第162話Ⅱ-1 この国での生き方
■水の国 王都大教会 摂政執務室
マクギーはサトル達が帰った後は扉を閉めて一人で考え込んでいた。ランディが書いた紹介状の内容から判断して、あの二人は桁外れの力を持った存在であることは間違いない。
敵対するな・・・、それはマクギーへのメッセージだった。絶対に敵にしてはいけない相手、すなわち国の兵力をすべてつぎ込んでも勝てない相手と言う事だ。見た目は単なる二人の若者にしか見えなかったが中身は違うのだろう。その二人の一人が炎の国の王を交替させると言って帰って行った。この国を預かる私への頼み事が、金や地位や仕事では無く、火の国を任せられる人材の派遣と言うのは中々に面白い話だったと思い出して、思わず笑みが浮かんだ。
だが、さすがにそのままを信じることは難しい。炎の国は1万を超える強兵を持つ国で武術士や魔法士の質も我が国をはるかにしのぐのだ。どうやって、王を交替させることが出来ると言うのか・・・、だが、何かの力を持っているのも間違いない。マクギーは今回の戦には水の国としては表向き関与せず、趨勢を見極めてから動く準備をしていたが、もし先ほどの二人が炎の国を倒す力を持っているなら作戦を練り直す必要がある。
外で警備している衛兵に机の上の呼び鈴で合図をして馬車を用意させた。予定していなかったが、今日中に王にあって直接報告すべきだろう。この国、いやドリーミア全体を左右する話し合いになるのは間違いない。
絶対に敵対してはいけない力・・・、果たしてどのようなものなのか・・・
■イースタンの屋敷
マクギーとの会談を終えた後は直ぐに屋敷へ戻った。イースタンは出かけていたが、ミーシャやハンス達は俺が戻るのを応接間で待っていた。
「マクギー様との話し合いはどうでしたか?」
「話し合い・・・、いや、俺の考えを伝えてきただけだから」
「サトル殿の考えといいますと?」
「ああ、みんなにも伝えておくけど、俺は炎の国の王様を追い払うつもりだから」
「お、追い払う!?」
「それはどういう言う意味だ?」
「どうすればそんなことが?」
全員驚いて口々に色んな質問をし始めた。
「ああ、具体的にどうするかは考えてないんだけど、その前に俺の考え方を改めて伝えておくよ。俺はこの国に来たときは、出来るだけこの国の事にはかかわらずに生きて行こうとしていたんだ。悪い奴らが居ても俺が罰するつもりはあまりなかった。はっきり言って関わり合いにならないつもりだった」
「だけど、この国で生きて行く以上はそれでは済まないし、どうも理不尽なことが多すぎるから、俺が納得できないことは俺の力で替えて行くことに決めた。その為に相手を倒す必要があれば容赦なくやるつもりだ」
黒い死人達とその背後にある炎の国のやり方を見て、俺はこの世界での生き方を変える決断をしていた。以前から徐々に変えつつあったが、今回の戦を機に積極的にこの世界に関わって行くつもりだった。といっても、自分が国王になったりするつもりはないから、政治はマクギーのような仕事のできる人間に委ねるつもりだ。
「なるほど、それで炎の国の王を・・・」
「ああ、風の国の王もポンコツだったが、アイツはバカなだけで悪人と言う感じでもなかった。だけど炎の国は違うだろ?あいつ等は黒い死人達と同じだよ。国の形は取っているけど、やっていることは犯罪者と同じだからな」
「ならば、お前も私と一緒に炎の国と戦ってくれるのか!?」
ミーシャが期待を込めてタケルを見てくれている。期待に応えたいのだが・・・
「いや、俺は戦が始まったら他にやることがある。その代わりミーシャには道具を色々渡しておく。銃と国を滅ぼせるぐらいの銃弾、それから食料と車も用意する。あとは・・・、サリナはミーシャと一緒に行ってくれないか? これは俺からの頼みだ」
「サトルのお願い?」
サリナは不思議そうな顔をして、俺を見返した。
「ああ、二人の力で炎の国が攻めて来たら徹底的に叩きのめしてやってほしい」
「サトルのお願い・・・、うん!判った! サリナはミーシャと炎の国をやっつける!」
「ハンスもそれで良いか?」
「ええ、私たちはサトル殿が導く通りにいたします。それで、サトル殿は?」
「俺はサリナの父親を助けに行く」
「エッ!? それは・・・、いけません! 母の言いつけに背くことに・・・」
ハンスとサリナは驚きの表情を浮かべ、ショーイは満足そうな顔をしていた。
「俺はそんな言いつけは聞いていないから関係ないだろ? できればリンネには一緒に来てほしいんだけど?」
「良いよ、あんたと一緒なら美味しいものが食べられるし、色々と面白いからねぇ」
リンネの死人使いの能力と俺の火力を合わせれば、近接戦闘でもかなりの数を相手にできるはずだ。いくら銃を持っていると言っても、俺一人で1,000人に囲まれると危ないかもしれないから、弾除けの死人は頼りになる。
「ですが、それでは魔竜の討伐が・・・」
「その魔竜っていうのがいつ現れるかは判らないんだろ? そんなのは出て来てから考えればいいんだよ。それまでは、目の前の問題を解決する」
「・・・」
ハンスは納得していないようだったが、言い返す言葉を持っていなかった。
「ハンスはこのままここに居るのが良いと思う。お前には懸賞金が掛かっているから出歩くと目印になるからな」
「しかし・・・」
「お前がまた捕まると迷惑だから、戦が終わるまでは出歩くな。俺の言う通りにするんだろ?」
「わかりました」
多少強引だが、ハンスにはこのぐらい言っておかないと勝手に出歩いて捕まる可能性が高い。戦ってる最中に弱みを握られると戦いどころでは無くなってしまう。
