第206話Ⅱ‐45 受け渡し 2

■火の国へと向かう街道


「ミーシャ、林から馬に乗った男が二人出てきた。そっちを追いかけているから注意しろよ」

「承知した」


 ミーシャからは落ち着き払った声が返ってきた。まあ、当然だ。二人でミーシャ相手には何もできないだろう。俺はカメラのモニターで馬車の後ろを映しているところをしばらく眺めていると、だんだんと馬に乗った男たちが近づいてくるのが分かった。


「来たぞ」

「ああ、分かっている」


 俺とミーシャが短いやり取りをしていると二人の男たちは馬車に並びかけてきた。


「イースタンだな、馬車を止めろ」

「お前たちがユーリを? ユーリと他の二人はどこだ?」

「安心しろ、この先で預かっている。先に金を確認させろ」


(イースタンさん、馬車を止めて言う通りにしてください。ミーシャ、相手が変な動きをしないか注意して)


「わかった、馬車を止める。ちょっと待て」


 イースタンとミーシャは俺の無線の指示通りに馬車を止めると、一人の男が馬から降りてイースタンの案内で荷台に乗り込んで中を改め始めた。


「金貨は2,000枚ずつ袋に入れた。全部で50袋あるからちょうど10万枚だ」

「そうか、そいつとそいつを開けてみろ」


 無線からはイースタンと男のやり取りが聞こえてきたが、袋を開けて確認しているようだった。俺は荷台の中にもカメラをつけるべきだったと少し後悔していた。だが、確認は無事に終了したようだ。


「他も重さがあるから大丈夫のようだな。このまま西へさらに進め、また合図するからな。妙な気を起こすんじゃないぞ、金を払えば息子の命は助けてやる」

「わかった。だが、あとの二人も返してくれ」

「あとの二人? 二匹の獣人のことか? あれが必要なのか?・・・あれは既に別のところへ送ったから無理だな」

「ダメだ。あの二人も一緒じゃないと金は渡せない」

「なんだと! 手前、こっちが下手に出てりゃあ調子に乗りやがって! 今、ここでお前を殺して、全部奪って行ってもいいんだぜ!」

「・・・」

「*#〇・・」


 はっきりとは聞き取れなかったが、馬車の外から中の男に声がかかったようだった。


「チっ! わかったよ。あの二匹も返してやる。だが、今日の夜遅くになるぞ。次の町ルドランを通り過ぎてそのまま進み続けろ」


 荷馬車から降りた男は馬に乗って西の方角に馬車を置いて走り始めた。


「イースタンさん、馬車の外の男は何と言っていたのですか?」

「はい。外の男は“ここでもめ事は起こすな”と言っていました」


 なるほど、“ここ”でか・・・、だったら他ならやるつもりかもしれないな。


 イースタンの馬車がルドランの町に到着したのは日暮れ近くだった。馬車にはランプがつけられるようになっているので、夜間でも進むことは可能だ。だが、イースタンは1日中荷馬車に乗っているために、かなり疲れているようだったので、食事のために1時間ほど休憩をとってもらった。その間に大金を積んだ馬車は徒歩で町に入った俺とサリナが離れた場所から見張って、残りのメンバーもバラバラに歩いて町を抜けていった。町の中に誘拐犯の一味が紛れ込んでチェックしていないとも限らないと思っていた。だが、特に怪しい人影を見かけることもなく、メンバーはルドランの町を抜けて一番近くにあった林で再集合し、俺達もイースタンが戻ってきたときにゆっくりと見張り場所から離れて集合場所へ移動した。


 馬車は真っ暗になった街道をランプの光を頼りに西へと進み、俺達もライトを消した車でそのあとを離れて追いかけていた。俺はハンスと運転を代わり、俺もサリナも暗視ゴーグルをつけているので暗闇でもゆっくりなら視界に全く問題なかった。ハンスは初運転が長時間で疲労困憊といったところだったので、後部座席で休んでもらっている。


 暗闇の中では俺がつけたカメラはほとんど役に立っていない。相手がそこまで考えているはずはないが、犯罪者は闇を利用するのが得意なのだろう。そんなことを考えているとミーシャの声がイヤホン越しに聞こえてきた。


「少し先の深くなった林の切れ目でランプが点滅している。合図のようだが・・・、さっきの二人組だな」

「わかった、慎重に近づいてくれ。いつでも撃てるようにね」

「承知した」


 まあ、言うまでもなくミーシャはすぐに撃てる準備はしているはずだった。今回は手元にグロックを2丁と御者台の後ろに5.56㎜弾のアサルトライフルを1丁隠してある。弾とマガジンはベストのポケットがパンパンになるまで入れていた。


「どうやら林の切れ込みから左に入れと言っているようだな」

「わかった、距離を詰めるからゆっくり進んでくれ。サリナ、少しだけスピードを上げて馬車に近づいてくれ」

「承知した」

「わかった!」


 ミーシャの馬車のランプがはっきり見えるぐらいまで近づいたところで、先行する馬車は林の中へと入っていった。俺達は荷馬車が曲がったと思われる場所の500メートルぐらい手前で車を止めた。これ以上車で近づくと、気づかれる可能性があった。


「ここからは歩いていきます、ショーイとハンスはしんがりで誰も来ないか背後の警戒をしながらついて来てくれ、サリナ、リンネ、マリアンヌさんは俺について来て」


 暗闇の中で全員の頷きを確認して、俺は林の中を進みだした。途中で何度か振り返ったが、意外なことに暗視装置をつけていない女性陣もほぼ遅れずについて来ていた。ひょっとすると、現代人の俺よりも暗いところを歩くのに慣れているのかもしれない。


