第164話Ⅱ-3 ミーシャとサリナ
■森の国 王都への街道
ミーシャは一人で運転することに多少の不安はあったが、サトルに貸してもらったバギーを街道に沿って事故を起こすことも無く走ることが出来た。途中の検問では多くの兵に囲まれたが、ミーシャの顔と王命の証を見せるとすぐに通ることが出来た。
大きな車に乗って後ろを走るサリナと無線で話をしながら3時間ほどで王都が見える場所までたどり着いたが、王都には車で入らずに森の奥に車を隠してから歩いて王都に向かう事になっている。サトルからは戦が始まるまでは、王都では出来るだけ目立たないようにしておけと言われていた。
「ここで大丈夫かな? 誰かに触られたりしないかな?」
サリナと二人で2台の車に森の色をした大きな網のような物を掛けて、その上に木の枝や草などを掛けておいた。近くまで来るとすぐわかるが、遠目からは目立たないようになってはいた。バギーの後部座席に追加で積んだ荷物も鍵のかかるサリナの車に全部移してある。
サトルは昨日の夜に準備した物だけでは満足できなかったようで、サリナに色々と説明しながら朝からバギーに物を積み込んでいた。ミーシャにはそれが何かは判らなかったが、サトルが必要と思い、サリナが理解していれば間違いなく役に立つもののはずだった。
「そうだな、近くまで来ると見つかってしまうだろうが、このあたりは獲物も少ないから狩りで入って来るものは居ないだろう」
「そっか、じゃあ大丈夫だね」
サリナは口ではそう言ったものの、まだ心配している様子だった。
「今日の所はクラウスに行って、王に会ってくる必要がある。明日の朝までだから我慢してくれ」
「うん、わかった!」
ミーシャとサリナは背中にリュックを背負って森の中をしばらく歩いてから、街道に戻り王都を目指した。
■エドウィンの組合
俺は久しぶりにエドウィンの町へ立寄ってみた。思えばこの町から俺の異世界生活がスタートしたのだが、当初のライフプランとは全く異なった展開になっている。まあ、人生とはそんなものかも知れない。
それに対する不満も無くなってきていた。むしろ、魔獣を撃つだけの人生よりもやりがいある。最近はそう思うようになっている。
エドウィンに来たのは、南の状況や炎の国との戦についてどのように伝わっているかを確認するためだった。組合の中には親切なお姉さんが今日も座っていて、俺に笑顔を向けてくれた。
「お元気でしたか? 久しぶりですね」
「ええ、元気です。覚えていてくれたんですか?」
「はい。ここで新しく登録をされる方は少ないですからね」
旅をしてわかったがエドウィンは取り立てて何があると言うことの無い小さな町の一つだった。周辺には豊かな畑があるから、大きな村が町に昇格したような感じなのだろう。
「最近は南の魔獣とかはどうなっていますか?」
「増えているそうです。段々とこちらの近くでも襲われていると聞いています」
「そうですか、心配ですね。心配と言えば、火の国と森の国で戦があると聞きました」
「はい、私もそう聞いています。昨日は馬車と馬の買い付け業者がここに来ていましたから、すぐに戦が始まるかもしれません」
-イースタンの言っていた馬車の徴用と言う事か・・・
「でも、火の国と森の国の事ですからね。この水の国には関係ありませんよ」
「そうですかねぇ。そうだと良いんですけど・・・、ありがとうございました。これはお礼です、美味しい焼き菓子ですから食べてください」
俺は平和ボケの優しいお姉さんに紙で包んでおいた北海道銘菓を渡して組合を後にした。
-あと二日ぐらいで開戦するのかもしれない。
ショーイとリンネは組合のホールで薄い葡萄酒のようなものを飲んで待っていた。
「用は済んだのかい?」
「ああ、魔獣はかなり北上してきているらしい。それから、馬車を集め出しているから、すぐに戦が始まるだろう」
「それで、いつ火の国に行くつもりなんだ?」
ショーイの頭の中には火の国の事しか無いようだ。
「明日か明後日、今日の狩りの結果次第だな」
■王都クラウスの居酒屋
大きな体の男が二人、酒を飲みながら額を寄せ合って小声で話していた。日暮れにはまだ少し早いが、人気のある店で既に店のテーブルは半分ぐらい埋まっている。
「それで、今夜やるんだな? 何人ぐらい集めた?」
「あまり多いとかえって目立つからお前を入れて10人だ。日が暮れたら焚き付けを先に並べて、寝静まったころに火をつけろ」
「10人か・・・、わかった。お前はどうするんだ?」
「俺はここでは目立つことは出来ないから、全てお前に任せていつも通りに家にいるよ。騒ぎが大きくなったら、頑張って火を消すことにするさ」
男は自分達でつけた火を消すと言って邪悪な笑みを浮かべて酒を煽った。おそらく、消火はポーズで消す気などは無いのだろう。
「そう言ってくれるとうれしいぜ。風の国では死ぬところだったからな・・・」
「一体何があったのかは、誰にもわからないのか?」
「判らない・・・、壁から大きな音がしたと思ったら、俺は倉庫の近くの水路まで石壁と一緒に吹き飛ばされた。左腕が折れた程度で済んだのは偶然だ」
「石壁と一緒にか!? やはり魔法なのか?」
「たぶん、いや、だが俺達の知っている魔法ではない」
吹き飛ばされた男は魔法として知られている力とは比べて、桁外れな破壊力であることを理解していた。
「そうか。じゃあ、そろそろ準備があるから俺は行く。予定通り南の町はずれにある廃屋に日が沈んだら来てくれ」
「わかった、手筈通りにやっておく」
男達は残った酒を飲み干して居酒屋を出て二手に別れた。
居酒屋から出てきた大きな男達が別れた時に丁度ミーシャとサリナは王との謁見を済ませて、居酒屋の入っている宿へ着いたところだった。
「あの男は確か・・・」
「ミーシャの知っている人なの?」
「ああ、ちらっと見えただけだが、おそらくここの組合長だな」
「ふーん、そっか」
サリナはミーシャが組合長と言った大きな男の背中を見てから、一緒にいたもう一人の男が歩き去った方角を振り返った。男達はミーシャとサリナには気づかずに立ち去って行く。
「あの人は誰だったかな?」
「なんだ、あっちはお前の知り合いなのか?」
「うーん、思い出せないけど。どこかの組合の人かな?」
「そうかもしれないな、そろそろ宿に入ることにしよう。ここの焼き串は上手いぞ」
「本当に? 昨日の焼き肉よりおいしい?」
「・・・」
「ごめんなさい」
「謝る必要はないさ」
ミーシャにも聞いたサリナにも、この国の料理でサトルが食べさせてくれるものより美味しいものが無いことは十分に判っていた。
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