第174話Ⅱ-13 夜襲

■西の砦


 森の国と火の国が接する場所に近い西の砦は2年ほど前に完成していた。火の国の侵略に警戒感を強めた森の国の王とエルフの長が6カ月ほどで作り上げたもので、太い丸太でくみ上げられた強固な壁と8か所に高さの異なる矢倉を備えていた。攻め込む敵には上と横からエルフの正確な矢が襲い掛かるため、簡単には近寄れない作りになっている。


 砦には北側にある出入り口からしか入れず、重たいつり上げ式の扉は中から滑車を動かさなければ開けられない構造になっている。この砦を無視して、森の国へ攻め入ろうとすると、砦から出てくるエルフに背後から追われて撃たれるために、火の国としては先にこの砦を攻略する必要があったのだ。


 砦にはエルフの精鋭が100名と森の国の兵士が1,000名、組合からの傭兵が200名ほど入っている。元々は1,000名ほどを入れる予定で作った砦の内部には人間がひしめき合っていた。


 組合からの傭兵の中にはイアンが差し向けている黒い死人の手下が10人ほど紛れ込んでいたが、今日来た使者が指揮官に書状を渡した後に傭兵たちだけが一か所に集められたことで、王都で何かあったことを手下達は察していた。


「良いか、合図があったら手筈通りに騒ぎを起こせ、その間に俺達は倉庫に火を放ってから扉を開けに行く」

「わかった。外の奴らとの連絡はどうするんだ?」

「外から見ても判るぐらいの火になるさ」


 手下のリーダーは、倉庫の裏に小さな油壷をいくつか埋めてあった。1日に一つずつ埋めた壺の中には布が入っていて、火をつけてから投げれば木造の倉庫は盛大に燃えてくれるはずだった。


 2人の手下達は食事が終わり、見張りの兵以外が寝静まったころに兵舎の外で派手な喧嘩を始めた。


「手前の顔が気に入らねえんだよ!」

「なんだと、てめえ、ぶっ殺してやろうか!?」


 酒に酔ったふりをした男達が腰の剣を抜いてにらみ合っていると傭兵の宿舎を警備していた兵が集まってきた。


「おい、お前達! 砦の中で私闘を行えば死罪になるぞ!」

「ヒック、うるせぇ、死罪にするならしてみやがれ! その前に俺がこいつを死罪にしてやるぜ!」


「酒を飲んでいるのか!? 酒も禁止だと砦に入るときに言っておいただろうが!」

「バカヤロー、飲まなきゃ戦なんかやってられる訳ねえだろうが!いいか、明日から殺し合いが始まんだぞ!」


「話にならんな・・・、良いから剣を置け! 怪我をするぞ!」

「やなこった! 誰が剣を置くものか! お前達こそ引っ込んでろ! 俺は今からこの男を斬ってやる!」

「手前こそ!」


-火だ! 倉庫から火が出たぞ!


 おとりの手下達が茶番劇を繰り広げている間に、リーダーは地面に埋めた油壷を掘り出して、火をつけて倉庫に投げつけた。火炎壺は効果抜群で倉庫の壁が次々と燃えて行った。リーダーはその場から素早く離れて、門の入り口を見ている仲間の元へ合流した。


 倉庫が燃えていることに気付いた兵士達は酔っ払いの相手をやめて、すぐに井戸から水を汲む消火活動を始めた。寝ていた兵たちも起きて来て、砦のなか騒然としている。


「そろそろだな、俺が右側の男をやるから、お前は左側を頼む」


 重い扉の滑車は持ち手の付いた大きな木の輪に太い綱を巻くことで扉が開く。輪の前には常に2人の当番兵が立っているが、二人とも火事の方に意識が向いていた。リーダーともう一人の男は当番兵の方に近づいて話しかけた。


「なあ、かなり燃えているみたいだぜ。あんた達も行って消火を手伝った方が良いんじゃねえか?」

「我らはここから離れられん、お前達こそ行ってやれ」

「そうか・・・、親切で言ったんだがな!」


 リーダーの男は腰の剣を抜いて、右の当番兵のわき腹から心臓を差した。

「貴様ら!? な・・・ゴゥッ!」


 左の当番兵も喉を剣で刺されてその場に崩れ落ちた。リーダーは辺りを見回したが、火事に気を取られているせいで当番兵が倒されたことに気付いたものは居なかったようだ。けんか騒ぎを起こした奴らも静かに入り口付近に大きな板を持って集まってきた。


「よし、じゃあ、開けるぞ!上から矢が来るからな、そいつを頭上にあげておけ」


 リーダーは門を開ける木の輪を二人で回し始めた。上の矢倉に居るエルフは倉庫の炎を見ていたが、扉が上がっていく音を聞いて異変に気が付いた。


「貴様ら! 何をしている!」


 返事が無いと見るや、矢を番えてすぐに放ってきたが、持ち上げられた戸板のようなものに阻まれる。扉はどんどん持ち上がって行き、人が通れる高さまで開いた。だが、外からの援軍は誰も入ってこなかった。


