第186話Ⅱ-25 親子の再会 5

■森の国 西の砦 近郊の森


 闇の神ネフロスの司祭を務める男ゲルドは、その素性を明らかにすることなく火の国の土魔法士として森の国との戦いに参戦した。エルフ達相手の戦いでは操る土人形が壁として役立ち、多くの敵を倒すことが出来たが、西から来た謎の魔法士達が火の国の大部隊をあっという間に倒してしまったらしい。


-やはり、何か新しい魔法がこの世界に入って来たのだ・・・


 普段なら自らが動くことは少ないが、今回の一連の騒動は司祭として見逃せなかった。ネフロスの信者と密接な関係にある黒い死人達のアジトが風の国、水の国、そして火の国の本部まで襲撃されて、そこにいた頭は全員行方不明になっている。さらに火の国のアジトに置いてあった重要な物が奪われたのだ。その中には火の国と黒い死人達の関わりが明確になるものも含まれていた。


 謎の魔法士達が森の国の意向で動いているのかは判らなかったが、奪ったものを見れば今回の戦でも謎の魔法士達は森の国へと加勢するだろう・・・、そう考えたゲルドの読みは当たっていたようだ。


 火の国の数千の部隊が行動出来ない状態に追いやられ、さっきは目の前で魔法士達の頭からいきなり血が噴き出して、次々に倒れて行った。その時はとっさに木の陰に飛び込んで様子を見ることが出来たが、周りの兵達も何が起こっているかが判らないうちに足から血を流して歩けなくなっている。


 -何の魔法なのか? 風魔法にしては風を感じないし、見える範囲には人は居ない。


 それでも、攻撃を仕掛けてきた方角は見当がついたので、魔法士と兵士達は態勢を立て直して土人形を先頭にそちらへ向かい始めた。しかし、その直後だった、ゲルドは頭に強い衝撃を受けて、その場に崩れ落ちた。


 -何かが頭の中を突き抜けた。私もやられたと言う事か・・・


 死人として生きているゲルドは頭を破壊されても、本当の意味で死ぬことは無かったが、重要な器官を損傷すると、しばらくは耳や目が利かなくなり、思念だけが肉体にとどまることになる。


 だが、損傷した箇所は自然に修復されて、やがては元通りになるのは過去に何度も経験済みだった。どれだけの時間が経ったのか判らないが、最初に耳が聞えるようになり、そのうちに目も見えるようになってきた。周りからは多くの苦鳴が聞えているが、ゲルドは微動だにせず完璧な死体のままで辺りの気配を伺った。


 動ける兵達は必死で逃げだしたようだ。徐々に周りから生きている人間の気配が遠ざかって行き、誰も居なくなったのが判った。うつ伏せになったまま目を開いて見ていると遠くから最初に見つけた変な形の乗り物がこちらに近づいて来るのが見えた。


 あの乗り物自体も魔法の乗りものだ。馬に引かれることも無く、森の中を自在に走って行くことが出来る。やはり、あれに乗っているのが謎の魔法士なのだろう。


 -もっと近づいて来たら後ろから襲う事にしよう


 ゲルドは司祭になる前は暗殺者として多くの敵を葬って来た。特に武術が秀でているわけでは無かったが、死人であるゲルドには生きている人間の時を奪う力があった。暗殺では相手を油断させてから、その体の一部を握るだけで相手を死へと追いやることが出来る。


 そのまま頭を地面に着けたまま魔法の乗り物を見ていると、今度は反対側から足音が静かに近寄って来るのが聞こえた。頭を動かすことが出来ないために、そちらを見ることは出来なかったが一人だけで動いているようだった。


 -こっちが私を襲った方なのか? だが、本当に一人だけだろうか?


 ゲルドは確信が持てなかったが、いずれにせよ先に近づいて来てゲルドの手が届く距離になった方を襲うことになる。両方とも近づいて来なければ後をつけて夜になったら襲うつもりだった。万一、敵に気付かれたとしても心配はいらなかった。何といっても、不死の体で300年近く暮らしているのだ。斬られようが焼かれようが決して死なない。


 §


 ミーシャは倒した魔法士達を右手に見ながら、サリナのバギーに向かって歩いていた。魔法士達を撃った時の違和感がまだ頭の中に残っている。


 -何かがおかしかったのだが・・・


 その理由が判らないままにサリナのバギーが目の前に止まった。


「みんなやっつけたかな? 大きなのはあそこで止まったままだけど、どうしようか?」


 サリナが指さす土人形はミーシャが魔法士達を全滅させたところで立ったまま止まっている。生きている魔法士が居なければ動かないようだが、仕組みが判らない以上は壊した方が良い気がした。


