第245話Ⅱ‐84 本拠地

■エルフの里


 魔石探しが無事に終了したので、昼からはエルフ達と狩りに出かけることにした。今回はエルフ女子達からのお誘いだった。綺麗なエルフのお姉さまが10名以上でミーシャと俺のところにやってきた。


「この間やってくれた勇者の狩りをもう一度見せてくれ。大きな鹿が群れている窪地があるのだが、賢い奴らで気配を消して近づいても中々近づけないのだ。勇者の道具なら何とかなるのだろ?」

「良いですよ。行きましょう」


 いまだにブーンに対するいら立ちが残っていたので、ストレス発散のためにも銃を撃ちたかった。獲物となる鹿には申し訳ないが、美味しくいただくことで許して欲しい。


 前回同様に森の中をエルフ達について行くと息が切れたが、何とか目的の場所へたどり着いた。いったん水を飲んで呼吸を整えてから、少し下っている斜面の高い場所をゆっくりと下を見ながら風下へと移動する。


「あそこだ」


 ミーシャが教えてくれた場所は下った斜面が終わった底になっている場所だった。双眼鏡で見ると10匹ぐらいの鹿が木の実を食べているようだが、こちらには気が付いていない。双眼鏡の距離計は650メートルを示している。少し遠いが俺も練習と実戦で腕を上げてきた、風が弱ければ何とかなるだろう。


 リュックから狙撃銃を取り出して、二脚をつけて銃床を伸ばした。スコープを調整して、650メートルの距離に合わせる。エルフ達は後に並んで低い姿勢で俺のことをじっと見ている。


「風はほとんどないが、少しだけ左に流れるはずだ」

「了解、ありがとう」


 腹ばいになって伏射の姿勢になってから、天才的なスポッターになれるミーシャ先生の指示に基づいて、一番大きな牡鹿の胴体中心にスコープの十字線を合わせた。胸に当たる地面の凸凹が少し気になったが、ゆっくりと呼吸が落ち着いたところで、静かにトリガーを絞った。


 ―プシュッ!


 サプレッサーから低い空気が抜ける音とほぼ同時にスコープの中の牡鹿がその場にうずくまった。周りの鹿は飛びのくようなしぐさをしたがまだ逃げ出していない。不思議そうにきょろきょろとあたりを見回している。一番近くにいたもう一頭の牡鹿に銃口を向けなおしてすぐにトリガーを引いた。


 ―プシュッ!


 今度も命中したが、致命傷にはならなかったようだ。スコープの中では後ろ脚を引きずりながら鹿が暴れていた。もう一度、狙いを首の付け根当たりに合わせてトリガーを引くと、今度は弾かれた様に飛び上がって横倒しに倒れた。群れはバラバラに逃げ始めたが出遅れた雌鹿がいたので、胴体の中心を狙って最後の一発を放った。


 ―良し! ど真ん中!


「凄いなぁ! あんなに遠くの鹿を一度に3頭も仕留めたぞ!」

「ああ、飛んでいく矢もほとんど見えないしな!」


 ―ほとんど? 撃った本人には全く見えていないのに。


「じゃあ、獲物を絞めて持って帰るとしようか。今日は私たちがお前に美味い鹿料理を食べさせてやるぞ」

「そう? ありがとう。楽しみにしているよ」


 美しいエルフ達は楽しそうに傾斜を下って、獲物の方へと走り始めた。


「良いのか? お前の肉のほうが多分美味しいぞ」

「ああ、良いんだよ。せっかくだし、作ってもらえるならありがたくいただくよ」


 ミーシャは俺の料理の方を推薦してくれたが、俺としてはこの間のキャンプで料理作ってから、作ってみんなで食べること自体に魅力を感じていた。無論、有名店の料理や肉の方が味は良いかもしれないが、作るというプロセスの重要性を感じていたのだ。


「そうか、鹿は生肉も美味いからな。楽しみにしてくれ」

「えっ!? 生? 生で食べられるの?」

「もちろんだ、新鮮なものは生が一番だな。脂身が少なく柔らかいぞ」

「そうか・・・」


 ―生肉・・・は予定していなかったな。


 §


 エルフの里二日目の夜も宴会だった。エルフ達が振舞ってくれた鹿を中心に俺達のグリルで肉を焼いた。昨日同様に大勢で食って、飲んで、一部は踊っていた。鹿の生肉は驚いたことに大変美味しかった。タレとしょうがをつけて食べたのだが、ミーシャが言うように噛み応えも良く、肉の味が滲みだしてくる。俺が美味いと言うと、エルフ達はとても喜んでくれた。やはり、こういったコミュニケーションが大事なのだろう。


