第171話Ⅱ-10 パパ奪還作戦 (1)

■水の国の街道


 ミーシャはイアンが乗っていた馬の背にあった袋を地面に降ろして中を確認した。小分けした巾着がいくつも入っていたが、いずれも重いので金貨のようだった。それ以外には、帳面が2冊あるが中には人の名前と金額が書いてあるだけだった。支払い明細のようなものだろうが、詳しい意味は解らなかった。後は着替えや干し肉等の携帯食料が少し入っているだけで、めぼしい物は無かったが、明日明るくなってからもう一度調べるために全て袋に戻して持って行くことにした。


「サリナ、そっちはどうだ? こっちは金貨と帳面が見つかったが大したものは無かった」


 サトルと一緒に過ごすようになってから、金に関する感覚が完全におかしくなっている。金貨を100枚以上見てもなんとも思わなくなってしまっているのだ。


「うーん、手に持っている刀みたいなの以外はね、腰に付けた袋ぐらいだけど・・・、中には木札と鍵が入っているよ」


 木札と鍵? どこで使うのかは判らないが、組織に関係あるものだろう。とりあえず持って行っておく方が良いだろう。


「じゃあ、その袋ごと取っておけ、死体は邪魔だからお前の風魔法で林の中に飛ばしてくれ」

「わかった! じゃあ、この袋だけで・・・、短剣ももらっとこう。それでと、-じぇっと!」


 サリナが風魔法を街道に横たわるイアンに叩きつけると、砂埃と共に死体は森の中に飛ばされて行った。


「馬はどうするの?」

「私たちには不要だからな、鞍を外して逃がしてやろう。誰か良い人間に見つけてもらえると良いのだがな」

「そうだね。私たちはどうするの?」

「ふむ、私は眠いから朝までゆっくり寝かせてもらう。戦が始まるのは明後日だろうからな、明日の夕方までに西の砦に入れば問題ないだろう」

「そっか、じゃあ、一緒に寝ようよ。サリナもまだ寝たいの」


 二人は暗い森の中のテントに戻って寝袋に入るとすぐに寝息を立て始めた。昨日の夜の睡眠不足がまだ残っていたのだ。


 ■炎の国 南西の森


 ショーイの案内で炎の国を南北に通る街道から西に向かって伸びる細い道をピックアップトラックでゆっくりと走って来た。22時過ぎに王の別邸があると言う森の手前で都合のよい空き地を見つけたので、車を止めて夜襲の用意を始めた。別邸は森の中にある大きな池の畔に立ってて、ここから西に向かって歩いて30分ぐらいの場所だそうだ。


ストレージから黒と黄色の虎系魔獣を10匹取り出して地面に並べる。


「リンネ、こいつらを別邸に向かわせてくれ。建物の周りで一晩中吠えたり、唸ったりさせてくれれば良いから」

「ふん、それは良いけど。兵士に見つかったらどうすれば良いんだい?」

「その時は遠慮なく兵士を襲わせてくれ」


 サリナの父親が自由に歩き回って居るはずは無いから、魔獣の巻き添えになることも無いだろう。


 リンネが倒れた虎系魔獣に一頭ずつ触って行くと、横たわっていた魔獣がすっと立ち上がってお座りしていく。全部の魔獣の準備が整ったところでリンネが短く声を掛けた。


「あんた達頼んだよ」


 虎系魔獣は静かに、だが素早く森の中を別邸に向かって走って行った。俺達はキャンピングカーを呼び出して朝までゆっくりと休むことにした。10分ほどすると遠くで吠える声が小さく聞こえたような気もしたが、ストレージに入った後は何も聞こえず、朝までゆっくりと休むことが出来た。