「それで、リカルド様の居所はどうやって探すのですか?」
「そいつは、俺が知っている」
「ショーイが? お前がサトル殿に頼んだのか?」
「いや、サトルの考えは俺も今初めて聞いた話だ。だが、俺はサトルがそうするのを期待してなかったと言うと嘘になるな」
ショーイが俺にサリナの両親の話をしたのは、俺に救出の手助けをして欲しいからなのは承知していた。その下心を理解したうえでも、俺はサリナの父親を救出することを決意していたのは、炎の国のやり方に腹を立てていたからだ。
「ああ、俺もショーイがそう仕向けていたのは判ったけどな。だけど、その件は炎の国を倒す理由の一つに過ぎない。黒い死人達を倒すには炎の国を一度やり直さないとダメだ」
「そうですか、それがサトル殿の決めた事なら私はこれ以上申しません。ショーイは一緒について行くのだな?」
「そうだ。リカルドさんは西の森にある王の別邸に軟禁されているらしい。別邸には近衛兵が30人ほど詰めていつも警備を固めている。それに高い壁で四方が囲まれているから正門以外からは入れない。おまけに門の横には矢倉もあるから。気付かれずに奪還するのはまず無理だろう」
俺はその話をセントレアに来る道中で聞いていた。警備が厳重なのは判ったが、何とでもなるような気がしていた。
「じゃあ、ミーシャとサリナが明日出発できるように今から準備をしに出かけよう。俺が居なくても道具が使えるようにサリナが全部覚えていくんだぞ」
「うん、大丈夫!任せて!」
サリナは俺にお願いされたことと父親を助け出すと言ったことがよっぽどうれしかったようだ。目をキラキラさせて俺を見ている。
「じゃあ、ハンスはイースタンさんにお礼を言っておいてくれ。それと、これを・・・渡しておいて」
俺は登山用リュックから100円ショップのコップを50個取り出して応接のテーブルに並べた。
「これは何でしょうか?」
「イースタンさんに渡す約束のコップだ。渡してくれればわかる。金貨はいつでも良いと言っておいてくれ。じゃあ、色々解決したらここに戻って来るから、ハンスは出歩くなよ」
「はい、ここでお待ちしています」
ハンスをイースタンの屋敷に一人置いてセントレアの北門から森の国につながる街道へ5人で歩いて出た。準備をするにしても、王都の中で車を走らせると人目を引いてしまう。今日はマクギーと会ったばかりだから、街中で目立つことは避けておきたかった。
街道を30分ほど歩いてから雑木林の陰でミニバン4WDに乗って北に移動した。畑が途切れて、森の国に入る1時間ぐらい手前の森に車を乗り入れて、戦争の準備を始めることにした。
まずは武器からだ・・・ミーシャにはアサルトライフルと50口径の対戦車ライフル、それからグロックの3つの銃を予備も入れて2丁ずつ用意した。マガジンもそれぞれに4セットつけておいた。銃弾はグロックの9㎜は500発、アサルトライフルの5.56mm弾は3,000発をキャンプ用コンテナボックスに小分けして入れた。50口径は200発用意しておく、対人戦で50口径を使う必要は無いと思うが、念のために壁を撃ち抜ける銃があった方が良いだろう。
これだけの銃弾があれば、相手が矢を放つ前に大勢の人間を撃退できるはずだった。もう少し近い距離ならサリナがまとめて吹き飛ばせる。この二人相手には俺でも勝てないだろう。
車も商用ミニバンで後部座席の無いタイプに変えて、コンテナボックスに入れた銃弾をショーイに積み込ませた。ミーシャは弾の種類と装填については理解しているので、使い方の説明は不要だ。
次に車の給油をサリナに説明するため携行缶に入れたガソリンで給油する手本を見せた。サリナは燃料については全く理解していなかったが、運転席の針が赤い所に行く前に給油することを念押ししておいた。ガソリンタンクを満タンにしておいて、更に20リットルの携行缶を6個積み込んだ。120リットルあればこの国を自由に移動しても不自由しないはずだった。
食糧は保存が効くものしか積めないので、カップ麺とチョコバー、真空パックのベーコンや乾パン等を大量に入れておく。ひと月ぐらいなら生きて行けるはずだ。飲み物は魔法で水を出すことが出来るが、二人が好きなカフェオレのペットボトルを2ケース48本入れた。
それ以外にも野営用のキャンプセットやカセットコンロ、無線機等を積み込むと商用バンの荷台は大きく沈み込んでいた。過積載と言う奴かもしれないが、この世界で取り締まる警察は居ないので走れば問題ないだろう。パンクしたら・・・、あきらめるしかない。車は商用バン以外にも4輪バギーを使ってもらう予定だった。バンでは行き難い場所もあるだろうから、小回りの利くバギーがあれば役に立つ。
そうなると・・・、バンを隠すためのカモフラージュネットも用意してバギーの後部座席に積んでおくことにした。木を倒して隠そうとするおバカには道具が必要だ。
「他に何か欲しいものはあるか?」
「えーっと、食べる物でしょ、着る物でしょ、武器でしょ・・・、シャワー!」
「良し、ポータブルのシャワーを入れておこう。お湯はカセットコンロで沸かせば何とかなるだろう」
いつの間にかシャワーも習慣化していた。出会ったころとは俺もサリナも随分と変わったものだ。2つしか歳は離れていないのに娘が成長したようで俺もうれしくなっていた。
明日からは別々に炎の国と戦う事になる。今晩は景気づけに焼肉パーティーで決起大会を開いてやることにしよう。
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