第176話Ⅱ-15 西の砦襲撃
■森の国 西の砦
炎の国から来た10人の魔法士達は真っ暗な森の中から、砦の矢倉が次々に倒されて行くのを見ていた。土魔法で作った土人形には単純な指示しか与えることが出来ない。魔法士達が頭に描いたイメージを土人形の中に封じ込めているために、その場で判断することは出来ないのだが、上手く仕事をこなしてくれている。今回は砦に入って矢倉を壊す、やぐらの後は其処に居る人間達を殴り続ける・・・、この二つだけを土人形は行うはずだった。
土人形は堅牢な砦の壁や扉を壊すほどの力は無いが、木造の矢倉のような細い柱で組み上げられたものであれば十分に壊すことが出来る。そして、岩のように固い体は剣や弓矢では壊すことが出来ないから、今回のように砦の中に入ってじっくりと破壊するだけの作戦には最適だった。
-やぐらが無くなれば砦の役割は果たせん。既にこの戦は終わったようなものだな。
「そろそろ、この場所から離れるか?」
「いや、もう少し見て行こう。矢倉をすべて破壊した後にどれだけの兵を倒せるのかに興味がある」
「そうか、確かにそうだな。実際の戦いで土人形を使うのはこれが初めてだからな」
魔法士達は開いたままになっている扉から見えるはずの土人形の活躍を期待して、その場にとどまることにした。
「おい? あれは何だ?」
一人の魔法士が砦に続く道から白い光が揺れながら近づいて来るのを見つけた。
「ランプにしては、えらく明るいな・・・、それに馬車や馬にしては早いぞ!?」
魔法士達が見ていたのはサリナのバンとリーシャのバギーのヘッドライトだった。この世界ではありえないほどの明るさを放つヘッドライトの光線が森の中に潜んでいた魔法士達の姿を浮かび上がらせた。
「サリナ! 車を止めてくれ!」
「わかった!」
森の中に潜む人影を見たミーシャはすぐに敵だと気が付いて、バギーを止めて助手席の足元に置いたアサルトライフルを構えた。前方で止まったサリナの車のヘッドライトの明かりを受けて何人もの人間が固まっているのが浮かび上がった。慌てて光の外に出ようとする人影に向けてトリガーを素早く5回引く。見えていた人影は全てその場に崩れ落ちて行った。撃ち終わるとシルバーがバギーから飛び降りて森の中へ駆けて行った。行き先が気になったが、まずは砦の状況を確認するのが先だと思い、無線でサリナに呼びかけた。
「よし、もういいぞ。ここからは私が前に行くからついて来てくれ」
「うん!」
砦の入り口の扉は開いたままになっているが、兵士が外に向けて剣を持って構えている。ミーシャが先に行って話をしないと、味方だと言う事が判らないだろう。案の定、入り口の前でバギーを止めたミーシャを取り囲もうと兵が走って来た。
「私はエルフの戦士ミーシャだ!王命により、この砦の応援に来た味方だ!」
ミーシャが大きな声で告げると、兵たちは剣を構えたままミーシャの顔を良く見ようと近づいて来た。
「おお、エルフの戦士殿か! わかった・・・だが、その変な馬車は一体・・・」
「話は後だ! 砦の中はどうなっている? まだ火が消えていないのか?」
「ああ、倉庫の火が消えない。入り口の扉も閉まらなくなって、中では大きな化け物が全部の矢倉を壊してしまった・・・」
-大きな化け物!?
「わかった、中に入るから通してくれ!」
ミーシャ達を通すために左右に分かれた兵たちの間を2台で進んで、砦中央付近にある倉庫の傍に近寄った。倉庫の火は既に屋根に燃え移っているようで、井戸の水を掛けた程度では消える気配が無かった。
「サリナ!」
「任せて!」
バンから降りたサリナは水のロッドを手にして、水の神様へ祈りを捧げた。
-ワテル様! 今日もお願いします!
「じぇっとおーたー!」
大量の水がロッドの先から放たれて倉庫の屋根に飛んで行く。つきることの無い水量ですぐに火の勢いが弱くなってきた。サリナの力で消火できそうだと判断したミーシャは入り口の兵が言っていた大きな化け物を探した。
-あれか!?
入り口から一番遠い場所にあった矢倉の近くで黒い大きなものが立っている。だが、動いていない?
「サリナ、火はを任せる。車も見て置いてくれ!」
「うん、任せて!」
ミーシャは倒すべき怪物の大きさを見て、バンに積み込んであった一番大きな銃-50口径の対戦車ライフル-とマガジンを取り出した。マガジンを装着してレバーを引いて装弾すると、すぐに腹這いになって黒い塊の中心部を狙ってトリガーを絞った。
-バッシューーン!
