第169話Ⅱ-8 張り込み

■南方州の荒れ地


 今日の狩りは順調だった。朝から7頭でうろついていたサンドティーガーの群れを見つけて倒すことが出来たし、大物のクレイジーライナーを遠くに見つけて50口径の対戦車ライフルで500メートル地点から命中させることも出来た。ミーシャ様の1㎞狙撃にはかなわないが、俺としては500メートルからヒットさせることが出来れば十分満足だった。


 その後も虎系魔獣を順調に仕留めることが出来て、12時前には目標の20頭に到達していた。ショーイも連れて来ていたが、俺が撃っているときに周囲の警戒をしている以外はほとんど車の中で寝ていた。


 キャンピングカーに戻ってみると、リンネ画伯の素晴らしい水彩画が仕上がりつつあった。何を描くのかと思っていたら・・・、自画像を描いていた。鏡に自分の顔を映して、それを描いたのだろう。リンネの綺麗な目がスケッチブックの中からこちらを見ているようだった。


「リンネ・・・、すごいな! メチャクチャ上手いじゃない!」

「そ、そうかい? 久しぶりだからね・・・ちょっと不思議な感じなんだけどさ。せっかくきれいに映る鏡があったからね。自分の顔を描いてみたくなったのさ」


 そういう事か、この世界の鏡は俺達の世界の物とは違って、金属を滑らかにして反射させている物だから写りが悪い。自分の顔がはっきりと見えるのは初めてだったから描きたくなったのだろう。


「人物がを描くのが好きなのか?」

「いや、そういうわけでもないけどね。風景の方が好きだけど・・・、ここはちょっとね」


 確かに岩とブッシュしかない荒れ地では創作意欲を掻き立てないのだろう。


「そうか、今度はもっと景色のいい所に行こうか?そうだな・・・、火の国の件が落ち着いたらみんなで遊びに行こう。いつも殺し合いとか狩りばかりだからな。たまには休養も必要だよな」

「本当かい!? うれしいねぇ、何処か水のあるところが良いねぇ」


 リンネに向けて言いながら、俺にも休養が必要だと気が付いた。俺の異世界生活はこんなに多忙になる必要は無いのだ。毎日寝ていても良いはずなのに・・・。


 良し! 決めた! 火の国の王を追い払ったら1カ月休養を取ることする!


■水の国 セントレア北の森


 ミーシャとサリナは街道を車で爆走して、昼過ぎには森の国を出て水の国へと入った。そのまま街道を南へ進んで、国境とセントレアの中央ぐらいにある森の中へ車を隠して、街道が良く見える小高い場所を見つけて、必要な荷物だけを車から降ろしてテントを張った。テントは落ち葉の色に似ているから森の外からだと見付けられることも無いだろう。


「サリナ、早くても夜まではここには来ないはずだから、今のうちに休んでおいてくれ。お前は昨日の夜に活躍したから疲れているだろう?」

「うん、車を運転していても眠かった。ミーシャは大丈夫なの?」

「お前が寝た後に交替してもらおう。今から・・・4時間後に起こすからゆっくり寝てくれ」

「ありがとう♪ じゃあ、先に寝るね」


 サリナはテントの中で寝袋には入らずにその上で枕に頭を置いたと思ったらすぐに寝息を立て始めた。サトルがいつも驚いていたが、寝つきの良さが尋常では無かった。


 ミーシャも腹這いになって枕を顎の下に敷いた状態で街道を眺め始めた。街道には人も馬車もほとんど通っていない。ミーシャ達が車で走っているときも馬車を見かけなかった。おそらく、戦が始まることが分かっていて出歩く人が減ったのだろう。


 ミーシャにとっては好都合だった、獲物を見逃すことは無いはずだ・・・。


 §


 日が暮れるまでに街道を通ったのはセントレアに向かう荷馬車が3台だけだった。サリナは4時間も立たずに目を覚まして、日暮れとともに夕食の用意を始めてくれた。


「夜はこの袋を温めてごはんにかけろって言ってたの」

「ふむ。中身は何だ?」

「お肉! ぎゅうどん っていうのになるらしいよ!」

「そうか! 肉か! うん、さすがサトルだな」

「うん!いつもの赤いのでお湯を沸かして袋のまま温めるんだってさ」


 サリナはお湯を沸かすときや肉を焼くときに使う赤い台をリュックに入れていた。黒いつまみを押しながら回すと、簡単に青い火が付く便利なものだ。鍋に魔法で水を入れて、カチりと火をつけた。


