第265話Ⅱ-104 酒

■カインの町


 ショーイが町長の屋敷へ戻ると待ち構えていたように町長の妻から声を掛けられた。


「ああ、丁度夕食ができました。猪の良い肉が入ったシチューですよ」

「シチューか・・・、気持ちだけもらっとくよ。他に食べるものがあるからな」

「そうですか・・・、でしたら気が変わったらお声を掛けてください。お部屋には果実酒も用意してありますから、遠慮なく飲んでくださいね」


 町長の妻は少し残念そうな表情を浮かべたが、笑顔を作り直して部屋に置いた酒を勧めてきた。サトルは車に酒は積んでくれなかったので、ショーイは3日ぶりに酒が口にできることに気を良くした。


「果実酒か! それは、ありがてえな。ところで、町長はまだ戻ってないのかい?」

「ええ、亡くなった子と見つかっていない子の家に行っているはずです」

「そうか・・・、わかった。色々とすまねえな」

「いえ、何かあれば遠慮なく言ってください」


 ショーイは親切な申し出に軽くうなずいて、ミーシャが眠る客間に戻った。眠っている首筋に手の甲を当てたが、相変わらず脈が異常に遅いままだった。念のために手の傷を確認したが、包帯の血は乾いていて、既に出血自体は止まっているようだ。他に異常が無いか服の裾等をめくってみたが、見える範囲には他に異常は無かった。全て脱がして確認しようかとも思ったが、サトルの顔がちらついて、思いとどまることにした。


 客間にはベッドが二つと丸テーブルの横に背もたれの無い小さな椅子がセットで2脚置いてある。ショーイはテーブルの上に置いてある果実酒の瓶を手に取って中の匂いを嗅いだ。最近はサトルのビールやワインとやらを愛飲していて、この世界の果実酒の匂いを嗅ぐのは久しぶりだったからか、なんとも言えない不快な匂いが鼻についた。


「なんだ・・・、おかしいな。果実酒ってこんな匂いだったか?」


 首を傾げながら瓶をテーブルの上に戻して、車から持って来た食料をリュックから取り出し始めた。ペットボトルの水と干し肉のようなものが挟まれた柔らかいパン。このパンも驚くほど柔らかく、そして噛めばパンの甘味が広がって美味い。ミーシャが居れば、火が付く道具で色々なものを温めてくれるが、ショーイは使い方が判らなかったので、温めなくても食える者しかもって来ていない。それでも、ショーイもサリナと同じようにサトルの出す食事や飲み物に慣れてしまい、この世界の食事を食べても全く美味しいと思えなくなってきていた。勧められたシチューもご馳走には違いないが、今となっては味のしない肉としか思えなくなってしまっている。


 テーブルはミーシャの好きなカフェオレと言うのも並べたが、見ている限りでは全く復活する気配は無かった。丸椅子に座って、ベッドを眺めてパンをかじりながら、またミーシャをどうするか考え始めたが、結局のところ何も思い浮かばない。ショーイは敵を倒す自信はあったが、その敵が誰か判らないと動きようも無い。


「結局、全然役に立っていねえってことかよ・・・、ったく」


 ぶつぶつ言いながらペットボトルの水に手を伸ばして、横にある果実酒の瓶を眺めた。ショーイは酒が強い方だったから、一本ぐらい空けても酔うようなことは無いし、多少飲んでも剣の腕や勘が鈍ることも無い。だが、この町にはミーシャを狙った敵が居るのは間違いなかった。酒を飲んで万一寝てしまうとまずいだろう、だが、一杯ぐらいなら・・・。迷いながらも、結局は果実酒の瓶に手を伸ばして横に置いてあるカップに注いだ。


「ふむ、やっぱり匂いは悪いが・・・、ちゃんと酒の匂いだな」


 カップを少し傾けながら匂いを嗅いで、カップを口へと運んだ。


■炎の国 王都ムーア 内務大臣の館


 内務大臣のブライトは配下の男が持って来た早馬の手紙を読んで、顔をほころばせた。


「そうか、北のスローンも上手くいったか」

「はい、自ら洞窟に入ってくれたようで、思った以上に楽だったとのことです。脅迫状の方はいかがしますか?」

「うむ・・・、勇者は新しく買ったねぐらに戻ってきているのか?」

「はい、夕方に戻って来て、そのまま倉庫の中に居るようです」

「うむ、ならば。南のカインで策を先に進めよう。北で捕らえた女たちはそのまま閉じ込めておけ。死なない程度に食事だけ与えるようにしろ」

「はい、かしこまりました」

「カインにはアイリスが入っている。あいつに任せる方が確実だろう。北は・・・、万一上手くいかなかったときに使えば良いだろう。カインが上手くいけば用済みだ、そのまま生き埋めにしてしまえ」

「では、そのように指示いたします。カインの町には既に応援を20名ほど向かわせましたので、明日の夕方には町を取り囲める手筈となっております」

「うむ、町の人間も一人でも多く│ほうむれ。ネフロス様への生贄とするのだ」

「承知しました」


 黒い死人達の首領が成りすましている内務大臣は、勇者の仲間を予定通りに捕らえる事ができたことに加えてネフロス神への捧げものが出来ることに満足していた。町を焼き払って皆殺しにする件も勇者の仲間にその責任を負わせるつもりだった。勇者も司祭達を取り返した後は殺すつもりでいたが、殺せなかった場合も奴らに協力する国が出ないようにしておく必要もある。


 勇者達がこの国で文書を配りたがると聞いた時から、泳がせて捕らえる絶好の機会だと考えて二つの町で子供をエサにする計画を進めていたが、両方とも上手くいったのは想定外と言っても良い。勇者の所には明後日にはカインからの手紙が届き、その日のうちにやつらはカインに着くはずだが、その時にはカインは既に焼け跡となっている。勇者達は手ぶらでムーアに戻ることになるが、戻って来たねぐらには人質交換の手紙が待ち受けていることになる。


-今までの動きから見て、仲間を見殺しにはせぬはずだ。


 アイリスに任せておけば、人質の移送も町の殲滅も問題なく行えるだろう。あの女は誰にでも成りすませるだけでは無い。土の魔法と闇の結界魔法の両方が扱える高位の魔法士でもある。気になるのはあのマリアンヌと言う魔法士だったが、配下の報告では今のところは勇者と一緒に王都の倉庫に居るらしい。


 首領は準備が整いつつあることに満足して、大臣が揃えていた高価な果実酒の瓶を一本手に取って口をつけた。死人である体は酔うことも無いが、口当たりの良い酒を飲めばゆっくりと眠ることはできる。


 -ふん、居場所さえわかれば勇者とて何ほどの物でもない。


 黒い死人達の組織を好き放題にかき回してくれた勇者への報復が出来る嬉しさを感じながら首領は大臣の豪華な天蓋付きのベッドへと向かった。

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