第178話Ⅱ-17 ムーア襲撃

■森の国 西の砦に向かう街道


「将軍! 後方より伝令が到着いたしました!」

「何事だ?」


 火の国の将軍バーラントは昨日の夜襲が予想以上に成功したとの報告を受けて、上機嫌で西の砦へ向かっていた。既に砦は引きはらわれた後で敵は森の中に逃げ込んでいる。


 後方から馬で早駆けしてきた兵が馬から降りて将軍の傍にやって来た。


「ハッ! 行軍の真ん中辺りで伏兵による攻撃を受けております。小隊がいくつか倒されました」

「伏兵か、こざかしい真似をしおる」

「いかがいたしましょうか? 魔法士か弓兵隊を応援に向かわせますか?」


 伝令を連れてきた側近の大隊長が将軍に対応方針を確認した。


「バカ者が! それが敵の狙いであろう。正面から戦っては勝てぬから我らの兵を分散させたいのよ。構わぬこのまま進軍を続けよ。歩兵の小隊を10や20失ったとて、大勢には影響ないわ」

「かしこまりました!」


 森の国の伏兵なら奇襲で多少の被害があったとしても、それはわずかなものだ。バーラントはそう判断して、伏兵は後続部隊に任せることにしたのだった。


 ■火の国王都 ムーア 南の森


「なあ、リカルドさんを置いて来て本当に良かったのか?」

「じゃあ、あの黙らないオッサンを連れてショーイはサリナの母さんを取り返しに行けるのか? あいつは1秒だって黙ってられないから、すぐに敵に見つかるぞ?」

「それはそうだが・・・」


 俺が朝起きてキャンピングカーに入ると、リカルドは車の中にある装備品について矢継ぎ早に質問を飛ばしてきた。俺が一言も口を利かずに無視しても、質問をやめようとしなかった。見かねたショーイが止めに入ったが、不思議そうな顔でショーイを見返すだけだった。


 -こいつは病気だ。


 それが俺の出した結論だ。長い幽閉のせいか、元々なのか判らないが精神的に病んでいるのだろう。自分以外の人間の感情に無頓着で、我慢をすると言う事が出来ない。じっとできない子供がそのまま大きくなったようなものだった。


 今日は王都で暴れてサリナの母さんを取り返さないといけない。その後は王を追い出す、場合によっては殺さざるを得ないと思っている俺には、病気の人間を連れて行く余裕は無かった。森の奥でキャンピングカーに外から鍵を掛けて閉じ込めて置いて来た。


 そこから車で北上してムーアの町に一番近い森の中に車を乗りいれて、今から王都を襲撃しようと言うところで、ショーイがリカルドの話を蒸し返してきたのだ。


「それよりも、お前はサリナの母さんをどうやって連れ出すつもりだったんだ?」

「それは・・・」


 どうやらショーイ自身はノープランのようだった。かくいう俺もしっかりと計画を練っているわけでは無かった。だが、サリナの母親が王宮のどこかに居るのは間違いないから、王宮に入ってしまえば何とかなると思っていた。そして、入ること自体は難しくないとも思っていた。森の国との戦で兵の多くはムーアには残っていないから、倒す兵の数も大したことは無いだろう。


「まあ、今回もリンネとその仲間たちに活躍してもらおう」

「ふん、又死人か虎を使うのかい?」

「いや、今回はこれがメインだ」

「こ、これは何なのさ!?」


 §


 それに気が付いたのは、ムーアの町の南門にある関所に一番後ろで並んでいた商人だった。荷馬車の御者台から後ろの森を何気なく見ていると、突然森の中から大きなものが木を揺らしながら現れたのだ。


「な、なんだあれは!?」


 商人の男の声で列に並ぶ人々が見たそれは、見た事の無い大きさの巨大な怪物だった。4つ足で歩いているが、全長30メートル、体高5メートル以上で巨大な牙を持つ恐竜が大きな足音をさせながら森を抜け出て関所の方に向かって来ていた。


 -ウァアー!! 化け物だー!


 口々に喚きながら並んでいた人間は並んでいた列を無視して門に向かって走り出した。関所を守る兵達も、走って来る人間より後ろから来る巨大な生き物に目を奪われて立ちすくんでいた。それはこの国では誰も見た事の無い大きさの生き物だった。


 俺がステゴもどきと命名したステゴサウルスに似た恐竜はストレージの獲物の部屋から森の中で呼び出されて、真っすぐにムーアの王宮へと向かっている。リンネの死人使いは動かす対象のサイズは関係なかった。しっかりと意思が通じて門に向かって確実に進んでいる。恐竜の周りには虎系魔獣も10匹いるが、そっちは誰も気にしていないようだった。俺達は少し離れた場所から目立たぬようについて行き、関所の前の混乱を眺めていた。


 ステゴもどきが前足で関所を破壊した辺りで問題があることに気が付いた。やつの大きさでは町に入る門を通れるサイズでは無かったのだ。俺はステゴもどきに当たらない場所まで移動して対戦車ロケット砲-AT4-を使って壁と門を破壊することにした。


 何度も使っているからマニュアルなしでも安全装置の解除手順が体に染みついている。AT4を右肩に担いで、照準を門の左に合わせて赤い発射ボタンを押すと爆音の後にロケット弾が一直線に壁に飛んで行き石壁を吹き飛ばした。


