第263話Ⅱ-102 サリナとリンネ

■洞窟の中


 サリナとリンネはもう一つの通路から奥へと進んだが、下り勾配の広い通路を200メートル程行ったところで広い空間になった。しかし、そこから先に繋がっている通路は何処にもなく、やはり行き止まりになってしまった。


「やっぱり駄目だね。こっちも行き止まりだよ」

「うん、どこを照らしても・・・、上の方にも何にもないね」


 サリナはライトだけでなく、火の魔法を使って天井部分もしっかりと確認したが、穴や岩の割れ目を見つけることは出来なかった。天井や壁になっている部分はごつごつした岩で囲まれていて、所々から水がしみ出している。


「通路はかなり降りたと思うから、このあたりは地面の下になっているみたいだね」

「ふーん、やっぱり魔法で吹き飛ばすのは無理かな?」

「どうだろうね、あんたの魔法ならできるような気もするけどね、問題は吹き飛ばせばあちこちが崩れて来るってことだろうよ。狭い範囲だけを吹き飛ばすってのは難しいんだろ?」

「狭い範囲ってどんなのかな?」

「そうさね、通路みたいな穴を開けるイメージで吹き飛ばせるなら良いんじゃないかい?」

「通路?・・・やったことないし、どんなふうにすればいいのかな?」

「さあねぇ、それはあたしには判らないねぇ。でも、あんたの母さんならできそうな気がするけどね」

「お母さんか・・・、うん、お母さんなら出来るかも・・・」


 サリナは自分が母親と同じようには魔法を操れないことは十分に理解していた。どうすれば同じように操れるのかを聞いたが、『練習よ』としか教えてもらえなかった。だが、その練習はまだやっていなかったし、具体的にどんな練習なのかも判らなかった。


「とりあえず、さっきの広場まで戻ろうか?」

「うん」


 二人は来た通路をゆっくりと登りながら戻って行き、閉じ込められた広間になっている場所までたどり着いた。


「どうしよう、リンネ・・・」

「あんたは食べるものを持っているかい?」

「チョコが沢山! 欲しいの?」


 サリナはポーチとベストのポケットに入れているチョコバーをいくつも取り出して、リンネに見せた。


「違うよ! あんたが食べる分だよ。 でも、結構あるみたいだね。それだけあれば、2・3日は大丈夫だね。それに、水は出せるんだろ?」

「水は任せて! いくらでも出せるよ。今出そうか?」

「それも、あんたが飲む分だけあれば良いんだよ」

「リンネは要らないの?」

「あたしは別に飲み食いしなくても死にやしないし、ここで生き埋めになっても死なないからね」


既にしんでいるリンネが死なないと言うのはおかしな話だったが、死人として生きている上での話だ。


「そうなんだ、でも、ここから3日で出られるかな?」

「ふん。さっき、お使いをサトル達のいるムーアの倉庫に向かわせたよ。上手くいけば、明日ぐらいには倉庫にたどり着くはずだよ、あのも休まずに走り続けられるからね」

「えっ!? でも、あの黒虎はお喋りが出来ないよね?どうやって、サトルに伝えるの?手紙も持っていないし・・・」

「サトルなら大丈夫だろ、あの黒虎が自分の所に来たらあたし達に何かあったってすぐに気が付くよ。そこから探し始めれば、この町で足取りが途絶えた事にも気が付くさ」

「そっか! それに町の人も探してくれているかもしれないもんね!」

「いや、それは無いね」

「どうして? 私達が居なくなったのに探さないの?」

「ああ、多分ね・・・、おそらく、今回の件には町の人間が絡んでるんだよ。あたし達をこの町に・・・、この洞窟に閉じ込めるのが目的だったんだろうよ」

「何で! 閉じ込めて、どうするつもりなんだろう? それに、誰が?」

「黒い死人達・・・、それにネフロス教の信者たちの仕業だろうよ。ちょっと、こっちも油断しちまったね。今まではサトルが不意打ちを続けて、上手くいっていたけど。あたし達も目立つようになっちまったからね。相手から目をつけられたってことさ」

「そっか・・・、じゃあ、サトル達も危ないのかな!?」

「それは、判らないけどね。確かに、あっちもミーシャ達も危険なのは間違いないね」

「私達をここに閉じ込めてどうするつもりなんだろ?」

「さあねぇ、身代金って訳でもないだろうけど。殺さなかったところを見ると、何か狙いがあるんだろ」

「殺さなかった・・・、やっぱり、魔法で吹き飛ばそうよ!」

「それは、最後の手段だね。あんたの食べるものが無くなって、いよいよってなったら、それも考えないとね。だけど、その前に練習しておいた方が良いんじゃないかい?」

「練習? 何を練習するの?」

「魔法だよ。もう少し、魔法の範囲を小さくする練習をしておきな」

「うん・・・、でも、どんな風に練習すれば・・・」

「そうだねぇ、あんたの魔法の力は間違いないんだからね。それを、狭い範囲で・・・、チョット待ってなよ」


 リンネはサリナに笑顔を向けるとライトの明かりで洞窟の地面に落ちているこぶし大の岩を10個拾って20メートル程先に50㎝間隔で並べた。


「あの岩を左から一つずつ向こうの壁まで魔法で飛ばしてごらん」

「一つずつ・・・うーん、一つだけ? 全部一緒に飛ばせるよ?」

「だから!・・・、それじゃダメなんだよ。横の岩は飛ばさずにやるのが大事なのさ」

「うん・・・、そっか。やってみる!」


 サリナは炎のロッドを構えて、風の魔法を抑えめに出すように祈りを捧げた。


「じぇっと!」


 サリナの掛け声でロッドの先から圧縮された空気が岩にぶつかったが、左から3つぐらいの岩がゴロゴロと3メートル程向こうに転がっただけだった。


「ダメだね。威力が足りないし、範囲もコントロールできてないよ」

「うーん、弱いんだよね・・・。でも、これ以上強いと・・・」

「強い魔法の範囲を絞る練習だからね。今度は一番右のを狙って強めにやってごらん」

「わかった!」


 気を取り直したサリナはロッドを構え直し、岩を吹き飛ばすイメージで祈りを捧げる。


「じぇっと!」


 先ほどとは全く違う唸りがロッドの先から迸り、床に置かれた岩に空気が叩きつけられた。並べた全ての岩が地面の土と一緒に弾き飛ばされて、激しい音とともに向こう側の壁に激突した。


「あぁー! やっぱり、一個は無理だよ!こんなの、出来ない!」


 サリナは思い通りにできない自分に苛立ち、ロッドを振り回して頬を膨らませて拗ねている。


「中々難しいみたいだねぇ、でも、これを練習しなきゃ、あんたの魔法はここでは使えないよ。どうせ、することも無いんだし、頑張って練習しな。あんたが魔法を使いこなせれば、サトルの役に立つし、大人の女として認めてもらえるよ」

「大人の? サトルが認める?・・・わかった、頑張る!」


 リンネはサトルの歓心をエサにサリナを誘導すると、単純な娘はすぐにやる気を取り戻して、的にするための岩を集めに走り出した。魔法の練習をさせて置けば、気も紛れるはずだった。3日、あるいは4日でサトルが助けに来てくれなければ、本当にサリナの魔法で洞窟を破壊する必要があるかもしれないが、リンネはそうならないと思っていた。


 ―捕らえた以上は何か狙いがある。殺されることは無い筈・・・、しかし、何が狙いだ?


おそくとも半日以内には、ここに閉じ込めたやつが接触して来る。リンネはその時にどうするかを考えながら、ちびっ娘の魔法練習を壁にもたれながら眺めることにした。

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