第246話Ⅱ‐85 王国会議 1

■水の国王都 セントレア 大教会


 セントレアはドリーミア全体の皇都だった場所だ。そこにある大教会は以前は聖教会の中心としてすべてを差配する場所だった。もちろん今でも、水の国の多くの政治的なことはここに居る摂政のマクギーが差配しているが、教会としての活動は純粋に宗教上の活動に限られている。


 王国会議は大教会の3階にある応接間で開かれることになっていた。俺達が控室から応接間に入ると、部屋の真ん中にある大きな円卓に背もたれのある立派な椅子が5つ並んでいた。壁際にも机と椅子が並んでいるがこちらは付添人や書記などが利用するのだろう。


 円卓に座るのは俺と4人の王様と聞いている。王様と俺・・・、思えば俺も随分とこの世界に関わることになったものだ。近衛兵が俺の席まで案内して椅子を引いてくれた。俺の付き添いはママさんにお願いしている。ミーシャも連れてきたかったが、一人迄と言われたので、勇者の子孫を連れて行くべきだと判断してママさんを連れてきた。もちろん、サリナでも良いのだが・・・、ここは大人がいた方が良いと思った。ママさんは壁際の席に案内されて、優雅に着席している。


 続いて、各国の王様が付添を連れて入ってきた。水の国は王と女王の二人で、風の国は若い王と近衛隊長だ。森の国は王ともう一人見たことが無い男が一緒に入ってきた。そして、炎の国だが・・・、女王と子供が入って来た。女王は元王様のカーネギーが言っていた通り美人だった。年齢は40歳前後だろうか?少し目つきがきつい感じがするが背筋を伸ばして堂々と椅子に座った。連れてこられた女の子は俺より少し年下だろう。見た目は10歳を超えた感じのようだが、俺と目が合うとニッコリと笑った。


 ―こんな場所に子供を?


 全員が着席するとすぐにメイドたちがお茶をカップに注ぎ、それが終わったタイミングで水の王が口を開いた。


「各国の王よ、この度はお集まりいただいて感謝申し上げる。このような場を設けるのは数十年ぶりだと思うが、火の国で王位を継がれたイージス女王よりのお申し出によるものだ。イージス殿とお目にかかるのは皆も初めだと思うが・・・、イージス殿、一言ご挨拶をお願いできるかな?」

「水の国の王よ。この度は急なお願いにも関わらず、この場を開いていただき、感謝申し上げます。そして、森の国の王よ。先ごろの戦については・・・、先王の暴挙で貴国に大きな被害を与えてしまったことをお詫びしたいと思います。今日はそのお詫びと今後のわが国の在り方について、皆さまにご説明させていただきたいと思っております」


 女王は表情を変えずに他国の王と俺を交互に見ながらしっかりした口調で話し終えた。貧民街出身と聞いていたが、そんな風にはとても見えない。もっとも、火の国の人間だからそのまま信用して良い訳ではないと思う。


「うむ、かねてより貴国は自らの考えを押し付ける為に武力を用いることに抵抗が無い国であった。今後はそのようなことが無いと約束いただけるのか?」


 森の国の王は疑いの目を火の国の女王に向けて問いただしているが、戦争当事者であり当然の事だろう。戦勝国として賠償請求してもよいだろう。もっとも、この間の戦で戦ったのは主にミーシャとサリナだったのだが。


「はい、私たちは武力で自分達の考えを他国に押し付けることは致しません。ですが、反対に我が国へそのような押し付けがあった場合は戦いを避けるものではありません」


 なるほど、考えを押し付けないけど、言うことは聞かないと言うことか、厄介だな。


「ふむ、押し付けると言う事でもないが、この度の会議に当たり勇者殿から今後の4か国に対して条件が提示されておる。人の売買や奴隷制の禁止、それに獣人やエルフを他の人間と同じように扱う事、そういう事であったな」

「ええ、そうです。それを認めてくれないと困ります」


 水の国の王が俺の条件を改めて説明してくれた。今回の集まりに俺が参加したのはこの事を4つの国に守ってほしいからだった。火の国の女王は俺をまっすぐに見つめて問いかけてきた。


「勇者様にお尋ねするのですが、何故、獣人やエルフを我々と同じように扱わねばならないのでしょうか? あれらは異形の物であり人間ではありません。牛や馬を人と同じに扱わぬように、あれらも人として扱う必要はないと思います」


 火の国では牛や馬と同じと考えているのか、溝は大きいな。


「ですが、牛や馬は人の言葉を話しませんし、会話も成立しないじゃないですか。エルフも獣人も私たちと同じ言葉を話し、会話も成立する。見た目が多少違うだけで同じ人ですよ」


 実は俺の中でもこの問いかけは何度もしたことがあった。


 ―“人”の定義は何だろう?


