第208話Ⅱ‐47 黒い思惑 1

■ボルケーノ火山 洞窟


 入り組んだ洞窟の奥で二人の男がテーブルの上の水晶石を眺めながら顔をしかめていた。壁のランプの光で揺れるように見える肌は白く、二人とも血の気が感じられないが、目鼻立ちの整った美少年と言っていい面立ちだろう。


 水晶石の中には術を施して送った男が見ているものが映っていたが、そこに映ったものは二人の男には理解できないものがいくつもあった。


「ギリウも追い払われたか・・・」

「ああ、やはりあの氷魔法の力を見ると勇者の一族、マリアンヌという女は恐ろしい魔力を持っている。だが、もっと気になのは・・・」

「そうだ、突然現れた箱のようなものや、ギリウを切り裂いた弾けるもの・・・、それに手に持っていた黒い筒からも矢のようなものが飛んでいくようだな」


 男たちはユーリの目を通じてサトル達の戦いを見て、単なる魔法以外の何かが自分たちの敵にあることをはっきりと理解していた。


「火の国が敗れたことにも、あの黒い筒等が関係しているのだろう。何百もの兵が肩や足を怪我したというからな」

「あの女はエルフだな、エルフが新しい武器を手に入れたのか?」

「うむ、そうかもしれんが、もう一人の若い男も使っていた・・・、あの男が投げた弾けるものでギリウは逃げ出したのだ」

「・・・」


 男たちは人を食らう地中の怪物―ギリウ―が簡単に追い払われたことにショックを受けていた。見た目は少年のようだが、二人は数百年の時を生きる死人で話しぶりは老成している。


「まあ、今回の件で敵の情報が得られたのは収穫だろう。これまでは知らぬ間にアジトを襲われていたからな。これからはこちらが襲撃を繰り返す番だ。手はいくらでもあるし、次の手も用意してある」

「それに、10万の金貨は確かに持ってきていたからな。あれはいただくことにしよう」

「影の者の用意はできておるのだ。いつでも、大丈夫だろう」

「こいつらは、この後どうするだろうか?」

「息子の無事が確認できたのだ、金を持ってセントレアに戻るだろう」

「ならば」

「そうだな・・・」


■火の国へ向かう街道脇 炭焼き小屋


 俺は必要な情報を得てどうするかを考えていた。すぐにでもルッツへ向かって、エルとアナを助けに行くべきだが、イースタン達をセントレアに送ってやる必要もある。それに、ユーリの状態も気になっていた。


 ―あれは洗脳か? ひょっとすると敵に操られているかもしれない・・・


 時間はまだ19時を回ったところだが、どうするべきか・・・、二手に分かれるか。俺はみんなをイースタン達が入っているシェルターから離れた場所に集めて、小声で計画を話し始めた


「サリナ、お前は今から車でセントレアへイースタンさんたちを送ってくれ。ハンスとショーイも護衛でついて行ってくれ。金は・・・1万枚ぐらいなら積めるだろう。残りは俺が預かっておくよ。馬車と馬はここに置いていこう」

「サトル達はどうするの?」

「俺達はエルとアナが連れていかれたところへ向かう。この話はイースタンさんとユーリの前ではするなよ」

「なんで! サリナもエル達を助けに行きたいよ! それに、なんでイースタンさんの前でしゃべっちゃダメなの?」

「声がでかい! ユーリは・・・、洗脳・・・、操られているかもしれないからな、俺たちの行動が伝わるかもしれない。まだ、20時だから車で行けば今日中にセントレアに戻れるだろう」

「でも・・・」

「サリナ、サトルさんの言う通りになさい。あなたでないと車の運転ができないのですよ」

「そっか・・・。うん、わかった!じゃあ、サトルがエル達を必ず連れて帰ってね」

「ああ、見つけてくるよ」

「私もサトルさんと一緒に行きますよ」

「あたしも行くよ」


 ママさんとリンネは当然のように言ったが、リンネはともかくママさんにはサリナと一緒に戻ってもらうつもりだった。


「ですが、セントレアに戻るほうも心配なので、マリアンヌさんにはセントレアに一緒に戻ってもらったほうが良いと思います」

「大丈夫でしょう。ショーイもいますからね。ショーイ、あなたがいれば大丈夫ですよね」

「ああ、任せてください」


 ―ショーイか・・・、化け物相手に大丈夫か?


 俺の心配をよそにショーイは誇らしげにママさんに返事をしていた。


■セントレアに戻る街道


 サリナは4WDミニバンに金貨1万枚と大人4人を乗せてセントレアに向かう街道を東へと向かっていた。いつもより重い車重でブレーキが効きにくかったがすぐに慣れてきた。


 ―エルとアナ・・・、大丈夫かな・・・


 イースタン、ユーリ、そしてハンスは疲れたのか後ろの座席で寝ている。ショーイは横の座席で警戒を怠らないようにあちこちを見てくれている。お母さんに言われたから頑張ろうとしてくれているのだろう。


 ―おかあさん・・・、どうしてサトルについて行ったんだろう? 心配なのかな?

 ―理由はよくわからないけど、あっちも危ないってことかな?

 ―サトルは戦が終わったらお休みでどこかに連れて行ってくれるって言ってたのに・・・。

 ―でもエル達を見つけなきゃ!あの子たちは私が守るんだもん!


 サリナが運転しながら悶々としているときに、車中ではユーリの影の中から二つの目が覗いていた。車の中に明かりは無いが、ヘッドライトの照り返しで車内にはうっすらと光が入ってきている。薄いユーリの影でその目が周りを見回すように動き始めた。動いていた目が止まると影の形が変わり始め、黒い塊となって影から剥がれるように床を移動し始めた。


 ―これは?ここは、何処なのだ?


 影は戸惑っていた。見たことの無い形の椅子があり、周りの景色が凄い速さで流れていく。


 ―新しい馬車のようなものか?


 影は足元を移動しながら、座席で寝ている男達を確認して後ろの荷台に回った。


 ―金貨の袋が5つしかない・・・、残りはどこだ?


「サリナ、ちょっと車を止めてくれよ。小便がしたいんだ」

「えー! もう少し我慢できないのー。あと一時間ぐらいで着くよ」

「ああ、急にしたくなったんだよ。頼むよ」

「そっか、わかった。早くしてよね」


 黒い塊となっていた影はショーイとサリナの話を聞いて、慌ててユーリの影に戻った。最後列のシートで眠っているユーリは全く起きる気配がなく、静かな寝息を立てている。サリナが車を街道の端に寄せて車を止めると、ショーイはすぐにドアを開けて降りていき、近くの木に向かって立った。


「もーう、こんなところでおしっこなんて!」


 運転を使命と感じているサリナは不満そうにぼやいて、車のハンドルを軽くたたいて待っている。ショーイは用を足すと、ぶらりと車の後ろに戻り始めたが、足取りを変えずに肌身離さず持っている炎の剣を静かに抜き、炎を纏わせると同時に車の後ろからドアをいきなり刺し貫いた!

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