第175話Ⅱ-14 リカルド

■炎の国 王の別邸


 サリナの父リカルドは別邸を出る前に書き溜めた資料を持ち出すと言って大騒ぎを始めた。俺としては一刻も早くこの場から立ち去りたかったのだが、絶対に持って行くと言って譲らなかった。壁に並んだ本棚から資料を取り出して箱に入れようとしていたので、本棚ごとストレージに入れると、目の前から資料が消えたと喚きだした。


「ウワぁー! ぼ、僕の大事な資料がき、消えてしまったぁー!」

「大丈夫です、私が預かっていますから、ほら」


 もう一度、本棚を出して見せてやった。


「な、なんだ? それは魔法なのか? 君はその魔法を何処で習ったのだ? それに、どの神様にお願いすれば・・・」


 俺は会って5分も経っていないこのオッサンが嫌いになった。リカルドはうるさい知りたがり野郎だったのだ。もう一度ストレージに入れるとまだ心配していた。


「私の魔法で預かっただけです。後で出しますから、とりあえずここから出ましょう。ほとんど兵は倒したはずですけど、隠れているのもいるかもしれませんからね」

「ほ、本当に資料はあるのだろうな? それと、ゲルドの分身も君が預かっているのかね?」


 -分身? 変なことを言っているが、詳しい話は後だな。


「ええ、全部預かっています。安心してください」

「それは、どんな魔法なんだね。詳しく聞かせてくれるかい?」


 このオッサンは状況が理解できていないのか、それともオツムが足りないのか・・・。俺は首を横に振りながら、ショーイを見てそのまま部屋の外に向かった。廊下にも階段下にも兵は隠れていなかった。建物を出ても倒れた兵は起き上がって来ない、気絶しているのか死んでいるのか判らなかったが、放置して敷地の外まで走って出た。


 振り返ると、ショーイとリカルド、それにリンネもついて来ていた。


「じゃあ、ここから車に乗るけど、リンネは虎達を集めてくれ」

「ああ、すぐそばにいるよ」


 リンネがあたりを見まわすと、昨日送りだした虎魔獣たちが駆け寄ってきて、リンネの前でお座りをした。


「こ、こ、この化け物たちはなんだね!? これも君の魔法なのかい?」


 無言でストレージの中に虎魔獣を格納して、クロカン4WDを呼び出した。少し車を飛ばして、急いでこの場所から立ち去るつもりにしている。


「おおー! 今度は何か出てきた!? ショーイ、これはどのような魔法なのかな?君もこの魔法が使えるのか!?」


「ショーイ、この人はずっとこんな感じなのか? 助け出されたと言う自覚が無いのか?」


 俺は助けてもらった礼も言わずに、質問ばかりするこのリカルドというオッサンにむかついて口を利く気がしなかった。


「まあ、何というか・・・自由な人なのだ」


 -自由? っていうか非常識なだけやろが!


「まあ、いいや。とりあえずショーイはその人を後ろの座席に乗せてくれ。リンネは助手席に、みんなシートベルトをちゃんとするようにな。ちょっと飛ばすから」


 3人が車に乗り込んでドアが閉まったのを確認して、俺は車のアクセルを踏み込んだ。車は急加速しながら狭い道を突き進んでいく。大したことの無い相手とは言え、ここは敵のテリトリーだ。騒動を起こした場所からは速やかに離脱するに越したことは無い。


 リカルドは車に乗ってからも、車の事や俺の事、不思議な魔法の事について質問を続けていた。俺は一切返事をしなかったが、ショーイが判る範囲で答えていた。


 -はあ、俺はなんでこんな自分勝手なオッサンを助けることにしたんだろ・・・


 途中で休憩しながら3時間ほど北へ車で移動して、車を隠せそうな森の奥に車で入って行った。車が進めなくなると、歩きでさらに奥まで進んで木が生えていない場所にキャンピングカーを呼び出した。もちろん、うるさいオッサンは喋りっぱなしだ。俺が一言も口を利かなくなったので、ショーイやリンネには微妙な雰囲気が伝わったようだが、オッサンの質問攻撃は延々と続いている。


 キャンピングカーを出してからも一緒に居るとイラつくので一人でストレージに入って、黒川温泉の宿からお湯を取り出してゆっくりつかることにした。


 -何なんだ、アイツは!


 あんなに不愉快な大人に会うのは初めてだった。自分の聞きたいことにしか興味が無く、延々と質問を重ねて行く。こっちの都合や気持などはお構いなしだった。サリナの母親もあんなダメ親父のどこを好きになったのだろう? それに・・・、サリナやその母親の事を一切聞かないのが一番頭にくる。自分の妻や子の安否が気にならないのだろうか?