 俺の解釈ではさっき火の国の女王に言った通りだった。見た目だけではなく、人としての思考を持ち、言語が同じなら“人”として扱うべきだ。じゃあ、言葉を話せる馬がいたら?・・・今のところはいないし、いたら、その時に考えることにしよう。


「なるほど、それが勇者様の考えなのですね。お考えは良くわかりました」

「じゃあ、炎の国も賛同してくれますか?」

「賛同? ええ、勇者様がそれをお求めならば我が国でもそのようにしたいと思います。ですが法を変えて民に伝えるのには時間がかかりますし、抵抗する者たちも現れるでしょう」


 火の国の女王は意外にあっさりと受け入れた。牛や馬と同じ扱いだったはずなのに・・・、何か魂胆があるのだろうか?ちなみに、普段は火の国と呼んでいるが、正式には炎の国と言うらしい。この会議にあたってマクギーから俺に説明があり、会議の場では“炎の国”と呼ぶことになっていた。


「法の変更を伝えるのに時間がかかるのですよね? それについては私も協力したいと思っています」

「協力とおっしゃるのは具体的には何をしてくれるのですか?」


イージスは目を少し大きくして、俺の提案に興味を持っていることを明らかにした。


「書状の作成と配布を手伝います」

「なるほど、確かに法令書状の作成だけでもかなりの時間がかかりますし、配布もすべての集落に配布するには日数がかかりますからね。勇者様にお願いすればどのぐらいでできるのでしょうか?」

「書状は何枚ぐらい作成するのですか? それと配布する集落の数は?」

「村や町は200ほどです。書状はそれに加えてあと100枚ほど書く必要があります。法務官は2名しかおりませんので、1名が書いて1名が内容を確認し、完成したものに私が署名をいたします」


 全部で200か所なら手分けすれば1日30か所ぐらいは車で回れるだろう、書状は用紙にこだわらなければコピーしてしまえば一瞬だな。


「書状は1日でできますので、後は女王の署名をいただくだけになるでしょう。配布は300か所なら近場以外の遠くを私が引き受けますので、1週間ほどで配り終えます」


「1日で書状を? 何人で書くおつもりですか?」

「ああ、魔法を使いますから。1枚見本をいただければ寸分違わぬものを私一人で何枚でも書くことが出来ます」

「そのような魔法があるのか?」


 森の国の王が身を乗り出してきた。他の王様も興味があるようだ。


「ええ、紙に書いた文字や絵をそのまま映すことが出来ます」

「どのようにするのだ?」


 王様たちが興味津々で注目しているが、この場にコピー機を出すわけにもいかないし・・・。


「準備に少し時間がかかるので、今は同じものはお見せできませんが、代わりにこれを・・・」


 俺は持ち物検査もされずに持ち込んでいたリュックの中からインスタントカメラを取り出して、火の国の女王に向けて写真を撮った。


「キャッ!」

「ウワァッ!」


 フラッシュが光った瞬間に王達が小さく悲鳴を上げ、水の国の近衛兵たちが俺の後ろに集まってくる。攻撃を仕掛けたと思ったようで、腰の剣に手をかけている。振り向いて笑顔を向けても兵達はまだ警戒を解かなかったが、切りかかってくる感じでもない。王達に向き直って、インスタントカメラから出てきた写真を確認すると綺麗に撮れていた。


「光で驚きましたか、失礼しました。この紙に女王の姿を映してみましたので、回してご覧になってください」


 俺は横にいて半身を引いている森の国の王に写真を渡した。


「こ、これは! な、なんと!」

「どうしたのじゃ・・・!? まさか?」

「これは私!こんなに小さい紙に細かい絵が・・・」

「凄い、本当にそのままが描かれている・・・」


 森から水、次に火から風と順番に王様の手を渡っていく写真で、王達は俺の言っていたことが理解できたようだった。


「書状は少しだけ違うやり方をしますが、結果は同じです。書いてある通りに写すことが出来るのですよ」

「なるほど、凄い魔法ですね。その魔法でしたら確かに書状の作成はすぐにできそうですね。では、ぜひご協力をお願いします。それで、公布はどのように?」

「ご存じだと思いますが、馬よりもはるかに速い乗り物があります。配る村の一覧をいただければ、責任を持ってお届けしますよ」


 既に隠しても仕方ないだろう。俺達が車を使って移動していることは各国に知られていることだ。


「そうなのですね。では、そのやり方でお願いしましょう。国へ戻ったら、さっそく発布する準備をいたします。ついては、勇者様には我が国へ一度お越しいただきたいのですが」

「ええ、準備が整うのはいつぐらいになりますか?」

「戻ってからとなりますから、今日より10日後ではいかがでしょうか?」

「良いですよ、では10日後に王宮へお伺いします」


 火の国の女王は不思議なぐらい協力的だった。そのことがむしろ不安になりつつあった俺に女王側から要望があった。


ーやっぱり何か条件があるんだな。


「それで、今回の件・・・戦の件や奴隷制の見直しに当たって、我が国としては勇者様と不戦の誓いを立てたいと思っております。もちろん、他の国へも戦争を仕掛けたりしないとお約束します。その証として、我が娘メアリーを勇者様にお預けしたいと思います」

「何です?預けるって?」

「それはどういう意味ですかな?イージス殿」


 俺には意味が分からず、水の国の王も驚いている。


「あら、そのままの意味ですわ。あそこにいるメアリーを勇者様の元に嫁がせていただきたいのです。できれば正妃として迎えていただきたいのですが・・・、既に決まった方がいるようなら側室でも構いません」

「はぁ!? と、嫁ぐ? って俺の・・・? でも、まだ子供でしょ?」


 驚いて思わず地が出てタメ口になってしまった。


「メアリーはもう13歳です。結婚相手を決めておかしくない年齢です。勇者様も十分なお年だと思いますが?」

「そんなこと言われても、私はまだ結婚するつもりはありませんから」


 この世界での結婚適齢期は現代の日本と違ってかなり若いらしい。10代で結婚するのが普通だとは聞いていたが、当事者意識は全くなかった。


 ―結婚? とんでもない話だ! しかも相手は13歳って・・・犯罪だ!

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