第205話Ⅱ‐44 受け渡し 1
■水の国首都セントレア イースタン屋敷
イースタンは王との面談を終え、王宮から無事に金貨15,000枚を調達する手配を整えて帰ってきた。これで身代金の用意はできたが、俺の準備がまだ残っていた。地球だったら金貨の袋や馬車にGPSトラッカー等を仕込んで追跡したいのだが、この世界にGPS衛星が飛んでいるわけもないので、まずは馬車に無線で画像が確認できるカメラを前後左右に6か所取り付けた。馬車を離れた場所から車で追いかけながら、モニターで監視するつもりだった。
次にイースタンに無線の使い方とハンドガンの扱いを覚えさせた。イースタンは驚いていたが、俺がやってほしいことは素直に従ってくれたので、銃の訓練で10メートルぐらいなら十分に人を倒せるまで練習を繰り返した。
「この銃というのは売っていただくことはできるのでしょうか?」
「いや、武器を売るつもりはありません」
商売人のイースタンはさっそく新しい商売ができないか考えたようだが、俺の無尽蔵にある武器はこの世界で提供するつもりは無かった。使っていいのは俺とミーシャだけ・・・、ミーシャと俺・・・、少し嬉しい気がするな。
馬車には簡単に食べられる食糧や寝袋も積み込ませた。金貨十万枚は重たい重量だったので、大型の馬車で4頭引きにしたものを用意してあったから、荷物を置くスペースはかなりあった。具体的な受け渡し場所や日時が書いていない以上は明後日ここを出発したからと言って、その日のうちに金貨を取りに来るとは限らないのだ。
追跡する俺達は商用バンに乗り込んで、2kmほど離れて追いかけるつもりだった。バンの荷室にモニターや椅子などを設置して警察などの指令室っぽくしてみた。それと出発前にサリナにもドローンの操縦を覚えさせた。上空から逃げる敵の行先を追いかける必要があるかもしれないので、俺以外にも操作できるようにさせておきたかったのだ。ちびっ娘は相変わらずの適応能力を発揮して5分ほどで自由自在にドローンを操れるようになっていた。このあたりの才能は勇者の血筋だからかもしれないと感心する。残念ながらドローンの飛行時間は30分程度のものが多かったので、長時間上空から監視するのは難しかったが、犯人たちが現れ、そしてどこかに向かう時に追跡するには役立つはずだ。
―後は・・・、作戦会議だな。
「では、みんなで一度打ち合わせをしようか」
■イースタン屋敷 ラウンジ
イースタン屋敷の広いラウンジに集まって、今回の身代金授受についてのミーティングを開始した。俺もドラマや映画で見ただけの知識しかないが、受け渡しが最大のポイントだろう。現金と引き換えにユーリ達を開放してもらうべきだが、受け渡し場所も指定していないとなると最初から人質を解放せずに襲撃される可能性も考慮する必要があった。だとすれば・・・。
「相手の指定はイースタンさんと女性の御者ということだから、御者としてミーシャに行ってもらえるか?もちろん、銃と弾薬はたっぷりと積み込んでおいたから。何かあれば徹底的にやっつけてくれて構わないし、俺達もすぐに急行する」
「もちろんだ、お前の指示に従おう。イースタン殿には私も世話になっている身だからな」
今回はかなり危ない任務だからミーシャ一人で行かせるのは心配だが、相手の指示に従わなければ、ユーリ達が危ない。戦闘力と適正から考えると、これがベストの選択だろう。
「それで、私はどうしたらよいのだ?」
「うん、ミーシャは相手が金だけ奪おうとしたときに、相手を倒してほしいんだ。もちろん、ユーリ達が3人いれば金を渡してもらって構わない。怯えたふりをして、そのまま馬車に乗っていてくれ」
「三人を取り戻したら相手を倒してもよいのではないのか?」
「いや、金の行先を追いかけたいんだよ。そこに黒い死人達の本当のアジトがあるような気がするんだ」
「そうか、わかった」
ミーシャ一人でも100人単位ぐらいなら何とでもなるような気がしたが、金を奪った先にいる幹部の居場所を知りたいのだから、ミーシャ様のご活躍はまたの機会にお願いすることにしよう。
「それと、イースタンさんには申し訳ないですがユーリ以外の二人も開放してもらうまではお金を渡さないでください。何を言ってきても“三人とも開放してもらうまでは金は渡さない”と言ってください」
「それは・・・、分かりました」
少し不満というより不安そうな顔を浮かべたが、俺の言うことに同意してくれた。相手がどう出てくるかわからなかったが、先に金を渡して人質が帰ってくる保証がない以上は渡せない。それに、ユーリと同じようにエルとアナの命も俺達には大事なのだ。
「サリナはどうすれば良いの?」