「前のほうにかがり火が焚かれているな。何か小屋があるようだが・・・、炭焼き小屋かもしれないな。・・・、10人ぐらいの人間がいるようだ」

「そうか、俺達は森の中を走って追いかけているから、ゆっくりと進んでくれ」

「承知した」


 重い荷物を積んだ荷馬車は歩くほどの速度でしか進んでいない。小走りに進んでいく俺達の目にも馬車のランプとその先に見えるかがり火・・・、焚火が見えてきた。


 馬車はそのまま進んで小屋の前の開けた場所の手前で止まった。火の明かりに照らされた場所には男たちの影が浮かんでいる。


「ユーリは、3人はどこにいるのだ!?」


 イースタンが声を上げて馬車から飛び降りて前へ出ようとした。


(イースタンさん、ミーシャの傍から離れないで)


 無線の俺の声を聴いて、イースタンは引馬の横で立ち止まってくれた。


「心配するなよ。小屋の中にいるから見て来いよ」

「いや、3人の無事が分かるまではこの馬車からは離れられない」

「はぁ? そのままそこにいたとして、お前に何ができるんだ?」


 話をしていた男は小ばかにしたように鼻で笑いながら、イースタンのほうに向かって歩き始めた。


(ミーシャ、それ以上近づくと天罰が当たると言ってくれ)


「そこで止まれ。それ以上近づくと天罰が当たるぞ」

「? なんだ? この女? 天罰だ? 面白れぇ当ててもらおうじゃねえか!」


 男は警告を無視して2歩前に進んだが、突然右膝に強烈な衝撃を受けて横倒しになった。


「ぎゃっぁ! 痛ぇ、足がどうにかなっちまった。」


 俺は男たちの真横の位置まで既に回り込んでいて、消音器付きアサルトライフルで警告を無視した男の右膝を撃ち抜いていた。


「ショーイ、サリナ、二人で小屋の裏側に回って様子を見て来てくれ。」


 俺が小声で指示をすると二人は頷いて小走りに動き出した。


「リンネ、黒虎を出すから周りを囲んで誰も逃げられないようにしてくれ」

 

 すぐにストレージから取り出した5頭の黒虎はリンネの指示で周囲の暗闇へ走っていった。その時には焚火の周りでは剣を抜いた男たちが倒れた男のもとに駆け寄っていた。


「おい! お前何をしたんだ!」

「何もしていない。忠告を無視したから天罰が当たったのだ」

「うるせぇ!ふざけんなよ、手前も降りろよ! 思い知らせてやる」

「やめておけ、それ以上近づくとお前にも天罰が当たるぞ」

「何を! ふぎゃうっ!」


 警告を無視したもう一人の太ももを撃ってから、ミーシャに無線で話しかけた。


(動くと足が一生使えなくなる天罰が下ると言ってくれ)


「わかったか? そこから動くと足が一生使えなくなる天罰がくだるのだ」


 ―おい、一体どうなってんだ? 知るかよ! 足が一生って・・・


 取り囲もうとしていたはずの男たちの間に脅えが走り、顔を見合わせている。


「小屋の中にいるなら、早く連れて来てくれ。3人とも無事なら金は持って行って良い」


 イースタンは緊張しながらも、しっかりと要望を相手に伝えた。


「中には・・・、お前んとこの息子しかいないんだよ!」 

「ユーリ、ユーリは無事なんだな!」

「ああ、ちょっと弱ってるかもしれねえが、ケガ一つしてねえよ」

「そうか、あとの二人はどこにいるのだ?」

「それは・・・、どこかに連れて行かれちまったよ」


 エルとアナはここにいないのか、だがユーリは開放することが出来る。金を追いかけるつもりだったが、ユーリが解放されるとなるとそれは難しいな・・・。


(ミーシャ、見える敵は倒していいぞ。サリナ、ショーイにも伝えて小屋の中のユーリを解放してくれ)


「わかった!」


 サリナの返事が無線から聞こえると同時にミーシャが御者台の上から、ハンドガンで男たちの膝を撃ち抜き始めた。


 ―ガぁっ! ぎゃぅっ! だぁー! 痛い!・・・


 思い思いの悲鳴を上げながら男たちがその場に倒れていく。同時に小屋の中からも大きな声が聞こえたが、すぐに静かになった。地面に転がった男たちを警戒しながら小屋のほうを見るとショーイに支えられてユーリが出てきた。


「ユーリ!」

「と、父さん・・・」


 イースタンは走り寄って、ショーイの腕から息子を支えながら引き取った。


「怪我はないか?」

「うん・・・」

「食事や水は与えられたのか?」

「うん・・・」


 見える範囲では痣などもなく、暴行は受けていないようだったが、ずいぶん弱っているようだ。何か薬でも盛られたのだろうか?


「サリナ、ショーイ、倒れている奴らをいつものように縛り上げてくれ」

「うん、わかった! ビリビリね!」

「油断するなよ」

「大丈夫! 任せてよ!」


 ちびっ娘はショーイをボディーガードに倒れている奴らへスタンガンを当て始めた。


「ミーシャ、このあたりには他の敵はいないよな?」

「ああ、リンネの魔獣がうろついているが、後は誰も・・・!」


 ―ゴ、ゴゴォーッ!!


 ミーシャが言い終えないうちに突然地鳴りが響き渡り足元が揺れ始めた。

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