サプレッサーをつけているが、低い大きな音が辺りに響くとターゲット黒い塊は中心部から二つに砕けて、その場に崩れ落ちてきた。
-おかしい・・・、まったく動かなかったな・・・
ミーシャは立ち上がって、重たい対戦車ライフルをもったまま破壊した黒い塊に向かって走り始めた。
「エルフの戦士よ!」
王宮であったことのある砦の指揮官がミーシャを見つけて駆け寄って来た。
「どうなっている?」
「あの黒いのに矢倉は全部壊されてしまった。中から手引きをして扉を開けたやつが居たんだ・・・、警戒していたつもりだったが。しかし、急に黒いのが動きを止めたんだ。お前達が来る少し前だったがな。もう一体は足に縄をかけて地面に引き倒したが、そいつも立ち上がろうとしたところで動きが止まった。一体何が・・・」
「わからんが、炎の国と黒い死人達の仕業であることは間違いないだろう。いつ、敵襲があってもおかしくない。矢倉が無いとなれば、この砦は丸裸だ。直ぐに兵を取りまとめて、砦を出る準備をした方が良い」
「砦を出るのか!? しかし・・・」
「ここに居て、どうする? さっきの黒い塊だけでなく、今度は兵士があの入り口から入って来るぞ? ここに籠城しても勝ち目はないだろうが」
「確かに、だが砦を出てどうすると言うのだ?」
「森の中へ引き込め、そうすれば私が側面から徹底的に叩いてやる」
「だが、お前ひとりではさすがに・・・」
「一人では無い、あそこにもう一人頼もしい味方がいるぞ」
ミーシャは大量の水をロッドから飛ばして倉庫の火を鎮圧したサリナを見ていた。倉庫に近寄って、他に燃えているところが無いかをきょろきょろと見まわしている。
「あれは魔法士なのか? 凄い水の魔法士だな!? ・・・だが、それでも相手は1万近いと聞いている。二人ではどうしようもないだろう・・・」
「大丈夫だ、他にも新しい魔法がいくつもあるからな。全員を倒さなくても国へ帰りたくなるほどの痛手を与えることは出来る。お前達はエルフを殿にして、近づいて来る敵に矢を射かけながら追いつかれない速さで森の中に引き込んでくれ」
「わかった。いずれにせよ、この砦はもはや役に立たないことは間違いない。入り口の扉も明日までに修理するのは難しそうだからな。直ぐに準備を始めよう」
指揮官は後ろに居た部下たちに砦を後にする部隊編成の指示を始めた。ミーシャがサリナの方に戻って行くと、エルフの仲間たちが集まって来た。
「ミーシャ! 来てくれたんだな!?」
「ああ、遅くなってすまなかった。こんなことになるとは・・・。やられたものは居るのか?」
「死んだのは居ない。矢倉ごと倒されて怪我をしたのが何人かいるけど」
「ひどいのか?」
「骨を折った者が5人ほどいるが、命にかかわることは無いだろう」
「そうか・・・、サリナ、頼めるか?」
「うん! 怪我をした人は何処ですか?」
「この娘は誰なのだ?」
「この娘はサリナだ・・・、何でもできる凄い奴だ」
サリナはミーシャの言葉を聞いて顔をほころばせた。
「そうだよね! 私は凄い魔法士だもんね! じゃあ、治療をしに行きましょう!」
エルフの案内でついて行ったサリナの後ろ姿を見ていると、入り口のあたりが騒がしくなってきた。
-敵襲か!?
対戦車ライフルをアサルトライフルに持ち替えて、砦の入り口に走って行くと、シルバーが兵たちに囲まれていた。
「その狼は味方だ! 手を出すな!」
「味方!? だが、人を咥えているぞ!」
シルバーは黒いローブを着た男の足を咥えて砦に引きずってきたようだ。男は生きていてジタバタと暴れているが、足首のあたりをガッチリと噛まれて逃げ出すことが出来ない。
「そいつは敵だ。シルバー、ありがとう。生け捕りにしてくれたんだな」
ミーシャが森の中に潜んでいたやつを倒したが、他にもまだいたようだ。
「お前達、砦を出てすぐの森の中に何人か倒れている敵が居るはずだ。すまないが、ここまで死体を運んできてくれ。こいつと同じ格好をしていると思う」
「ああ、わかったよ」
「シルバー、そいつの足を離してやってくれ」
シルバーがローブの男の足を離してやると、男は立って逃げようとしたが、ミーシャは噛まれていない方の足をアサルトライフルで撃ち抜いた。
「キャァ!」
情けない悲鳴を上げた男は両手で足を抑えて泣き始めた。
「た、助けてくれ、命だけは・・・」
「ああ、助けてやる。素直に私の質問に答えればな」
ミーシャは行われた夜襲の段取りと、明日の襲撃計画を男から冷静に聞き出した。男は素直に話して、嘘も無いようだったが、新しい情報は何もなかった。
やはり、今日の夜襲で砦を無力化してから明日本格的な攻勢に出てくる計画だった。動かしていた大きなものは土人形-ゴーレム-と呼ばれるもので、この男を含む土の魔法士が決められた動きをするように操っていた。砦の中で動きを止めたのは、ミーシャの銃で5人が倒されて、土人形を動かすのに必要な魔法力が供給できなくなったからだった。
-やはり、本格的な戦いは明日だったか・・・、ならば・・・
ミーシャがこれからの計画を決めたところにサリナが戻って来た。上手くいったのだろうニコニコしている。
「サリナ! けが人はどうだった?」
「うん、骨が折れてた人がいたけど、みんな元気になったよ!」
「そうか、色々とありがとう」
「どういたしまして! それで、これからどうするの? ここで戦うの?」
「いや・・・、まずは寝よう」
「寝る!? 良いの? 敵が来るんでしょう?」
「ああ、来る。だが、明日の話だ。今日はしっかり休んで、明日の夜明けとともに逆襲してやるつもりだ」
「そっか、じゃあ早く寝ようよ。サリナも眠たくなってきたし・・・、もう24時を過ぎてるし!」
手元の時計を見たサリナはサトル時間で文句を言った。
本当の戦いは明日から始まる。砦を失ってしまったが、元々砦の外に出て敵を撃つつもりだったから、ミーシャはまったく気にしていなかった。
-相手が奇襲ならこちらも奇襲だ。たっぷりとお返しをしてやる。
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