第173話Ⅱ-12 戦前夜
■火の国の王 別邸
ソファーには向かい合うように二人の男が座っていたが、二人とも耳を抑えながら部屋へ入ってきたショーイを見ている。ショーイは一気に距離を詰めながら手に持った刀を振りかぶり、手前に座っていた男の首を斜め上から切り落とした。切り落とされた首からは大量の血が・・・、出ない!胴体からも床に転がった首からも一滴の血もこぼれない・・・、こいつも死人だったのか!?
「いきなり斬ったけど、そいつは誰なんだ?」
「こいつが俺の両親を殺したゲルドだ・・・」
「マジで!・・・だが、なんでサリナの父親と一緒なんだ?」
「それは・・・、待て! まだ動いているぞ!?」
首を刎ねられたゲルドの体は手を床について、落ちた自分の首を拾おうとしている。ショーイは素早く肩の付け根から両腕を切り落として、ゲルドの動きを止めた。
「首や腕を切り落としたぐらいでは死なないんだな。とりあえず、俺が預かっとくよ」
俺はバラバラになった頭、胴体、両腕をストレージの中に収納した。
「おい、ゲルドを何処にやったんだ!? まだ、生きているのだろう?」
「後で呼び出してやるから安心しろ、生きてはいないから・・・、いや死人としては生きている?まあ、なんでもいいや。それよりも、あっちに座っているのがサリナの父親だな? 早くここから連れ出して、安全な場所へ移動しよう」
「わかった。 リカルドさん、俺です。ショーイです。聞えますか?」
「ショーイ!? 村に居たあのショーイか? どうしてここに、それにこの騒ぎは一体・・・」
「詳しい話は後です、とりあえずこの場所から出ましょう」
「ああ、それで何処に居行くのだ?」
「マリアンヌ様を取り戻しに行きます」
■火の国の王宮
火の国の国王カーネギーの執務室ではオコーネル大臣が戦の状況について報告をしていた。
「残念ながら、一昨日に王都で放火をする計画は突然の雨で不首尾に終わったようです」
「雨!? この時期にか・・・、珍しいこともあるのだな」
王は眉を寄せて首を傾げた。森の国は火の国よりも雨は多いかもしれないが、それでもこの季節に放火した火を消せるほどの雨が降ることは想像し難かった。
「はい、それに水魔法の達人が火を消して回ったと言う情報も入ってきていますので・・・」
「何!?ならば、その雨も魔法によるものなのか!? しかし、火を消すほどの雨をすぐに降らせるほどの魔法など聞いたこともなかろうが?」
「はい、仰せの通りです。それほどの魔法士がこの世界に居たとは信じられませんが、偶然が重なると言う事も不気味ですので、警戒しておく必要があるでしょう」
「まあ、良い。将軍の本隊は明日には西の砦を攻めるのであろう?」
「その手はずですが、先に今日の夜から魔法士が夜襲を掛けます」
「夜襲? 砦の守りは堅牢なのであろう?」
「はい、それには事前に用意した策がございますので・・・」
オコーネルは昨日伝令を走らせて前線の将軍に伝えた策を王へ詳しく説明し始めた。
■水の国 セントレア北の森
ミーシャはテントの中で快適な朝を迎えた。鳥のさえずりが外から聞えてきたから、既に日が昇ったようだ。横に居るサリナは寝袋から顔だけ出してすやすやと寝息を立てている。ミーシャは静かにテントの外に出て大きく背伸びをした。街道の方を見ると人気のない道の上には昨日の馬がどこにも行かずに立ち尽くしていた。
-主を無くした馬か・・・
ミーシャはサリナが鍋に入れていた水を持って馬の所に行って、水を飲ませてやった。馬は嬉しそうに鍋の水を飲み干して、耳をクルクルと回していた。
「悪いが、飼葉は持っていないのだ、近くの草を食べに行って来い」
そう言って、馬の尻を軽く叩くと馬は森の国の方角へ戻って行った。テントに戻って、寝袋を畳んでいるとサリナが起きてきた。
