第177話Ⅱ-16 反撃

■森の国 西部の丘


「ねえ、ミーシャ、まだやっつけないの?」

「まだだ、半分以上通り過ぎてからだな」

「ふーん、そっか。でも、凄い数だよね!? もう、30分以上ここで見ているよ。それでも、まだ半分通ってないんだ」


 ミーシャとサリナは日の出とともに車で移動して、炎の国が北上してくる街道を見下ろす丘から敵が通るのを待っていた。丘の上で2時間ほど待つと、ようやく行軍の先頭が見えてきた。先頭集団は近衛兵と将軍のようだった。綺麗な白馬にまたがった派手な服を着た男を囲むように50頭ぐらいの騎馬兵が進んで行く。騎馬兵の後ろには弓兵隊と黒いローブを着た魔法士達が馬に乗って続き、更にその後ろには50人ぐらいの槍歩兵に一人の騎馬兵がついている小隊が延々と続いている。


 -あの騎馬兵が小隊の隊長だな・・・


 今回の侵攻では1万ぐらいの兵が動くはずだから、小隊が100ぐらいは通り過ぎなければ全体の半分が通過していないことになる。サリナの言う通り先頭集団が通過しても100の小隊は通過していなかった。ミーシャの作戦では先頭の将軍はあえて殺さずに森の国へ追い込んで、後ろから回り込んだミーシャ達が徹底的に叩きのめすつもりだった。。


「よし、そろそろ撃ち始める。悪いが、弾を入れるのに協力してくれ」

「うん! 練習したから大丈夫! 手袋もサトルが用意してくれたから!」


 ミーシャとサリナはリュックにアサルトライフルを2丁とマガジンを4つ、それに弾薬を入れられるだけ入れて丘に上がってきていた。30発入りのマガジンを交換して撃って行くつもりだが、すぐにマガジンが空になるのは間違いなかった。


 ミーシャは地面に腹這いになって、アサルトライフルのアイアンサイト越しに馬に乗っている小隊長の肩へ最初の一発を放った。結果を見ずにその後ろの小隊長を撃ち、更にその後ろの隊長を・・・、丘から街道までは300メートル程の距離だったから外すことは無い。見える範囲で10人の小隊長を立て続けに倒すと、ようやく攻撃を受けていることに気が付いた兵たちが辺りを見回したが、近くの林を見てもそれらしい敵兵を見つけることが出来なかった。それよりも、どうやって攻撃されているのかがわからない兵士達は倒された隊長を見て右往左往している。


 後方から続く部隊は前方で起こっている事態が把握できずに行軍を続けて、次々とミーシャの射程距離に入って来る。後方から来る馬上の兵士を10人ほど撃つと、ようやく行軍が止まって新しい獲物が来なくなった。


 今度は通り過ぎたが後方の異変に気付いて振り返っている隊長たちへ銃弾を浴びせて行った。本来なら頭を狙うところだが、肩のあたりを狙って撃つと弾かれたように馬から落ちて行く。


 -サトルがあまり殺すなと言っていたからな・・・


 空になったマガジンを外して交換すると、横に居るサリナが手早く銃弾をマガジンに装填してくれる。


「こっちには全然気が付かないね」

「そうだな、サトルが音のしないのをつけてくれているからな」


 ミーシャが使っているアサルトライフルには消音器サプレッサーがついていて、空気が漏れるような音がするが300メートル以上離れた相手に聞こえる大きさでは無かった。


 隊長が次々に倒されて行くと、小隊の兵達はとうとうその場から走って林の中に逃げ込み始めた。


 -まだ、50人ほどしか倒せてないが、この場所が危ないと気付いたようだな。


「サリナ、移動しよう」

「うん、わかった。ばぎーだね」


 ミーシャ達は丘のふもとに置いているバギーのところまで下りて乗り込んだ。林の中を縫って南の方に進んで行く。進軍が止まっている先頭が見える場所よりもさらに先へ進んで、今度は林の中からアサルトライフルで狙いをつけた。先頭には甲冑をつけた男が隊長達を集めて何か怒鳴っている。


 小隊長に怒鳴っているのだから、それなりの地位の人間だと判断してミーシャは最初にその男の右肩を狙ってトリガーを引いた。男が肩を抑えてうずくまると、周りに集まっている小隊長達も立て続けに倒していく。全部で13人の隊長を倒すとサリナの運転で更に南へ移動する。


 ミーシャの計画では行軍の最後尾にいるはずの兵糧部隊まで、歩兵の小隊長を全員倒していくつもりだった。1万の兵を全員倒すのは大変なので、まずは指揮系統を壊して兵糧を取り上げる。先行している将軍たちはその後で後方から森の中まで追い込めば待ち構えているエルフ達の良い的になるはずだ。エルフの仲間には相手に近寄らずにできるだけ森へ誘い込んでから弓で狙えと指示をしてあった。


 林の中をバギーでゆっくりと移動して、小隊長を見つけるたびに倒していく。更に30人ほど倒すと、兵達がパニックを起こして一斉に来た道を走って戻り始めた。


「に、逃げろ! ここに居ると全員やられるぞ!」


 離れているミーシャ達にも聞こえる大声を上げながら火の国へ向かって走り続けている。


「もう、帰っちゃうのかな?」

「いや、後ろに居る隊長達が許さないだろう」


 サリナは街道から遠ざかるようにバギーを林の奥に戻して走る兵達をゆっくりと追いかけた。しばらく行くと、ミーシャが言ったように、馬に乗って甲冑を着た男が逃げてきた兵達の前に立ちはだかり、先頭を走っていた男の喉を剣で突いた。


