第170話Ⅱ-9 陽動作戦

■火の国の国境手前


 俺達は火の国との国境手前5㎞ぐらいの地点でゆっくりと夕食をとりながら日が落ちるのを待っていた。今日の夕食はサリナ達も食べているであろう牛丼にしてみた。みそ汁とサラダもつけて、リンネとショーイには食べやすいようにレンゲとフォークを渡してやる。リンネの表情を見ていると牛丼も口にあったようだ。


「今日は関所を避けて通らないのか?」

「そうだ、今日は関所をぶち壊して通り抜ける。王都に関所が破られた連絡が入れば、水の国から兵が来ると誤解するかもしれないだろう?」

「そうか・・・、森の国に回す兵をこっちに引き付けるつもりなんだな?」

「ああ、どのぐらいの兵がこっちに来るかは判らないが、多少の効果はあるはずだ」


 俺は関所のバリケードを大きいピックアップトラックで粉砕するつもりだった。バリケードと言っても、木で組んだ柵のようなものだから鉄の塊なら一撃で砕ける。多少車に傷がつくが、まったく気にならない。代車は無限にあるのだ。


 夕食を終えて、時計が20時になったので、キャンピングカーを収納してピックアップットラックに3人で乗り込んだ。ライトをハイビームにして暗闇の街道を走り始める。ヘッドライトに照らされた関所に近づくと、兵士達が飛び出してくるのが見えた。こちらを指さして、何かを叫んでいるようだが、エンジン音で声は全く聞こえない。俺はアクセルを思いきり踏み込んで車を加速させて、クラクションを鳴らしっぱなしにした。そのまま関所に突っ込み80㎞ぐらいのスピードでバリケードを弾き飛ばした。ほとんど抵抗もなく柵は木っ端みじんになり。周りから矢を射かけてきた軽い音が車に当たった気がしたが、誰一人怪我をすることも無く関所を通り抜けた。


 関所に居た兵には何が起こったか理解できないだろう。突然明るい光が見えたと思うと大きな塊がバリケードをぶち壊して通り抜けて行ったのだ。魔獣か何かだと思ったかもしれない。


 何にせよ、明日には王都に報告が行くはずだ。東の関所が襲撃されて、森の国へ出兵する兵の一部でもこちらに回って来ればしめたものだ。


「この後はどうするんだい?」

「サリナの父親が捕らえられている森の近くで野営をするよ。そして、明日の朝に襲撃する。その準備としてリンネには新しい魔獣兵を今日の晩から森に放って欲しい」

「いいよ、あんたが集めてきたお仲間だね。何をさせるんだい?」

「別邸の周りで一晩中吠えさせてくれ。見張りの兵士達が全員眠れないようにな」


 銃を持っての正面突破も十分に可能だが、相手を弱らせてからの方が確実だ。俺達が寝ている間も新兵の諸君は頑張ってくれると俺は信じていた。


 ■水の国の街道


 -ヒヒィーン!


「ウワァッ!」


 暗闇の中でフラッシュライトの明かりを向けられた馬は驚き、棹立ちになって乗っていた男を振り落とした。落ちたと男の顔に明かりをむけると、間違いなくクラウス組合長のイアンだった。ミーシャは無言で両足を撃ち抜く。


「ギャァーーーー!!」


 イアンは情けない悲鳴を上げて、上半身をバタバタさせ始めた。


「おい、こんな時間にどこへ行くのだ? イアンよ」

「お、お前は誰だ!? 俺の足がー!!」


 ミーシャは誰とも尋ねずに撃ってから尋問を始めた。サトルと違ってこのあたりの遠慮は一切ない。イアンにはライトの明かりでミーシャの顔が影になり、誰かは判らないようだった。


「私が誰かなどはどうでも良い。お前にはこれから死ぬよりつらい思いをしてもらうだけだ」

「な、なぜそんなことを!?俺は森の国のクラウスで組合を任されているイアンだ。誰かと人違いを・・・」

「いや、よく知っているよ。お前が組合長で・・・、そして黒い死人達の支部長だと言う事をな」


「なんでそれを!? お前・・・、その声はエルフの戦士か!?」

「私の事はどうでもよい、それよりも組合から派遣されている傭兵の事を教えろ。お前の手下は何人送ったんだ?」

「いや、何のことだ?なにか、勘違いしてるんじゃないのか?それよりも、俺の足が…、一体どうしちまったんだ!」


 イアンは今更ごまかそうとしていたが、ミーシャは全く信じるつもりは無かった。もう一発肩辺りに撃ちこんで・・・。そう思っていると、足音とサリナの声が聞えてきた。


「ミーシャ! ごめんなさい! 寝ちゃってたね、馬の鳴き声で目が覚めたの」

「ああ、構わない。こいつが悪い奴だビリビリで頼めるか?」

「うん、大丈夫だよ」


 サリナはタクティカルベストからスタンガンを取り出して電源を入れてイアンに近寄った。首元にスタンガン近づけようとした瞬間に男の右手が腰のあたりから素早く動く。


 -プシュッ! -プシュッ!


 だが、ミーシャは見逃さずに男の首元へアサルトライフルで2発叩きこんだ。男の右手には短剣が握られていたが、サリナに届く前に力なく腕は地面に落ちてピクリとも動かなかった。


「ああー! ミーシャ、死んじゃったよ!?」

「うん・・・、まずいな。だがお前が危なかったからな。仕方なかったのだ」

「そっか、ありがとう。仕方ないね。でも、せっかく待ってたのに何も聞けなくなっちゃったね」

「そうだな・・・、とりあえずお前はそいつが何か持っていないか服を探ってみてくれ、私は馬の積み荷を調べてみる」


 頑張って張り込んでせっかく捕らえたのに、殺してしまっては意味が無い。ミーシャは少し後悔しながら馬の後ろに積まれている麻袋に手を伸ばした・・・。

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