 §


 翌朝は5時にセットしたアラームで起きてシャワーを浴びてから装備を整えた。今日は強硬策をとるので気合いを入れないと、命にかかわる戦いになるかもしれない。


 迷彩色の戦闘服に身を包み、コンバットブーツを履いて紐をしっかりと結んだ。ヘルメットと軽量ボディーアーマーも装着して、ハンドガンをホルスターに入れる。メインの武器はアサルトライフルにして、マガジンをアーマーのポケットに4つ入れておいた。警備は30人ほどのはずだから戦力差は明らか-もちろん銃を持つこちらが圧倒的に有利と言う事-だが、無傷で相手を蹂躙するためには用心が必要だ。 念のために手榴弾も・・・。


 朝食代わりにチョコバーだけを3人でかじって、バギーに乗って別邸に向かった。新兵たちが吠え続けているのが聞こえてきた。


「あいつ等は、俺達を襲っては来ないよな?」

「大丈夫だよ。安心おし」


 どんなふうにリンネがお願いするのかは謎のままだが、信じておくしかないだろう。唸り声のハーモニーがさらにはっきりと聞えてきた。森の中を進むと池が見えてきたので、バギーから降りて歩いて別邸を目指した。


 別邸は白い壁に囲まれた2階建ての建物だった。建物の壁も真っ白でこの世界では見かけることの少ない赤い屋根を持つ綺麗な館が青い池の向こうに見えている。ここなら、リンネも風景画を描きたくなるかもしれない。


 白い壁は高さ3メートルぐらいで大きな両開きの門があるが、壁の中に高い矢倉が立っていて二人の兵が何かを指さしているのが見えた。俺は双眼鏡を取り出して男達の顔を確認したが、疲れ切った表情で怯えているのが分かった。双眼鏡を地面に向けると黒い新兵がウロウロと門の手前で唸ってくれていた。


 まずは、偵察から行うことにしよう。ストレージからドローンを取り出して電源を入れると、コントローラーとの接続が完了した。レバーで操作して高い位置まで飛ばしてから、別邸の上で静止させた。


 モニターには正方形の敷地が写っていた。門の横の矢倉の下には大きな建物があり、周りには兵が7〜8名ウロウロしている。外の魔獣をどうするか悩んでいるのだろう。正門から建物までの距離は20メートル程ある。ドローンの高度を下げて建物を確認すると2階にはテラスが正門に面した場所にあり、そこにも兵士が弓を持って3人立っている。建物の回りを一周して入り口を確認すると、正面以外に裏にも通用口があり、窓も低い位置にあるのでどこからでも入れそうだった。


 概ね予想通りの偵察結果に安心してドローンを呼び戻して収納した。やはり矢倉と建物2階にいる弓兵を片付けるのが先だろう。


 距離は300メートルぐらいだったので、狙撃銃を持ち出してチャレンジしてみることにした。壁の向こうを撃つためにピックアップトラックを呼び出して荷台に上り、二脚を天井の上に置いて膝射の姿勢で構えた。レバーを引いて装弾してからスコープの中の十字線をテラスにいる左の男の胴体に重ねる。呼吸を整えて静かにトリガーを絞った。


 サプレッサーからくぐもった音がしたが、スコープの中の男は驚いたように後ろを振り向いた。どうやら上を抜けてしまって壁を直撃したようだ。今度は腰の高さを狙って、トリガーを引くと、その場で崩れ落ちた。二人目三人目も少し低い位置を狙ってトリガーを引くと同じように一発で命中した。 


 大きな声が建物から聞こえて、矢倉の弓兵が矢を番えているが、何処から襲われているかが相手は判っていない。矢を番えた男達も立て続けにスコープの中で撃ち倒した。


 -これで5ダウンだ。後は近接戦闘で・・・


「よし、じゃあ、建物に入ろう。俺が門を破壊するから、ショーイが斬り込んでくれ。後ろは俺がカバーする。リンネはどうする? ここに居ても良いぞ」

「あたしも一緒に行くよ」

「そうか、じゃあそういう事で」


 ショーイに斬り込み隊長を任せたのは意欲を買っているのと、サリナの父親を見つけてもらうためだ。知らない俺だと敵と間違えてで撃ち殺してしまうかもしれない。


 -さて、いよいよサリナパパの奪還だ。

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