「あれをサリナの魔法で粉々にしてくれるか?」

「粉々に? 風の魔法が良いのかな?」

「そうだな・・・、土でできているようだから水の方が良いかもしれないな。火を消すときよりも強い水は出せるのか?」

「うん、大丈夫! 岩が割れる強さの水も出せるから!」

「そ、そうか。岩も割れるんだな。じゃあ、大丈夫だろう」


 サリナはバギーから降りて、腰のポーチから水のロッドを取り出して。動かなくなった土人形の方に向けた。だが、ロッドの先にはローブを着た人間が沢山倒れていることに気が付いた。


「あそこに倒れている人たちが居るけど、良いのかな?」

「ああ、みんな死んでいるから気にするな」

「そっか、わかった!」


 サリナは水の神に祈りを捧げた。


 -ワテル様 力をお貸し下さい。私の持てるすべての力であの人形を壊してください。


「じぇっとおーたー!」


 サリナはサトルに見せてもらった映像の中でダムの決壊で濁流が村を飲み込むシーンをイメージしていた。掛け声とともに目の前に水の壁が盛り上がって行き、膨大な水が溜まって行く。森の木や土人形よりはるかに高くなったところで、強烈な風と共に水が土人形へと襲い掛かった。


 まるで意思があるかのように、森の中に突然現れた水の壁はまっしぐらに土人形へと向かっていく。周りの木や倒れていた死体も引きちぎりながら土人形にぶつかった水は、一撃で土人形も粉々にしながらその先の木や大地を削り、広大な範囲の森を沼地へと変えていった。


「なんか、池みたいになっちゃったね。でも、大きいのはちゃんと壊れたから良いよね?」

「あ、ああ。良くやったな」


 ミーシャは水を使えと言ったことを後悔していた。木を吹き飛ばすだけでなく、地形まで変えてしまうとは、さすがに思っていなかったのだ。サリナが池と言ったが、木と水と土が入り混じったドロドロの沼のような広大な場所が森の中に出来上がってしまっている。


「じゃあ、この後はどうするの? 悪い人たちは何処に居るんだろう?」

「うん、あいつ等はもう少し東から南に戻ったようだな。私たちも今日はこのぐらいにしておこう。一旦車のあるところに戻って、明日は日の出前に敵の本隊を攻撃する」

「そっか。砦の人とは合流しなくて良いの?」

「ああ、別々に動いた方が効果的なのだ。どちらから攻撃されるか相手が読みにくくなるからな」

「そっか。じゃあ、車に戻ろう! 今日も頑張ったからお腹が空いちゃった!」

「そうだな、今日もサリナは頑張ったからな。今日はカフェオレを後2本飲んでも良いぞ。サトルには内緒にしてやるからな」

「本当に!? やったー!」


 サリナはミーシャが助手席に乗り込んだのを確認して、西の森の奥に隠してある車に向けてバギーを発進させた。頭の中では敵の事では無く、今日の夕食を何にするかを考えていた。


「ミーシャ、今日の夜はハンバーグとご飯にしよう!」

「そうなのか、うむ。あれもお湯で温めるだけで美味しくなるからな」

「うん、ハンバーガーの方が良いけど、あれは帰ってからサトルに出してもらおうね」

「ああ、今日は沢山やっつけたからな、きっと出してくれるさ」

「うん、ミーシャもサリナも頑張ったもん!」


 §


 ゲルドは何も見えず、聞えないところに体があることがわかった。何か強烈な勢いの物が体に叩きつけられて、手足が引きちぎれて行ったところまでは見えていたが、すぐに、目が見えなくなり。やがて耳が聞えなくなった。いつもなら損傷個所が修復されれば目は見えるはずだが、目を開いても何も見えない。だが、口の中に大量の泥が入っていることが判る。手足も新しいものが生えてきているはずだがピクリとも動かない。


 -生き埋めにされたのか・・・、いや、既に死んでいるのだから死に埋め?


 考えうる限りで最悪の状況だった。呼吸が出来なくとも死ぬことも無いが、このままこの暗闇の中で動けないままに時がたつのをひたすら待つことになる。何か地割れでも起きない限りは日の光を見ることは出来ないようだ。


 -やつらは俺が死人だと判って埋めたのだろうか? 何故ばれたんだろう?


 ゲルドは大量の土砂と倒木の下敷きになり、不死の残りの時間を過ごしながら、自分が見つかった理由について考えていた。だが、それは間違った問いかけだった。


 死人のゲルドが見つかったわけでも、ばれたわけでもない。加減を知らないちびっ娘の前にたまたま居ただけだったのだ。

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