「サトル、長老から話があるそうだ」

「俺にか? 何の話しだろう?」


 エルフ女子たちと楽しく食べていた俺をミーシャが長老の元まで連れて行った。長老は今日もママさんと一緒にかなり飲んでいるようだ。ちなみに昨日だけで一升瓶は50本近く空になっている。


「どうかしましたか?」


 招かれるままにノルドとママさんの間に座りながら訪ねた。


「うむ、ブーンのところはどうじゃったかの?」

「ああ・・・、最悪でしたね。俺はあの腕輪は使わないことにしました」

「そうか・・・ふむ。それも良かろう」

「すべては勇者の心のままに・・・と言うことですね」


 ママさんは酔って赤くなった頬をひらひらと手で仰ぎながら笑っていた。


「勇者かどうかは別にして、あの精霊とは仲良くできないですね。いや、水の精霊も変な奴でしたけどね」

「ふむ。そうなのか」

「ノルドさんのお話では精霊は人間の子供っぽさを持っているようです。いたずら等を仕掛けて人間の気を引こうとする。サトルの事を好きだから色々なことをしてくるのでしょうね」

「好き・・・、こっちは大嫌いですがね」


 今思い出しても脂汗が出そうになる。高い場所に居るだけで背筋が寒くなるのに、足場のない空中にいきなり持ち上げられたのだ。少し漏らしたかもしれないぐらいだった。


「ふむ。それもお前次第じゃが、精霊は神の使い、勇者の味方じゃからな。必要な時にはその力を借りるがよい。明日にはここを立ち去るのじゃな?」

「ええ、早めにセントレアに戻ろうと思います」

「そうか、気をつけてな。お前たちにも闇の力は必ず目をつけておる。何かわしらでできることがあれば遠慮なく言ってくれ」

「ありがとうございます。また、遊びに来ますので、その時はよろしくお願いします」

「うむ。待っておるぞ、お前も早く酒を覚えると良いのにな」

「それは・・・、そのうち」


 曖昧な返事しかしなかったが、ノルドは顔中の皺を増やして頷いてくれた。すぐ横で聞いていたママさんも笑顔で見ていた。


「それで、王国会議が終わった後の事は具体的に考えているのですか?」


 ママさんは吐息がかかる距離から俺を見ている。酔っぱらって少しタレ気味の目も綺麗だった・・・、サリナのお母さんだけど。


「ええ、黒い死人達の首領とネフロスの神殿を探すのですが、その前に拠点を作ろうと思っています」

「拠点というのは“家”と言うことですか?」

「そうですね。家も含めて俺の居場所を作ると言うことです」

「居場所・・・、それでどこをあなたの居場所にするのでしょうか?」

「水の国の女王に会ってから決めたいと思っています。転移場所をどこに作るかと言うのが関係してくるので・・・」

「そうですか・・・、でも、本当はもう決めているんでしょ? もったいぶらずに教えてください」


 ママさんは俺に肩を軽くぶつけながら、俺の目を覗き込んだ。


 ―ちょっと近すぎ!


「いえ、ほ、本当に決めてないんですが、獣人の村にしようと思っています」

「あら!? 獣人の村? なぜ、あそこに?」

「うーん、何だかあそこの村を見ていると何とかしないといけないなって思ったんです。それはこのエルフの里も同じだと思うんですが」

「何とかする? 問題があると・・・」

「問題と言うか、この世界全体で獣人やエルフと人間がもう少し交流した方が良いんじゃないかと・・・」

「そうですか、それは良い考えですね。すべては勇者の心のままに・・・」


 王国会議でエルフや獣人たちを迫害したり奴隷にしたりするのをやめてもらうつもりだったが、それだけでは種族間の融和は出来ないと思っていた。それぞれの生き方や考え方を尊重して共存するためには、もっとお互いを知る必要がある。だが、その前にエルフや獣人たちの生活を豊かなものにしないとお互いを尊重するのも難しいと考えていた。


―俺も獣人たちも、そしてエルフ達も楽しく暮らせるように・・・。

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