「おはよー、ミーシャぁ」
「ああ、おはよう。サリナ」
サリナは目をこすりながらテントから出て、すぐにリュックの中から朝ごはんセットを取り出した。
「今日はね、パンを焼いて食べようよ。時間はあるでしょ?」
「ああ、大丈夫だ。今日はイアンのことを王に報告するだけだ」
「そっか、砦には明日行くの?」
サリナはカセットコンロに小さな鉄板を乗せて火をつけた。サトルが“ふらいぱん”と呼んでいる物に四角い紙に包まれたバターを置いて回すようになじませてからパンを置いた。
「そうだな、日が暮れるまで走るつもりだが、今日中には着かないかもしれないな」
「そっか、明日だもんね。悪い人たちが攻めてくるのは」
サリナとミーシャはきつね色に焼けた食パン2枚とカフェオレで幸せな朝食を食べてから森の国の王都へ向かった。
■森の国 西へ向かう街道近くの森
ミーシャとサリナは森の国の王へイアンの報告を行うと、すぐに西の砦を目指したが、日暮れまで走って、馬車で残り半日ぐらいまでのところで完全に日が落ちた。
「ミーシャ、夜は走るなってサトルが言ってたよ。それと“ねんりょう”を入れなきゃ」
「そうだな、明日の夜明け前に出発することにして、今日はこのあたりで野営をすることにしようか」
二台に別れて車とバギーに乗っているが、二人は無線でずっと話し続けていた。サリナの車の針-燃料計-が赤いところに近づいて来たので、燃料も補充しておかなければならなかった。おそらく、ミーシャのバギーも同じぐらいになっているはずだ。
荒れ地に車を乗り入れて、商用バンから携行缶の燃料を車の横から二人で入れた。
「なんで、これを入れると動くんだろうね?」
「さあな、サトルの魔法道具で理屈が分かったものがあるか?」
「ううん、全然無い。でも、サトルの言う事に間違いはないもんね」
「そうだ、全てアイツの言う通りにしておけば間違いないな」
「うん!」
不思議なことばかりだったが、言われた通りにさえしておけば間違いなかったし、快適な結果になることをサリナとミーシャは確信していた。商用バンもバギーも針が戻るまで給油して、テントの準備を始めた。
辺りは真っ暗闇になっているから、押すと光の付くランタンを二つ並べて、サリナの指示で着々と設営が進んで行く。ミーシャはサリナの物覚えの良さに感心していた。車の運転や、サトルの不思議道具もあっという間に使いこなしていくのだ。
「よし、じゃあ、これで寝るところが出来たから、今度は晩御飯! 今日はビーフシチューね。ミーシャはご飯とパンはどっちが良い?」
「あの美味い肉汁だな? ならば、今日はご飯が良いな」
「私もご飯にする! でも、今日のシチューは袋に入っているのだから、お皿で出してくれるのとは味が違うと思う」
「そうなのか・・・、それでもあの肉汁はご飯にかけて食べると美味いからな。同じ種類なら期待できるだろう」
「うん、サトルのご飯は世界一だからね。あ!? 忘れてた、野菜スープも飲まなきゃ!」
サトルは炭水化物と肉ばかりにならないように、お湯を掛けるだけの野菜スープを食材のコンテナに沢山入れて、サリナに1日一つずつ飲むように言っていたが、既に二日ほど口にしていなかった。
-野菜スープより黄色いスープの方が美味しからなぁ・・・、でも叱られないようにちゃんと飲まなきゃ!
「今日は野菜スープを大盛りにしておくからね」
「どうしてだ? お前はそのスープがそんなに好きだったか?」
「ううん、サトルがそうしろって・・・」
「そうか、ならそうしよう」
「へへ、じゃあ、お湯を沸かすね」
サリナとミーシャは明日から戦争が始まる事をほとんど意識せずに、二人っきりの夕食を楽しみ始めた。
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