるだろう」


 首領はエルフの里を滅ぼすために費やした労力とそれによって得るはずだった生贄の数には到底及ばないことは分っていたが、それでも1000人近い人間を生贄に捧げることができるのは重要なことだった。


「では、私は戻って、勇者の仲間を葬る準備をしてまいります」

「うむ、失敗は許されんぞ」

「承知しております」


 首領との念話を終えたアイリスが閉じていた目を開けると、水晶玉からの光はゆっくりと消えて行った。その場に水晶玉を残したまま、手下達の元に戻ると全員が黙ってアイリスの顔を見ている。


「今日の夜中に、井戸に眠り薬を入れておけ。町の井戸は全部で5か所ある。それと併せて、火種の場所を増やしておけ。明日はこの町の全員を葬るつもりでいろ」

「もちろんです。まあ、何人かは逃げ出してくるとは思いますがね。そいつらもしっかりと始末しますよ」

「もちろんだ、だが、必ず魔石の魔法陣の中で殺せ」

「わかりました」


 男達は町全体を火に包み、逃げ出してきたものが居れば全て斬り捨てるつもりだったが、誰一人として躊躇するそぶりも見せずに、淡々と話をして頷き合っている。アイリスは伝えるべきことを伝えると、来た時と同じようにフードを被って静かに廃屋を出て町長の屋敷へ戻った。捕らえた勇者の仲間の様子を見に行くと、女が一人でベッドに横たわっていたが、付き添いだった剣を持った男は居なくなっていた。直ぐに戻って来るだろうと考えて、男に喰わせる特製のシチューを用意するために厨房へとむかった。


 ショーイはミーシャのベストから車の鍵を取り出して、車に積んである食料と飲み物を取りに向かっていた。サトルの不思議馬車の動かし方は全く分からなかったが、扉の開け方だけはミーシャから教えてもらっていた。車は町長の屋敷から100メートル程離れた場所に停めていたが明かりの無い町の中でもこの世界には無い色が鈍く光っているのが見えた。辺りに人気は無かったが、森の中で行方不明になった子供をまだ探しているのか、多くの家の扉や窓が開いて光と話声が漏れている。


 -あと一人の子供がまだだったな。


 見つけられなかった子供の事を思い返しながら、車に近づいた時にショーイは背筋に嫌な感覚が走り、その場で足を止めた。


 -何だ? 敵か? いや・・・、人の放つ殺気では無い・・・邪気か。


 車に近づかずに腰の刀に手を掛けたまま、すり足で半円を描くように車の前方へゆっくりと回り始めると不快感が段々と強くなってきた。車の前まで回り込んで、更に近づくとショーイへの敵意がさらに強くなってきた。車まであと5メートル程のところでショーイは目を閉じて、静かに剣を抜いて炎を纏わせると右上段に構えた。


「ハァッ!」


 目を閉じたまま一気に前方へ飛び出して、炎の剣を袈裟がけに上から振るった。剣先の炎が一気に伸びて車の右前方の地面を断ち切った。


 -ピシィッ!


 何か硬い物が割れる音が地面の下から聞えて、ショーイが感じていた邪気が感じられなくなった。ショーイは焼け焦げてえぐれた地面に近づくと、コンバットブーツで地中にあった円盤のような石を蹴りだした。石は半分に割れているがライトで照らすと半分に割れた石には見慣れた模様が刻み込まれているのがわかった。


「なるほどな、そういう事かい。しかし、この町のやつら全員って訳でもないだろうしな・・・」


 ショーイはネフロスのシンボルである六芒星の印を見て、今回の経緯全体にネフロスの教団と黒い死人達が関わっていることに気が付いた。だが、子供の親の様子を見ていると狂言では無かったはずだ。そうなると、この町の人間も黒い死人達の手駒として利用されているのだろう。問題はどこに敵が居るのかということだった。埋められていた円盤の使い道はショーイには判らなかったが、これも自分達へ呪いをかけるための道具の一つであることは間違いない。


「しかしなぁ、結局のところ、誰を斬れば解決するのかが判らねぇ」


 色々と考えたが、解決策が全く見いだせなかったので車から必要な物を取り出して、ぶつぶつと独り言を言いながらミーシャが居る町長の屋敷へと戻ることになった。残念ながらショーイには目の前にいる敵を斬る事以外は出来そうになかったので、ミーシャの元で腹ごしらえをしてサトルから連絡がある3日後を待つことにした。

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