第188話Ⅱ-27 親子の再会 7

■森の国 西の砦 近郊の森


 火の国の将軍バーラントは西の砦からかなり南に下った場所を野営地に定めて、残っている兵を結集させた。野営地の中心に天幕を張り、周りには幾重にも兵士達を配置してある。


 天幕の中で今日の戦いについての検討を副官たちと行っていたが、報告を受けた内容を聞いて、敵にしてはいけない相手と戦っているとようやく気が付いた。まず、南北に長く伸びた行軍の後ろ半分は南に追い立てられて壊滅状態になっている。その中には約2週間分の食料は武器の予備などが含まれていたが、荷馬車は全て吹き飛ばされて何一つ残っていないと言う。


 -荷馬車を全て吹き飛ばす? 風魔法だとしてもあり得ない強さだ・・・


 敵は補給を絶った後に北上を始めて、歩兵部隊の左翼になるはずだった部隊をほぼ無力化させている。この時にも風魔法使う魔法士ともう一つ誰も近寄れない魔法を使う魔法士が居たようだ。バーラントはまだ信じていなかったが、報告によるとそれらは二人の若い女だけでやっていると言うのだ。


「もう一度聞くが、その娘の使う風魔法は一人で木をなぎ倒したと言うのだな?」

「はい! 私も木と一緒に飛ばされましたが、運よく柔らかい地面に落ちたため、何とか生き残りましたが、周りの兵は木と一緒に飛ばされて多くの兵が木や地面に叩きつけられて死んでおります」


 将軍の前には負傷しながらも戻って来ることのできた兵が3人並んで質問に答えていた。


「一度に何人ぐらいの兵がやられたのだ?」

「恐らく200〜300名だと思います。矢が届く距離になる前に変な馬車の方から轟音と共に生えていた木が飛んでくるのです」


 -そんな馬鹿なことが・・・、だが、事実として2000名以上の兵が失われている・・・


「左右から回り込めないのか?」

「はい! 試みましたが、近づこうとした兵はことごとく肩の骨を砕かれる何かを当てられます」

「何かとは何なのだ!?」

「矢では無いのですが・・・、何か硬い石つぶてが体を突き抜けて行くようです。それも、風の魔法よりもはるかに遠い場所に居ても、すぐに何かが襲ってくるのです」


 -やはり新しい何かの魔法なのだろう


「土人形と一緒に左翼へ回した魔法士も全滅したのか?」


 さっきとは別の血だらけの足に布を巻いている兵が答える。


「はい! 魔法士は目の前で頭から血を吹き出して全員倒れました。先ほどの石つぶてのようなものだと思うのですが、敵は300メートル以上離れた場所から襲って来たようです。弓兵も肩か足を撃たれて全員戦えなくなりました」


 -300メートル? 弓の届く距離の何倍だ? エルフでもそんな距離は届かせんぞ。


「そうか・・・、ご苦労であった。下がって傷をいやすがよい・・・」

「将軍、その謎の魔法士ですが、明日はどのように対応しましょうか?」

「うむ・・・」


 バーラントは報告を聞いて、その魔法士にはどうやっても勝てる気がしなかった。それでも、戦自体をあきらめたわけでは無い。しばらく考えた後に副官に明日の作戦を伝えた。


「お前は明日500の兵を率いて、その謎の魔法士のいる西側へまわれ。だが、決して戦うな。近寄っても相手が攻撃しそうだったらすぐに逃げるのだ。相手が追って来なければ、もう一度近づいて攻撃するふりだけしておけ。お前達がその魔法士を引き付けている間に私が残りの兵を率いて、北にいる敵の本隊を叩く」

「かしこまりました!」


 副官には難しい任を与えたが有能な男だから何とかしてくれるだろう。逃げていた兵がもう一度集まり全体では3000人を超える規模になった。土人形を2体動かせるだけの魔法士は温存してあるから、一気に攻めれば短い時間でも敵の本隊を叩けるはずだ。


 -強い相手を倒すのが戦の目的では無い。全体として勝てばよいのだ・・・


 §



 ヘッドライトが見えてからも3台の車が合流するまでには30分近く掛かった。暗いうえに道の無い森の中を、木をよけながら動いてるために、歩くのと大差ない速度でしか車も移動は出来なかった。


 ようやくお互いのライトが相手の車に届く位置まで来たので、俺は車を止めて外に出た。

 ミーシャもバギーから降りて、後ろの商用バンからはちびっ娘が高い座席から飛び降りて走って来る。


 俺が後ろを振り向くとサリナママも車から降りてサリナの方に走り出した。


「サリナ!」

「お母さん?・・・お母さん! うわーん!」

「サリナ・・・」


 母親を見たサリナは一瞬立ち止まったが、すぐにその胸の中に飛び込んで泣き始めた。サリナママは娘の名前を何度も呼びながら、髪を撫でてしっかりと抱きしめている。ヘッドライトに照らされた二人の目から涙があふれ続けている。


 俺は感動の対面を見て心が温かくなった。色々と苦労した甲斐が・・・、あれ?大した苦労もしていないのか?俺は笑顔で二人を見守りながら近づいているミーシャを見た。


「サトル、どうしてこんな早くにこっちへ来たのだ?」

「ああ、火の国の元大臣から、ネフロスの幹部が土の魔法士に化けてお前達を狙っていると聞いたからな。早く教えないと危ないと思ったんだ。そいつは死人だから死体のふりをして、背後から襲うつもりだったはずだ」