「おい、誰も来ねえじゃねえか!? 開けたら兵が入って来るんじゃねえのか?」

「もっと開けるんだ! 馬車が通れる高さまで上げろ!」


 矢が頭上の板に刺さる中でリーダーは必死で木の輪を回して、人の高さの倍ぐらいまで扉を持ち上げた。扉の向こうには暗い闇と森が広がっていたが、その闇が動いたように見えた。その闇はそのまま大きくなり、扉の下をくぐるように砦の中へと入って来た。


「あ、あれは何だ?」

「ああ、俺達の仕事はここまでだ。扉が閉じないようにこの装置を壊してから逃げるぞ」


 リーダーは倒れている当番兵から剣を取り上げて、滑車がつながっている木の輪の軸に剣を差しこんで剣を折った。軸との隙間が無くなった開閉用の木の輪が固定されて動かなくなったのを確認して、男達は扉の外に走り出した。入れ違いに黒い大きなものが、いくつも扉を潜り抜けて行く。


 -ふん、あれと戦うのか・・・、まあ、せいぜい頑張ってくれ。


 リーダーは上首尾に終わった手引きに満足して、暗い森の中へ消えて行った。


■森の国 西へ向かう街道近くの森


 サリナとミーシャは食事の後でたき火を囲んでお茶を飲んでいた。お湯を沸かして粉を入れると少しだけ甘い味がする粉だが、火を見ながら飲んでいると心も体も温まって来た。今は夏の前で昼間は暑いぐらいだが、シベル大森林近くのこの場所は夜になると気温が下がり、肌寒くなるぐらいになっていた。


「ねえ、ミーシャ。戦いで炎の国をやっつけるのはどうすれば良いのかな?」

「そうだな・・・」


 今までのミーシャなら、全員殺せばよいと答えるところだったが、サトルからできるだけ殺すなと言われていた。


「うん、お前なら風魔法か水魔法で相手が立てないぐらいまで吹き飛ばすのが良いんじゃないか?」

「そっか、風魔法ね・・・、立てないぐらいかぁ・・・、その加減がね、難しいんだよね」


 サリナは全力は得意だったが、立てないぐらいという手加減は良く判っていなかった。


「そうなのか、まあ、大体で良いぞ。私も加減が出来ずにイアンを殺してしまったからな」

「そっか、大体で良いか・・・、うん、そうだね。全力の半分ぐらいでやってみるね」

「・・・」


 全力の半分・・・、恐らく人は生きていないような気がするが、ミーシャはあえて口を開かなかった。サリナの全力はライン領主の館を吹き飛ばした時に見せてもらったが、建物が跡形も無くなっていた。


「じゃあ、そろそろ寝るとしようか? 明日は夜明け前には移動するからな」

「そだね。今日もくっついて寝て良い?」

「もちろんだ、テントの中で一緒に寝よう」


 サリナはベッドが二つある時でも同じベッドで寝たがる癖がある。魔法の力は誰よりも凄いが、中身は小さな子供のままだ。ミーシャは少し笑みを浮かべてたき火の火を消そうと立ち上がった。


 だが、森の中から不思議な気配を感じて、火を消さずに立ちすくんだ。


「ミーシャ、どうしたの?」


 突然固まったミーシャを見て、サリナが心配そうに声を掛ける。


「いや、気のせいだと・・・、違うな。 おお! シルバー!」


 森の中から現れたのはミーシャ達が助けた巨大な銀狼-シルバーだった。しっぽを振りながらミーシャの傍に来て、お座りをしてびゅんびゅうんとしっぽを振っている。ミーシャは首元に抱きついてふさふさの毛を撫でてやった。


「いつの間に来たんだろ? この子は風の国の王宮の後に居なくなったんだよね?」

「ああ、もともと何処に居るのかは良く判らないのだが、森の国に長く居るのは間違いない」

「ふーん、ミーシャに会いに来たのかな?」

「どうだろうか? 元気だったか?」


 首元からミーシャが離れるとシルバーは立ち上がって車とバギーが止まっている方へ走って行った。車の横で立ち止まって、こちらを振り返って見ている。


「どうしたんだろ? 車に乗りたいのかな? それとも中のご飯が食べたいのかな?」

「いや、車に乗って行けと言っているのだろう。サリナ! 行くぞ!」

「どうして? 何処に?」

「砦だ!」


 ミーシャは広げてあった食器などの荷物を乱暴にまとめて車の中に積み込み始めた。サリナはそれ以上何も聞かずにテントを片付け始めた。


 -あーあ、今日はせっかく早く寝られると思ったのになぁ。でも、ミーシャが心配そうにしているから早く行かなきゃ。うん、早く行って早くやっつけて、早くサトルの所に戻れるなら・・・頑張ろう!


 二人は荷物を積み込み終わると暗い夜道を西に向かって2台で走り始めた。

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