「お前は車の運転を頼むよ、俺は車の後ろで馬車に取り付けたカメラから周りを警戒しておく。ミーシャとイースタンさんにも無線を取り付けてあるから、いつでもお互いが話ができるように無線のスイッチは切るなよ。それと無駄な話はせずに静かに運転していろ」
「うん、わかった! 任せてよ!」
ちびっ娘も素直に役割を受け入れた。後は・・・。
「ハンス、マリアンヌさん、ショーイ、リンネはどうします? ここで待っている?」
「一緒に行きますよ」とマリアンヌ。
「俺も連れて行けよ!」とショーイ。
「一緒に行くさ」とリンネ。
ハンスは考えていたが、ボソッとつぶやいた。
「私はここに残りましょう。車の都合もあるでしょうし」
「そうだね、全員が1台の車に乗るのは無理だから・・・、じゃあ、ハンスも運転の練習してみるか?」
「良いのですか!?」
ハンスは心底嬉しそうな表情で俺を見返した。俺もハンスだけを置いていくのも仲間外れみたいで気が引けたので、何か役割を与えるほうが良いような気がしてきたし、ドライバーが増えれば違う動きもできるだろう。オートマなら片手でもなんとかなるか・・・。
「ああ、少し不自由なところがあるかもしれないけど、街道をまっすぐ走る程度なら大丈夫だろう。じゃあ、明日練習しようか」
「はい! よろしくお願いします!」
元気な返事が返ってきた。大きな虎系獣人のハンスの浮かべた笑顔は爽やかだった。やはり何かの役割を与えられるのは嬉しいのだろう。リカルドは既に別室で奴の資料や俺が与えた地球の資料を見比べながら興奮しているので、当然ここに一人で置いていくつもりだったが。
■火の国へ向かう西方街道
ハンスの運転はお世辞にも上手いとは言えなかったが、4時間ほどオートマを運転させると、進む、曲がる、止まる、ぐらいはなんとかできるようになった。最初は小さい車のほうが良いと思ったのだが、4輪バギーに乗せると足がはみ出して動きずらそうだったので、大型のピックアップトラックに変えて、履いている革靴も運転しやすそうなものに変えてやった効果があったのだろう。今は、俺の後ろをゆっくりとついて来ている。
ミーシャとイースタンが乗った馬車は2kmほど先をユルユルと進んでいる。金属で補強された木製の馬車は金貨の重量でギシギシと音を立てながらゆっくりと進んでいく。カメラ越しの馬車から送られてくる映像は揺れまくっていて、モニターを見ていると5分で酔いそうになったので、俺はミーシャから連絡があるまではモニターを見ることを放棄した。
―指令室? 意味ないっちゅうねん!
2時間ほど走っていると、サリナが退屈になったのだろう。言いつけを無視して、ミーシャと俺達に無線で話しかけてきた。
「悪い人はどこにいるのかな? お兄ちゃんの運転は大丈夫かな?」
「まだ、このあたりには
ミーシャは御者台で馬を操りながら冷静に分析している。
「ねえ、お兄ちゃん!運転は大丈夫?」
「あ、ああ、なんとかな。進むだけなら何とかなるからな」
「そっか。良かったね、サトルが運転を教えてくれて!」
「あ、ああ、感謝している。サリナ、すまんが話しかけんでくれ、運転に集中したいのだ」
「わかった! サトル、ありがとうね!」
「良いから、黙って運転してくれよ」
「ご、ごめんなさい・・・」
優しく言ったつもりだが、サリナは凹んでしまったようだ。面倒な奴だ。
「お前も運転に集中して、変な奴がいないか見張っておいてくれよ。馬車の後ろを見張っている奴がいるかもしれないからな。お前の目が頼りなんだぞ」
「頼り? サリナが頼り・・・、うん、わかった! 頑張る!」
―これで良しと・・・
馬車はそのまま西へ進み、ミーシャや俺達が休憩で簡単な昼食をとっても犯人たちからのコンタクトは無かった。だが、さらに西へと進み日が傾きだしたころに無線でミーシャから連絡があった。
「左の林の奥に人がいる。一人、いや二人だな」
「出てくる気配があるのか?」
「いや、今のところは動かないが・・・」
ひょっとして後ろをつけてくる人間を確認しているのかもしれない。俺達は2kmほど離れてミーシャの馬車について行っているから、すぐに見つかるとは思わなかったが、ミーシャの言った林が見える場所の手前で車を止めて双眼鏡で林の様子を伺った。
最初は何も見えなかったが、馬車が通ってから3分ぐらいたつと馬に乗った男が二人出てきて、こちらのほうを眺めてからミーシャが進んだ方向へ馬を進め始めた。
―背後から襲うつもりか? いや、二人は少なすぎるだろう・・・だったら何を?
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