第166話Ⅱ-5 頑張るサリナ

■森の国 王都クラウス


「サリナ、走るぞ! ついて来てくれ!」

「うん、わかった!」


 ミーシャはサリナの前を凄い速さで大きな声のする方角へ走り出した。サリナも頑張ってついて行こうとするが、すぐに引き離されてしまう。それでも、ミーシャは角を曲がる場所では必ず後ろを振り返って、サリナが来るのを待ってくれていた。


 大きな角を三回曲がると前方が明るくなっているのが見えた。


 -火事の炎だ!


 近づくにつれて、人の叫び声がどんどん大きくなってくる。サリナが息を切らせて、ミーシャに追いついた場所には大勢の人垣が出来ていて、その向こうには人の高さぐらいまで壁が燃えている建物があった。


「サリナ! 頼んだぞ!」

「うん、任せて!」


 説明されなくてもサリナは頼まれたことが判っていた。腰のポーチに差している水のロッドを手にして、人垣を押し分けて前に出て行く。


「おい、あぶないぞ。あまり前に行くな!」

「大丈夫!直ぐに消すから!」


 心配してくれた親切なオジサンを押しのけて、サリナはロッドを炎に向けて叫んだ。


「じぇっとおーたー!」


 サリナのロッドからタケルがタブレットで見せた消防の放水が迸って行く。炎は強烈な水流が叩きつけられて勢いを失っていった。そのまま水を出し続けながら、サリナは少しずつ、火元に向かって近寄って行った。


「す、凄い! あんなにたくさんの水が!」


 大量の水が叩きつけられて壁に穴が開いたかもしれなかったが、サリナは火が消えるまで水を出し続けた。どんどん近づいて風の力を少しずつ弱くしながら水だけを出し続けると見える範囲の炎が完全に消えた。


「ミーシャ! 消えたみたい!」

「ああ、良くやった。凄いぞサリナ!」

「うん、頑張ったから」


 だが、笑顔でサリナをほめていたミーシャが顔を横に向けて眉をひそめた。


「どうしたの? ミーシャ」

「いや、声が・・・」


 -火事だ! 火がついているぞ!


 サリナの耳にもさっきと同じような声が聞えてきた。ミーシャは小さくうなずくとすぐに走り始め、サリナはその後を必死で追い始める。次の燃えている場所は近かったが、そこに水をかけ始めると、また離れた場所から叫び声が聞えてきた。


「サリナ、これは何か所も放火している奴が居る・・・、一つずつ消していったのでは間に合わないかもしれない・・・」

「うーん、どうしよう・・・、わかった! 全部いっぺんに消せばいいんだね!?」

「全部? どうするんだ?」

「任せて! サトルと練習したから!」


 サリナは水のロッドを空に向かって突き上げて、水の神に祈りを捧げた。


 -ワテル様、たくさんの水を雨で降らせて下さい。火が消えるまでずーっと!


「おーたー!」


 ロッドを突き上げたまま、目を瞑っていると炎に照らされた夜空から大粒の雨がポツリ、ポツリと落ち始めて、やがて地面に叩きつけられた雨音が響くほどの豪雨が降り始めた。


「これは・・・、凄い雨だな。こんなに雨が降るのを見るのは生まれて初めてかもしれない」


 ミーシャの言う通り、雨の少ないドリーミアではサリナも見た事が無いほどの豪雨だった。だが、サリナはサトルと荒れ地で魔法の練習をしているときに、激しい雨や嵐をタブレットで見せてもらって水魔法の練習をしていた。今降らせた雨はタケルの国では良く降るぐらいの雨らしい。目の前で燃えていた建物の壁も雨でどんどん火が消えて行っている。サリナもミーシャも既に全身がずぶ濡れになっていた。


「雨はしばらく降るから、他の所も見に行こうよ」

「そうか、この雨は続くんだな」

「うん、火が消えるまでは止まないの」


 ミーシャは雨の中を声がしていた方角へ向かって走り始めた。サリナが遅れながらついて行くと、まだ火がついている建物に井戸の水をかけている男達が大勢立っていた。


 サリナはかいくぐるように男達の間から割り込んで、ロッドから大量の水をかけて火を消した。囲んでいた男達から賞賛の歓声が上がる。


 -オォー! 魔法だ! 大量に水が飛んで行くぞ!


「お嬢ちゃん、助かったぜ! 凄い魔法だな!」

「うん、任せて♪」


「良し、サリナ。次に行こう」

「うん!」


 ミーシャとサリナは騒ぎの声を頼りに残り3か所の火事を消して回ったが、雨の勢いでほとんどがボヤ程度で収まっていた。


「もう大丈夫みたいだな」

「そうかな? これで全部かな?」

「ああ、お前のおかげで大事にはならなかった。あのままだとこの王都全体に火が広がったかもしれない。感謝する」

「ううん、役に立てたならそれで良いの。雨の練習もしといて良かった。これもサトルのおかげだね」

「そうだな。ところで、そろそろ雨は止まないのか?」


 降り続く雨で足元には深い水たまりが何か所も出来つつあった、今度は水害の心配をしないと行けないレベルになって来ていた。


「じゃあ、もう終わりにしてもらうね」


 -ワテル様 ありがとうございました。もう雨は十分です。


 サリナがロッドを天に向けて心の中で祈りを捧げると雨は直ぐに止んだ。


「これで大丈夫だね。でも、服がびしょびしょになったよ」

「そうだな。リュックの中の着替えも濡れてしまったからな。やはり車に行って着替えることにしよう」

「うん、早く行って車の中で寝ようよ。なんだか疲れてきた」

「ああ、今夜のお前は大活躍だったからな」

「そうだよね! 頑張ったからサトルも褒めてくれるかな!?」

「必ず褒めてくれるぞ、お前たち二人で練習した成果だからな」


 サリナは南の荒れ地でサトルと練習した魔法の事をいくつも思い出していた。雨の魔法がいつ役に立つのかは判らなかったけど、サトルが雨の魔法は必ず役に立つと言ってた。


 二人は静かになった町の通りを街道に続く門へと歩き始めた。サトルのライトは濡れてもちゃんと暗い夜道を照らすだけの明かりを放っている。


「サリナ、隠れろ」


 突然、ミーシャが小声で通りから路地にサリナを引きずり込んだ。


「どうし・・・」

「シィッ! 声を小さくしろ。私たち以外に町を出ようとしている奴らが居る。こんな夜更けに・・・」

「悪い奴らなの?」

「どうだろう・・・、だが、怪しいな・・・」

「どうするの?」

「そうだな・・・」


 サトルが一緒ならどうするかをすぐに決めてくれるが、ミーシャは迷っているようだった。サトルが一緒なら・・・


「ミーシャ、捕まえようよ。悪い人じゃなければサリナの魔法で怪我も治療するから大丈夫だよ」

「そうだな、そうしよう!」


 サトルが居なくても二人で力を合わせれば何でも出来るはず、悪い奴らは捕まえないと!


 二人は静かに町を出ようとしている男たちの後を追い始めた。

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