 風呂からあがって昼食と夕食のパンと飲み物をテーブルに出してやってから、俺は次の日の朝までストレージの中で過ごすことにした。予想では火の国が砦を攻めるのは明日以降のはずだった。元々は開戦を確認してから王都を襲撃するつもりだったが、明日の朝から襲撃することにしよう。


 さっさと終わらせて、リカルドとは二度と会わない方がお互いのためだ。俺はリカルドに対するイラつきを、明日の準備に向けることで気を静めることにした。明日は本気の戦争をしなければならない。現時点で俺が使える火力はすべて投入するつもりだった。


 -町にもかなりの被害が出るだろうが・・・、後で謝ることにしよう。


■西の砦


 砦の扉が引き上げられて、影のように入って来たのは巨大な土人形だった。高さは5メートルぐらいあったが、門の下をくぐるように入って来た。

 本来なら矢倉の上から外を警戒しているはずのエルフ達は倉庫の火事と扉の開閉装置に気を取られて、中に入ってくるまで気付くことが出来なかった。


「あれは何だ! 敵だ! 敵襲だぞ!!」


 気が付いたエルフが大きな声を上げながら、すぐに矢を放ったが土人形の胴体部分に当たった矢は力なく地面に落ちた。弓矢では傷一つつかない硬さのようだった。

 扉をくぐった土人形は矢を飛ばした矢倉の土台に向かって歩き出し、長い手でその土台を叩き壊した。


 -メキ! バキ! メキ!


「う、うぁー!」


 矢倉は地面近くの土台が破壊されて、エルフを乗せたまま砦の中に倒れてくる。そのころにはもう一体の土人形が扉を通り抜けて、最初の一体とは別の方向にある矢倉へ向かって進みだした。土人形を操っている土の魔法士は砦の中に入らずに、森の中から土人形へ指示を送っていたのだ。


 火の国のオコーネル大臣は将軍たちの出兵に先駆けて、土の魔法士を馬で送り込んでいた。黒い死人達の配下に手引きさせて、戦いが始まるまでに砦の矢倉をすべて壊しておくつもりだった。


 砦の指揮官も入り口の異変に気づき、消火にあたっていない兵を引き連れて黒い土人形の元へと走った。


「先に扉を閉めるのだ!」


 兵たちは剣を持って開閉装置の所へ走ったが、土人形は邪魔することも無く、次の矢倉を目指して動き始めていた。兵は装置の所にたどり着くと取っ手を握って木の輪を回そうとしたが、軸が固定されていてビクともしない。


「隊長!ダメです! 昇降輪が壊されていて、まったく動きません」

「チィ! すぐに敵の増援がくるぞ! お前達は扉の前で敵を迎え討て!残りは私と付いて来い! あの怪物を止めるのだ!」


 指揮官は50名ほどの兵をその場に残して、残りを引き連れて砦の中を我が物顔で動く土人形を追いかけた。近くに居た兵たちが剣で土人形の足元へ斬りかかっているが、土人形の足止めにすらなって居なかった。


 -一体あれは・・・・、物見の話では明日夕刻にしか火の国は到着しないと聞いていたが・・・


 §


 ミーシャは先行するサリナの車の後ろを離れて付いて行った。少し離れても赤い二つの光が後ろからはっきりと見えている。サリナは夜道でもかなりの速度を出してくれていた。サトルの言いつけを聞かずに、夜に車へ乗るのは嫌だったはずだが、ミーシャと同じようにシルバーの事を信じてくれたのだろう。


 こんな場所、こんな時間にわざわざシルバーが迎えに来てくれたのだ、砦に危機が迫っていることは間違いない。シルバーはバギーの後部座席と助手席を跨ぐように乗っている。かなり揺れているがバランスを取って大人しくしていた。二人と1匹が分乗した車で2時間ほど走ると遠くの夜空が赤くなっているのが見えてきた。


 -火だ! 砦が燃えている!?


 ミーシャは今日のうちに砦に入らなかった自分の甘さに怒りを覚え、ハンドルを強く握りしめた。


 -間に合ってくれ!


 サリナも赤い夜空に気が付いたのだろう、車をさらに加速させてバギーとの距離が開き始めた。ミーシャの無線にサリナの声が聞えてきた。


「ミーシャ、少し急ぐけど気を付けてついて来てね。後ろからぶつかると危ないからね。でも、どうして、今日なんだろう? 早くても明日って言っていたのにね?」

「わからん、情報が間違っていたのか・・・、敵の動きが早くなったのか・・・」


 だが、火の国は1万を超える兵で攻めてくるはずだから、偵察隊が見間違えたり、動きが早くなったりすることは無いはずだった。


「そっか、じゃあもう少し急ぐね」


 -あーあ、今日はあんまり眠れそうにないなぁ。でも、今日やっつければ、1日早く帰れるかもしれない。そしたら、積んでるカフェオレを飲んでも怒られないし・・・それなら悪くないかも!?


 サリナは自分のモチベーションを引き上げて、大量の荷物を積み込んだ大事な車のアクセルを更に踏み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る