「あぁー、味方なのに刺したよ!」

「当然だろう。敵に背を向けて逃げるような兵は味方ではないからな」

「そっか、そうなんだ・・・」


 その男-おそらく中隊長-は、大きな声で逃げてきた兵達に指示を出した。


「お前達は一旦私の部隊に入れ! 逃げようとする兵は私が斬り捨てる!」


 中隊長の格好良いセリフが終わるのを確認してから、ミーシャはその男の肩も撃ち抜いた。馬上の男は体勢を崩して馬から落ちて地面に這いつくばった。兵達は中隊長の剣よりも謎の攻撃の方が強いことを察知して、街道から左右の林へ逃げ込み始めた。ミーシャ達の方にも何人か走って来ようとしたので、こちらを選んだ不運な兵士達の太ももを狙って全員撃ち倒した。


 結局、南へバギーで移動しながら1時間ほどで倒した小隊長は90人ぐらいで、全軍の半分程度の兵が戦意を失って林の中に隠れている。不幸にもミーシャ達のいる方に隠れようとした兵は原因不明の怪我で全員歩けなくなっていた。


 サリナは街道から300メートル以上離れた場所をゆっくりと移動し続けたので、途中で敵に気が付かれることも一切なかった。やはり、離れたところの兵を正確に倒せる銃と言うものは弓矢等では太刀打ちできない凄い武器なのだと、ミーシャは改めて感じていた。


「あそこが荷馬の部隊だな。もう少し近づいたら、歩いて行こう」

「うん、馬車に乗っている荷物はどうするの?」

「そうだな、お前に頼んで良いか?」

「うん! 何をすれば良い? 火かな? 水かな?」

「風の魔法で良いだろう・・・馬から離した馬車を荷物ごと遠くに飛ばしてくれ」

「わかった! 風ね。遠くに・・・ね!」


 バギーは林の奥に置いたまま、姿勢を低くして止まっている荷馬の部隊の先頭に近づいて行く。荷馬隊には歩兵と騎馬、それに弓を持った兵が警護をしていたが、前方から逃げて来る大勢の兵に戸惑い全員立ちすくんでいた。隊長達も集まって話をしているが、何が起こっているのかを正確に把握できない状態が続いていた。


「どうするんだ? 一旦、火の国へ戻るか?」

「バカなことを! 将軍が先行しておられるのだ、命があるまで引き返すことなどできない」

「だが、逃げてきた兵によれば小隊長は全員倒されたらしいじゃないか? ここに居たらそいつらの餌食になるんじゃないか?」

「そいつらっていうのは誰だ?」

「それは・・・」


 逃げてきた兵達は襲って来た相手や飛んでくる矢を誰も見ていなかった。だが、馬に乗っている小隊長が突然肩から血を流して、動けなくなったらしい。それも全員だ・・・


「まずは、将軍と連絡を取るのが先だ! 私が馬に・・・、ガァッ!」


 前向きな男が方針を決めようとしたときにミーシャの銃弾が肩を貫いた。目の前で血しぶきが飛び、肩を抑えてうずくまる男を見て、警護隊は周囲を見渡したが矢の届く範囲に敵は見えなかった。ここは開けた場所で一番近い林でも500メートル以上は離れている。


 だが、全体を見まわす暇もなく同じように全員が肩を撃ち抜かれて行った。


「ダァッ! な、なんだこれは? 突然刺された!」

「い、一体これは何なのだ!?」

「新しい魔法なのか!?」

「止むを得ん、一旦退却だ!」


 警護隊の男達は肩を抑えてその場から馬に乗って逃げだした。敵前逃亡で懲罰は免れないが、まずは生き残ることが重要だった。


 現代の主力兵器の一つである銃と戦ったことの無い彼らにとっては、見えない距離から飛んでくる銃弾は魔法以外の何物でもないだろう。


 ミーシャとサリナは走って逃げている兵達の後ろからゆっくりと荷馬へ近づいて行き、馬車から馬を外して尻を強く叩いた。馬たちは例外なく喜んで走り去っていく。必死で走って行く兵が何人も横を通り過ぎて行ったが、誰もミーシャ達を止めようとするものは居なかった。まさか、自分達の隊長を倒した相手がこの二人だとは思っていないのだろう。


 50頭ほどいた荷馬を解き放つのにかなりの時間が掛かったが、逃げて行く兵は延々と続いていた。ひっそりと兵糧を破壊するのは難しかったが、多少は観客が居ても問題ないだろう。むしろ、噂になれば好都合かもしれないと思って、サリナに荷馬車を吹き飛ばしてもらうことにした。


「サリナ、そろそろ頼む。3つぐらいまとめてあっちの荒れ地に飛ばしてくれ」

「うん、わかった! 三つね・・・、ここぐらいからなら行けそうだね」


 サリナは街道に沿って縦に並んでいる荷馬車へ風の魔法を叩きつけることにした。


 -ウィン様 お願いします、強い風で馬車を吹き飛ばしてください。


 願いを込めてロッドを先頭の馬車に向けて叫んだ。


「じぇっと!」


 ロッドの先から弾けるような突風が荷馬車に叩きつけられて後ろの馬車を巻き込みながらはるか彼方へ飛んで行く。ミーシャは三台と言ったが、30台近くが荷物をまき散らしながら破壊されて宙を舞っていた。周りを走って逃げていた兵も巻き込まれて飛ばされている。


「あぁー、ダメだ! 強すぎたみたい・・・、どうしよう、ミーシャぁ!」

「いや、構わない。早く済んで好都合だ。残りも同じ感じでやってくれ」

「そっか! どうしようかと思ったけど、良かったんだね!」


 ミーシャは巻き添えになった兵の多くが確実に死んだと思ったが、そのことはサリナにもサトルにも黙っておくことにした。


 -敵兵だからな、サトルには悪いが情けは無用だ。

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