第209話Ⅱ‐48 黒い思惑 2

■火の国へ向かう街道


 9万枚の金貨と馬車はストレージに収納して、馬はつながずに炭焼き小屋の前に放置することにした。馬もこの世界では高級品だが、車に積むのも大変なので一旦あきらめるしかないだろう。捕えた奴らは出血が止まる程度に治療をしてやって、ストレージから取り出したコンテナの中に全員入れておいた。コンテナを外からロックして息ができるようにドリルで穴を何か所から開けてやったから、窒息することは無いはずだ。捕まえた奴はセントレアに戻るときに立ち寄って解放してやるつもりだったが、すぐに動かれても困るのだ。サリナ達の車に金貨を1万枚積んで見送り、俺はミーシャを横に、ママさんとリンネを後ろに乗せてクロカンタイプの4WD車で街道を西に進んだ。


 真っ暗な街道でライトをハイビームにして時速50km平均ぐらいで走っているが、この速度でも目指す場所は馬車で3日と言っていたので、3時間弱ぐらいはかかるはずだ。街道をシモーヌ大橋の手前の分かれ道で右に行くと目指すルッツの村だと言うのだが・・・。


「マリアンヌさん、暗闇で村が見つかりますかね?」

「大丈夫ですよ。なにか建物があればそれが村のはずです。道の傍に村はあるはずですから、この明るい光があればすぐに見つかります。ですが、捕らわれている場所は聞けたのですか?」

「いえ、でも村長の家の場所を聞いていますから、村長に教えてもらうつもりです」


 ―若い女、それも少女を誘拐する手助けをする村長・・・、ろくでもない奴だ。


 俺はイラつきながら少しアクセルを踏み込んで車の速度を上げた。村長には色々と教えてもらわないといけないし、キツクお説教をしてやるつもりだ。


 ■ルッツの村


「ギィャァー!」


 村はずれにある大きな小屋の中で、檻の中の女たちを眺めて一人で酒を飲んでいた男の口から絶叫が迸った。突然、肩のあたりに焼ける痛みが走り、文字通り炎がついたのだ。男は炎を手で振り払おうとしたが、炎は体の中から噴き出すように燃えている。痛みをこらえて立ち上がり、小屋の片隅においてあった大きな水瓶に腕から肩までを浸して炎を消した。激痛が走った場所からは大量の液体が流れ始めていて、焼かれたというより刺された状態になっているようだった。


 ―まさか影が? それに血か? 


 人買い頭として活動しているリウは首領の使いとしても活動しているが、自分の影を分身として操る影使いだった。今回はこの国一番の金持ちの息子―ユーリを捕らえて、首領から預かった薬を飲ませたうえで、ユーリの影に自らの分身を潜ませてあった。影はリウの考え通りにその場で動いてくれる。今は金貨と一緒にいるユーリの影の中で様子を伺い、皆殺しにできるタイミングをうかがっていたが、その影が燃やされた?


 ―気づかれたのか? 何故だ!? まだ実体を持たせていないのに!


 リウの影は影の中から離れて実体を持つ影人形として剣を振るうことも出来る。しかし、今回は影の中に入ったままで見られたはずはない。痛みと出血で意識が遠のきそうになってきたが、置いてあった手ぬぐいを動く片手と口を使って傷口に縛り付けて、何とか意識を保っていた。


 ―おかしい・・・、なぜ血が出るのか?


 そもそも死人の体になってから、ケガをしてもすぐに塞がり血が出なくなっている体だった。それに、実体のない影に傷を与えて、俺自身に剣を届かせる方法など・・・。リウは死人になって初めての激痛に苦しまされていた。骨も何か所か折れていて、背中まで剣が突き抜けたようだ。


 ―これは早く首領に伝えないと・・・


「兄貴、大丈夫ですかい?」


外で酒盛りをしていたはずの手下が声をかけてきた。


「ああ、お前たちは周りを見張っておけ」

「へい」


 小屋の中には檻として仕切られている格子の向うに若い女たちがいた。床の上に汚れた毛布を巻き付けて、リウの絶叫を聞いて怯えていた。その中には二人の獣人の娘エルとアナがいたが、アナは涙を流してエルにしがみついている。


「お、お姉ちゃん、怖いよ・・・」

「大丈夫、大丈夫よ。きっと助けに来てくれるから・・・」


リウは娘たちを眺めながら、首領への連絡を始めていた。


■セントレアに向かう街道


 ―シュッ!


 ショーイが使う炎の剣は高級ミニバンの鋼板や合成樹脂等を紙のように通り抜け、床にあったユーリの影を床ごと貫いていた。具体的に何がいるのかがわかっていたわけではなかったが、ショーイは車の中に“殺気”が生まれたのを感じていた。車から降りて背中を向ければ襲い掛かるかと思ったが、誘いには乗ってこなかったようだ。だが、殺気はそのままそこにある・・・。炎の剣ならば普通では切れない魔の力も切れる、そう信じていたショーイは躊躇せずに殺気が残っている場所へと一気に剣を突き立てたのだ。


 確かな手ごたえがあった・・・が、その瞬間に殺気は消えていた。ショーイが剣を抜き、鞘に戻すと車内から大きな声が聞こえてきた。


「あー! 車に穴をあけた! なんで、そんなことするのかな!? ショーイはダメだよ!サトルに叱られるじゃない!」


 怒るサリナの声で眠っていたハンスも起きてきた。


「どうした、サリナ、ショーイ何があったのだ?」

「ああ、何かのいる気配があったからな。追い払っておいたんだよ」

「何かとは?何なのだ?」

「いや、分からないが間違いなく殺気を持っていた」

「そうか、それでもう大丈夫なのか?」

「ああ・・・、手応えはあった。もう殺気も消えた」

「ねえ、何の話をしてるのよ! 車に穴をあけちゃダメでしょ!」

「いや、サリナ、良いのだ。必要だったのだ、私からサトル殿に説明しておく」

「本当に!? うん、じゃあ、わかったけど・・・」


 サリナは不満そうだったが、ハンスの説明を聞いてあきらめたようだ。サリナとしてはサトルから預かっている大事な車を傷つけられるのが許せなかったのだが、ハンスが言うなら従うしかないと思っていた。


 ハンスはショーイが言うことを全面的に信頼している。サトルはショーイをあまり当てにしていないようだが、ショーイが剣の達人であることは間違いない。黒い死人達に関わっていた時期もあるが、それも目的があってのことだった。父親を殺した男―ゲルド―の情報を得るために、若いころから修羅場をくぐってきている。人を殺したことも数えきれないぐらいにあるはずだ。もちろん、黙って殺されるつもりがない相手は当然に殺気を放ってくる。そういう殺気は早くに察知できなければ、命とりだった。ショーイは“気”を感じる訓練を子供のころから何度も父親に仕込まれていた。目をつむった状態で後ろにいる父親が強い気を当ててくる。実際に獣を斬るときの殺気を横で見て感じる。そういったことを繰り返して“気”に対する感度をショーイが磨き続けていたのをハンスは知っていた。少し勘に頼りすぎるところはあるが・・・、ショーイが殺気を捕らえたというのなら間違いなくそうなのだろう。


 ハンスはユーリの様子を伺ったが、周りの騒ぎは気にせずに眠っていた。まだ、状態が良くなったようには見えない。


 ―ショーイが追い払った何かでは無いのか・・・。ならば、ユーリにはまだ・・・。

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