第187話Ⅱ-26 親子の再会 6

■森の国 西の砦 近郊の森


 俺達が西の砦の近くまでたどり着いた時には殆ど日が沈みかかっていた。途中で逃げて来る兵を捕まえて、どんな戦いが起こっていたのかを聞いてみたが、サリナ達は大きな部隊を南北に分断してから北に攻めあがって行ったらしい。怪我をしている兵士はほとんどが右肩のあたりを撃たれていて、肩を抑えながら火の国に戻ろうとしていた。


 逃げる兵から聞いた情報でサリナ達が進んだ方向を追いかけてきたのだが、最終的に何処に行ったのかは判らなかった。もちろんケータイも無いから連絡の取りようが無かった。無線は持っているだろうが、近距離でしかもお互いが電源を入れているときにしか通じない。


 逃げてきた兵によるとまだ多くの兵が北の森で戦って居るはずなので、うっかり近づくと俺達が敵に遭遇してしまう可能性もある。


「どうするんだ?あの二人をどうやって見つける?」

「そうだな・・・」


 俺はショーイに聞かれた見つける方法が判らないまま車を北に向けて走らせた。


 §


 ゲルドは地中で全く動けない状態だったが、土の魔法を使って地中から脱出することを試み始めた。土魔法は自在に土を変形させることが出来るが、自分の体を包む土を動かすのは初めての経験だった。目で見ることのできない自分の体の上にのしかかっている土を左右に動かすイメージを大地の神に伝えると、体の上の土が動き始めたのが感じられた。


 -どれぐらいの量があるのか判らないが、いずれは土が左右に取り除かれるだろう・・・


 ゲルドが地上の状態を見ることが出来れば、土の動かし方のイメージを変えたはずだった。ゲルドの願い通りに土は左右に動き出したが、サリナが大量の水を放ったためにあたりは沼地となっている。ゲルドが左右に動かした場所には同じ量の泥が上下から流れ込んで来て、上から見ると沼地の泥がグルグルと回っているように見えていた。残念ながらゲルドが地上に出るのはこのままだと難しそうだった。


 §


 ミーシャは安全のために西の砦の更に西に入った森の奥深くに車を隠していた。火の国の魔法士達と戦った場所からは10㎞ぐらい離れているから、今夜のうちに敵が襲ってくることはまずないはずだった。


 もっとも森の中に居れば、万一敵が襲って来てもミーシャはすぐに気が付くから、もう少し近くでも問題なかったが。


 サリナは車の所に戻るとシャワーを浴びたいと言い出して、いつものコンロでお湯を沸かし始めた。沸騰したお湯と水を混ぜてポータブルシャワーの箱の中に入れると丁度良い温度のシャワーを浴びることが出来る。二人は他に誰も居ない森の中で着ているものをすべて脱ぎ捨てて、交替でシャワーのお湯をかけあった。暗い森の中でランタンの光の中に二人の少女の綺麗な体が白く光っている。


「やっぱり、シャワーは気持ち良いね!」

「そうだな、湯あみがこんなに気持ち良くなるとはな」

「うん、やっぱりしゃんぷーがあるからじゃないかな? これを使うと頭がすっきりするでしょ?」

「そうだな・・・、タオルで拭き終わったらお前の髪を先に乾かしてやろう」

「うん、ありがとう!」


 ミーシャは自家発電機につないだドライヤーを使ってサリナの髪の毛を乾かしてやった。肩より少し長いぐらいの髪が徐々に乾いて、あたりにシャンプーのいい匂いが広がって行く。二人はお互いの髪が完全に乾いてから、新しい下着と服に着替えて夕食の支度を始めた。


 サトルが用意したのは全てレトルトなのだが、二人にとってはこれも魔法のご馳走の一つだった。もちろん、外で食べる焼肉やキャンピングカーで出してくれる魔法料理には負けるが、この世界には存在しない美味しさが、お湯で温めるだけで味わえるので毎食が楽しみだった。今日は言っていた通りにハンバーグとご飯を鍋で沸かしたお湯のなかで温めている。