 ミーシャは首をかしげて眉を寄せたが、何かに気が付いたようだった。


「・・・、そういう事だったのか・・・」

「どうした? そいつに会ったのか?」

「ああ、恐らく私が撃った中で変な奴が一人いたのだが、そいつは頭から血が出ていなかったのだな。一人ずつじっくりとは見ていないが、思い返すとそのせいで何か変だと感じていたのだ」

「そうか、そいつはその後どうなった?どのあたりに居たんだ?」

「う、うん。そのだな。お前たちが来た方に沼みたいになっているところがあっただろ?」

「ああ、サリナがやり過ぎたんだろ? どうせ、私のすべての力・・とか神様に祈ったに決まってるんだ」

「うん、それは叱らないでやって欲しい。私が水魔法で硬い土人形を壊してくれるように頼んだのだ。それで、その時に倒れていた魔法士達は木と土に巻き込まれてだな、その、どこかに行ったのだ。既に地形が変わってしまっていてだな・・・」

「そうか・・・、じゃあ、その魔法士がどうなったかは判らないんだな?」

「うん、生きているなら間違いなく死んだと思うが、死人ならどこかに埋まって生きて居るかもしれないな」


 -生きているなら間違いなく死んだか・・・、確かに何本か人間の手足もあったな・・・


「じゃあ、しばらくは大丈夫だろう。それで、戦いの方はどうなったんだ?」

「ああ、そっちは順調だ。サリナの魔法とお前の銃があれば何とでもなるな。明日には全部倒すつもりだった」


 -明日には全部って、1万ぐらいの敵が居たはずなんだが・・・


「そうか、だったら明日は夜明け前から相手を攻撃して明日でケリをつけよう。今日は敵が来ないところまで移動してから野営だな」

「うん、それなら2㎞ほど西に移動したところに気が生えていない場所があったからそこに行こう」


 俺とミーシャが今後の予定を相談しているところへ、サリナが母親に肩を抱かれて近寄って来た。


「サトルぅ・・・」

「どうした? お母さんに会えてよかったな」


 サリナは大きな目を拭いてから俺を見つめた。


「サトルぅ、ありがとう。お母さんに会えた・・・、全部サトルのおかげ・・・本当にありがとう・・・、うわーん!」

「ああ、わかったから泣くな。嬉しいからって泣きすぎだぞ!」

「だ、だってぇー!」


「私からも改めてお礼を言います。本当にありがとうございました。あなたがいなければ、こんなに早くこの子と再会することは出来なかったでしょう」

「いえ、成り行きですよ。そう言えば、成り行きで捕まえた後ろの人達は生きているかな・・・」


 荷台に積んだ二人の男達は打撲がひどかったので、途中で治療魔法をかけてやった。それから、荒れ地をかなり走ったので、もう一度手当をしてやった方が良いかもしれない。俺が荷台の方に回り込むと二人とも生きていたが、元王様は檻の中でガタガタと震えている。


「どうした? どこか怪我でもしたのか?」

「お前たちの仲間が森をあのようにしたのか?」

「ああ、環境を破壊することに抵抗の無い娘が一人いるからな」

「あれは、人のなせることでは無いぞ! 怪物の仕業だ!」


 王様は荷台から周囲の状況を見て、何か凄い力が働いたことを理解したのだろう。はっきりとした広さは判らないが、恐らく野球場が10以上は作れる広さの森がサリナの魔法によって開墾されていた。


「まあ、そう言うなよ。お前も強い魔法が好きだからマリアンヌさんを自分の手元に置いておこうとしたんだろ?」

「それにしても、あれは・・・」


 俺は王様が思ったより元気そうだったので、そのままにしておいた。みんなを車に乗せて、野営地に移動することにした。野営地では辺りを警戒するために黒虎とラプトルをストレージから呼び出して、リンネに周囲を警戒させるようにしてもらう。


「今日はどうすれば良いんだい?」

「俺たち以外を見たらかみ殺して良いって言ってくれ」

「ふん、そうなんだね。殺しが嫌いなあんたにしちゃあ珍しいね」

「ああ、ここは戦闘地帯だからな、平時とは違う考えにしないと」


 リンネに触られた黒虎とラプトルは四方に向かって走って行った。これで安心して夕食を食べることが出来るが、さすがに焼肉パーティーはまずいだろう。


「サリナ、ミーシャ、焼肉以外で何か食べたいものはあるか?」

「ハンバーガー! さっきはハンバーグを食べる用意をしてる途中だったの。サリナはハンバーガーが食べたい!」

「ハンバーガーなぁ・・・、まあ、良いか。じゃあ、何種類か出してやるよ人数が多いから外で食べよう。テーブルを並べてくれ」

「はーい!」


 サリナとミーシャは俺が出すキャンプ道具を手際よく並べて、発電機に照明装置もとりつけて森の中の夕食会場を設営した。準備も不要なハンバーガーをいろんな種類で並べてやると、サリナは母親に説明しながら自分で食べ方を見せてやっている。ミーシャ達も座っていつものように笑顔で食べているが・・・、リカルドは?


「サリナ、お父さんとは話をしたのか? マリアンヌさん、リカルドさんは?」

「あの人は車の中に居るように命じました。動くと許さないと伝えてあります」


 -命じた? って、どういうこと?

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