 兵や通行人の悲鳴と砂埃が立ち込めている中をステゴもどきと虎系魔獣がゆっくりと町に入って行った。俺達も距離を置いてその後をついて行く。既に関所の兵は誰も残っていない、戦う事をあきらめて逃げ出したようだ。


 町に入るとステゴもどきはそのまま王宮がある方向へ向かって大踊りを進んで行き、虎系魔獣たちは散らばって王都の中を走り始めた。町中で悲鳴や怒声が広がって行く。しばらくステゴもどきの後をついて行くと、前方から20人ほどの槍を持った兵達が走って来るのが見えた。


 -ほう、槍でどうやって倒すのか見ものだな・・・


 俺は兵達がどうするのかを楽しみにしていたが、兵たちは恐竜を囲むだけで近寄れる兵が居なかった。恐竜が歩く速度で後ずさらりしながらどんどん後退していく。


 -使えない奴らだが、しかなたいだろう。槍では刺さるかどうかも微妙だ。


 結局何もできないまま王宮が見える場所までたどり着くと、王宮の門では弓を構えた兵が20人ほど並んでいた。恐竜を無駄に囲んでいた兵が左右に避けると弓兵達は一斉に矢を放った。


 だが、固い表皮に阻まれて矢は全く通用しなかった。当たっただけで弾かれた矢は軽い音を立てて石畳の上に落ちて行く。


 それを見た弓兵の横に控えていた兵が剣を抜いて5人走って来た。今度の兵達は臆することなく近づいて足を狙って来た。だが、ステゴもどきは長い首を振って、近寄る兵を叩きのめした。左に3人、右に2人が吹っ飛んで誰一人立ち上がれなかった。そのまま歩みを緩めることなく王宮へ向かってゆっくりと進んで行く。残っている兵達は剣と槍を持っているが誰も動くことができない。もはや王宮を守ることは出来ないと諦めたようだった。


 だが、突然ステゴもどきの顔辺りが大きな炎に包まれた。直径5メートルぐらいある火球だ。どこかに凄腕の魔法士がいるようだが、既に死んでいるステゴもどきは炎を気にしなかった。肉の焦げる匂いがしてきたが、そのままの速度で門に向かって進んで行き、体より小さかった門と薄い石壁を倒しながら、王宮の中庭に入って行った。


 兵達はなすすべなくそれを見ているだけだったが、俺達が王宮に入るのに邪魔だったので、通りの角からアサルトライフルで足を狙って撃ちまくった。弓兵も歩兵も立っている兵が居なくなったのを確認して、俺達も王宮の中庭へと続いた。


 大きな火炎球を放っている魔法士は王宮の正面玄関に一人で立っていた。右手を恐竜に向けて炎を出し続けているようだ。炎をさらに大きくして、顔だけでなく胴体の半分ぐらいまでが炎で包まれている。凄い魔法力なのだろう、サリナもロッドを使わなければあれほどの炎は出せないかもしれない。


「あ! あれはマリアンヌ様!」

「えっ! そうなの!? あの人がサリナの!?」


 後ろに居たショーイが前に駆けだして、恐竜を追い越して大きな声を出した。


「マリアンヌ様! 私です、ショーイです! リカルドさんは助け出しました!お迎えに上がったのです!」


 白いローブを来たマリアンヌは首をかしげてショーイを見たが、右手は上げたままで炎を出し続けている。


「ショーイ? ・・・村に居たハンスの友達ですか?」

「はい! リカルドさんは昨日、別邸から救い出しました、もう王宮にとどまる必要は無いのです!」

「何故そんなことを! そんなことを頼んだ覚えはありません! ハンスにも決してこの国には近寄らないように言っておいたはずです! ハンス・・・、ハンスは居ないのですか!?」


 マリアンヌは炎を出す手を降ろしたが、許しなく救出に来たことでショーイを咎めている。


「ハンスは水の国の王都でマリアンヌ様が戻るのを待っています。あいつは、言いつけ通りにしていますよ」

「では、あなたが勝手にこんなことを! こんなことをすると、あの子が!」

「いえ、私では無いです。ここに来ることを決めたのはあそこにいる勇者ですから」


 俺はショーイの嫌なセリフ-勇者-を聞きながらマリアンヌの前に立った。


「勇者・・・、この方が今度の勇者様なのですか!?」


 近くで見たマリアンヌはサリナの母親にしてはずいぶん若く感じた。大きな目がサリナによく似ているが、身長は160㎝以上あってすらりとした綺麗な女性だった。


「いや、勇者じゃありませんよ。ですけど、この国の王様を追い払いに来ました。その前にサリナのお母さんは助ける必要があったので、ここに居てくれて丁度良かったです」

「サリナ! サリナは何処に居るんですか!? 無事なのですか!?」


 うん、これが普通の親の反応だろう。俺達が勝手に来て怒っていたのも、サリナの身を案じての事だと思う。それに比べてあのオッサンは・・・。


「サリナは元気ですよ。今頃は森の国で活躍しているはずです。ですが、ここで長話をしている時間はありません。私は王が居るところに向かいます。マリアンヌさんは王宮を出て、教会の前で待っていていください」

「サリナが森の国に・・・。いえ、王の元へむかうのでしたら私も同行します。王には話しておくべきことがありますから」


 サリナを思う優しい母親の笑みから厳しい表情に切り替わったマリアンヌを連れて俺は王宮の内部へと向かった。

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