「ゴミは全部持って帰って来いって言われたから、捨てるものはこの黄色い袋ね。それから、これがミーシャのお箸でこっちが私の!」


 細長い箱に入った箸を嬉しそうに二つ出して一つをミーシャに差し出してくれた。


「いつもの木の箸と違うのだな?」

「うん、ごみが増えると大変だから洗って使えってサトルが言ってた。なんで森に捨てちゃいけないんだろう?」


 ミーシャ達にはごみを捨ててはいけない理由が判らなかったが、サトルが言うなら何か理由があるはずだし、二人とも言う通りにするだけだった。


「お湯が沸いたら、先にスープを・・・」


 サリナはカップに粉のようなものを入れて鍋からお湯を注いだ。


「それで、鍋の中にこの袋と・・・こっちのご飯と・・・。で、時計で時間を計って待つだけ!」


 ミーシャはサリナが食事の用意をしてくれているのを視野に入れながら、街道への警戒を怠っていなかった。既に日が沈んで暗闇になりつつあった。組合長が通るとしたらランプか松明を持っているだろうから、すぐに目を引くはずだった。


「よし、時間になったから・・・、この器にご飯を入れて・・・、その上に袋のこれを掛けて・・・、ああっ! 良い匂いがするよ!」


 二人の間に食欲をそそる匂いが広がってきた。


「お肉と玉ねぎの匂いだね! はい、これはミーシャの分ね!スーブはカップに入れたから」


 サリナがご飯に袋から出した肉汁を掛けた器をサリナに差しだした。


「ありがとう。うん、本当に良い匂いだな」

「それで、こっちが私の・・・、じゃあ、いただきまーす!」

「いただきます」


 サトルに教えてもらった掛け声の後は無言で牛丼を食べ始めた。口の中でご飯と甘辛く煮た牛肉の味が広がって行く。夢中で食べると・・・あっという間に丼が空になった。


 サリナはスープを飲みながら空になった丼を見つめていた。


 -全然足りない・・・


「ねぇ、ミーシャ。お替わりしよっか?」

「良いのか? サトルが日数を計算して渡したのだろう? そんなにお腹が空いているのか?」

「うーん、お腹は空いてないけど、美味しいからもっと食べたいなぁって思ったの」

「・・・足りなくなったらどうする? それに・・・、最近食べすぎではないのか?」

「うーん、でもね。口が食べたいって・・・」

「太るぞ」

「!」


 ミーシャの冷たい一言でサリナはお替わりをあきらめたようだ。カップに入れたスーブを少しずつ飲み始めた。ミーシャは食べ終わった食器をサリナの水魔法できれいに洗ってから、仮眠をとることにした。


「3時間たったら起こしてくれ、夜の街道は誰も通らないはずだ。それまでに誰かが通った時も起こしてくれ。頼めるか?」

「うん、任せて♪ これもあるし!」


 サリナはサトルに貸してもらった暗いなかでも見える不思議な筒を嬉しそうに持ち上げた。サトルの魔法具を自分のものとして自在に扱えるのは大したものだとミーシャは思いながら、寝袋の中に潜り込んだ。


 §


 ミーシャは3時間の睡眠の後にサリナと見張りを交替した。サリナは見張りの間にこっそりとチョコレートを食べていたようだ、テントの中に甘い匂いが残っていた。人の事は言えないが、サトルと一緒に居るとサリナは食べ過ぎてしまうようだ。もちろん、その気持ちはミーシャにもよく判る。何といっても、どの食べ物も美味しすぎるのだ。


 サトルと出会ってから、サリナもミーシャも人生が変わってしまった。サトルがずっと一緒に居てくれるわけではないことは理解している。果たして、元の生活に・・・!


 街道の向こうから明かりがうっすらと見えてきた。馬に乗った男が棒の先にランプをぶら下げているようだ。暗い夜道だから馬は歩くほどの速度だった。


「サリナ、起きろ! 来たようだ」


 低い声でサリナに声を掛けたが、すやすやと寝ていた。仕方がない、一人で行くことにしよう。アサルトライフルを手に静かに木立の中を縫って、街道脇の立ち木に隠れて近づくランプを待った。


 大柄な男が馬に乗っているのがぼんやりと見えてきた。間違いないだろう、クラウスの組合長イアンだ。


「おい!止まれ!」


 ミーシャは隠れていた場所から街道に飛び出して、フラッシュライトの光を男の顔に向けた。

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