「この時計で10分ぐらいかなぁ? その間にかふぇおれを飲んでよっと。ミーシャも飲むでしょ?」

「そうだな、飲もう。まだ、30本以上あるのだろう?」

「うん、そのぐらいあるよ」

「そうか、このままいけば明日か明後日には敵を全部追い払えるだろうから、安心して飲んで良いぞ」

「良かった! 2週間はかかるって言ってたからどうしようかと思ったけど、2・3日で終わりそうだね」

「そうだ、これもお前とサトルの銃のおかげだよ。感謝する」

「じゃあ、ぜんぶサトルのおかげだね。私が魔法を使えるのも魔法具が揃ったのもサトルが居たからだもんね」

「そうだな・・・」


 ミーシャは突然口を噤んだ。


「どうしたの?」

「少し静かにしてくれ、遠くで音が聞える・・・」

「・・・」


 サリナは言われた通りにしたが何も聞こえなかった。だが、森の中でのミーシャは五感がさらに鋭くなるようで、遠くの音がはっきりと聞えていた。


 -この音は間違いない、かなり遠くだが・・・


「喜べ! サリナ!」

「どうしたの?」


 §


 俺はサリナ達を見つけるのをあきらめた。サリナが魔法で森を破壊したことと敵が東の方に逃げて行ったのは、木が吹き飛んだ方向で見て取れた。ミーシャの事だから戦いの後は恐らく西か北に移動して夜を迎えるのだろうが、広い森の中をやみくもに動いても二人を見つけることは俺にはできない。そう、俺にはできないが、逆にミーシャならすぐに見つけてくれるはずだった。


 俺はサリナが破壊したと思う一番北側の場所からクラクションを鳴らして、ゆっくりと西に向かって車を進めることにした。一番北側の森は既に森では無くなって、広範囲の沼地と化している。どうみても、さっき出来たばかりの沼地にしか見えなかった。折れた木が何百本も逆さまになって沼の中に突き刺さっているのだ。沼は不思議なことに泥がグルグルと回っていた。


「本当にあの子がこんなに威力のある魔法を使えるように?」

「ええ、威力だけは間違いないですね。王宮ぐらいなら跡形もなく吹き飛ばしますからね」


 -そう、威力だけは・・・、問題は加減ができないってことだ。


「そうですか・・・、本当にありがとうございます」

「いえ、俺はなにもしてないですよ。サリナの魔法力が凄いのは一族の血を引いているからなんでしょ?」

「それもありますが、その力を開放するためにはあなたの・・・勇者の助けが必要だったのです。魔法の使い方を色々と教えてくださったのでしょう?」

「使い方・・・というか、想像ですかね? こんな風に出来るはずだって言う・・・」

「その想像はこの世界では出来ないのですよ。私達は言われた通りの魔法を使うのが普通ですからね、魔法で色々なことが出来るはずと言うのは異世界の人の考え方なのです」


 -そういうものなのか?


「そうなんですかねぇ。反対に私の居た国には魔法は存在しないんですけどね・・・、おっ!やっぱり見つけてくれたみたいですよ」


 サリナママと話をしながら運転していると遠くにライトが揺れているのが見えた、この世界であんなに明るいのはサトルの道具だけだから間違いないサリナ達だ。


 -良かった、ゲルドにはまだ襲われてなかったんだ。

 -これでようやく親子の対面ができる!


 §


 ミーシャは遠くに聞こえている音がサトルの乗ってる車が出す大きな音だとわかった。いつもは人を追い払う時に鳴らしているが、何度も鳴らしているのは自分達が居ることをミーシャに知らせたいのだろう。


「サトルが迎えに来てくれたみたいだぞ!」

「サトルが? どうして? セントレアで待っているんじゃなかったの?」


 サリナは嬉しさよりも戸惑いが勝っていた。


「さあな、理由は判らないが、私達を探して・・・、いや見つけて欲しくて車で大きな音を出している。夕食は後にして、移動するぞ!」

「うん、わかった!」


 二人は作りかけの夕食を中止して、大急ぎで荷物を車に積み込んだ。ミーシャが先行して音のする方向へバギーを進めて行くと、遠くでライトが光っているのが見えた。


 -こっちの応援に来てくれたのだろう。サトルは面倒見が良いからな・・・

 -だが、なぜこんなに早くにこちらへ来たのだろう? 

 -ひょっとしてサリナの両親を救出するのが上手くいかなかったのだろうか・・・


 ミーシャはサリナに喜べと言ってしまったことを後悔し始めていた。

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