第161話 水の国 摂政マクギー
■セントレア イースタンの屋敷
「サトル、ミーシャ、お帰り! 大丈夫だった!?」
「ああ、ただいま。予定通りにムーアでお頭を捕まえた」
国境を越えてセントレアまでは3時間ほどの距離だったが、最後は5㎞ほど手前でバギーを降りたので、イースタンの屋敷に俺達がたどり着いたのは夕暮れ近くだった。サリナは何故か玄関ホールで俺達を待っていた。
「そう、良かった! それで・・・、その悪い人は何処に居るの?」
「ああ、魔法で閉じ込めてある」
「ふーん、そっか」
サリナもミーシャと同じで俺が何かをしてもそのまま受け入れてくれる。二人とも現世では見かけることの少ない素直でいい娘だ。幼い頃に母親と引き離されて、もう会えないと母親から言い含められたのにも関わらずだ。俺なら確実にグレているだろうと思う。
「ハンスは何処にいるんだ?」
「お兄ちゃんは応接間でイースタンさんと話をしているよ」
「そうか、丁度いい。イースタンさんにも聞きたいことがあったんだ」
応接間に入るとハンスとイースタンはソファーに座って小声で話をしていたが、俺を見ると二人とも立ち上がった。
「サトル殿。ご無事にお戻りになられたのですね」
「ああ、4人とも無事だよ」
「ムーアの町はどうでしたか? いま、ハンスと戦の話をしてたところなのですが、開戦が近い感じでしょうか?」
「どうかな? 準備はしていたようだけど、軍資金を奪って来たから傭兵の調達は予定通り行かないはずですよ」
大商人としてのイースタンは戦争で受ける影響が大きいからできるだけ早く情報を掴んでおきたいのだろう。
「そうですか、私のところの情報でも火の国は以前から物資の備蓄を進めています。ですが、馬車の徴用はまだ始まっていないようですね」
馬車の徴用が始まるといよいよ開戦と言う事か・・・。
「イースタンさん、火の国と森の国で戦が始まると水の国はどうするのでしょうか?何もせずに、様子見ですか?」
「恐らくそうなると思います。水の国は中立を保っていますので、どちらかに加担することは無いはずです」
「でも、火の国と森の国が戦えば勝つのは火の国ですよね?」
「それも恐らくそうなると思いますが、戦に勝ったとしても森のエルフ達を制圧するのは簡単ではないはずです」
イースタンはミーシャをちらりと見ていた。
「ミーシャ、そうなのか?火の国はお前たちを狙って攻めてくるんだろ?お前たちだけで勝てるのか?」
「勝つのは難しいだろう。だが、負けるつもりもない。森に引き込めば何年かかっても来る敵は皆殺しにするつもりだ」
ミーシャ様はいつもの調子でさらりと仰いました・・・。
「それでも、エルフ達にも犠牲は出るだろう?」
「もちろんそれは覚悟の上だ、私の命など里を守るためならいつでも差し出す」
これまた、いつも通りに命を簡単に差し出す・・・、ミーシャの悪い癖だ。
「じゃあ、森の国へ戻るつもりなんだな?」
「ああ、王との約束もあるし、そろそろ国へ戻らなければならない」
「わかった、1日か2日待ってもらえるかな?」
「それは構わないが、どうしてだ?」
ミーシャの問いには返事をせずに、俺はイースタンに尋ねた。
「イースタンさん、水の国の偉い人に会えますか?会ってお話したいことがあるんですよ」
「ええ、会うことは出来ますがどなたと会いたいのでしょうか?」
「誰と?・・・、王様の次に偉い人は誰でしょうか?」
「摂政を務めるマクギー様ですが、ご多忙で私の口添えでも中々にお会いするのは難しいと思います」
マクギー?どこかで・・・、そうだ! バーンの代官から紹介状を貰っていたが、封筒にそんな名前が書いてあった。俺はストレージから紹介状の封筒を取り出して、イースタンに見せた。
「バーンの代官のランディさんに貰った紹介状です。この国の王宮で働く口添えをしてくれたそうですが、封筒にはマクギーさんの名前が書いていますよね?」
「これは・・・、中を拝見してもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
イースタンは封筒から3つ折りになった書状を取り出して中身を読み始めた。よく考えれば俺自身が中身を読んでいなかったのだが。
「な、なるほど。ええ、この書状があればすぐにでもお会いいただけるかもしれません」
「なんて書いてましたっけ?」
「まだ、お読みで無かったのですか? 内容は・・・、絶対にこの国に必要な人物であり、何としても国にとどまっていただくようにマクギー様へご推薦申し上げる。決して敵対することの無いように丁重におもてなしいただきたいと・・・、そのように書かれております」
敵対?そんなつもりはもちろんなかったが、ランディはどういう意図でこれを書いたのだろう?
「イースタンさんはランディさんの事を知っていますか?」
「ええ、良く存じ上げています。マクギー様の腹心でセントレアにいた時には何度かお会いさせていただきました。非常に優秀で誠実な方だと思っておりますが、紹介状の内容は・・・。サトル殿を尊敬・・・、いや恐れていると言っても良いでしょう」
ランディが俺を恐れている? まあ、魔獣退治の結果を見れば人外の力があることは想像がついたのだろう。
■セントレア大教会
次の朝にサリナを連れてセントレア大教会に向かった。昨晩は疲れを取るためにイースタンが用意してくれた食事は取らずに一人でゆっくりとストレージにこもった。サリナは寂しそうにしていたようだが、サリナ達抜きで考えたいことがあったので放っておいた。
セントレアの大教会は広い礼拝室にはほとんど人が居ない。教会としての機能はわずかに残されているだけで、殆どが内政業務に関する役所になっているらしい。
水の国の摂政マクギーは王に代わってこの国の内政外政すべてを扱っている。朝から晩まで大教会にある執務室に居るから、紹介状を持って行けば取り次いでくれると言ったイースタンの言葉は嘘では無かった。
セントレア大教会の奥にあった事務局のような場所に紹介状を渡すと、応接に通された後に衛兵4名に連れられて、俺とサリナは3階にあった大きな扉の中に通された。
部屋は通りに面した大きな窓から光が差し込んでいて、その手前の大きな机に向かって白髪の男性が書類に何かを書き込んでいた。
「そこに座って、お待ちください」
衛兵が指し示したのは大きな楕円形のテーブルとセットになっている背もたれの付いた椅子だった。言われた通りに座ったが、衛兵は部屋から出ずに入り口で2名、俺のすぐ後ろで2名が立っている。いつもの事なのかもしれないし、俺を警戒しているのかもしれない。
15分ほど待たされてから、机に座っていた男が顔を上げて衛兵を呼んだ。
「この書類をすぐに陛下の元へ届けてくれ」
「はっ!」
蝋で封緘した丸めた書状を渡された衛兵は早足で部屋から出て行った。机に座っていたマクギーは首を鳴らしながら、笑顔を見せてサトル達の前に座った。
「待たせたな。私はこの国の摂政を務めるマクギーだ。やることが山積みでね、肩が凝って仕方がない」
「私はサトル、こちらはサリナです」
「よく来てくれた。それで、この国で働いてくれる気になったのか? 紹介状には・・・、君たちのいう事は何でも聞けと、要するにそういう事が書いてあったんだが・・・、ランディほどの男がそう言うには、それなりの理由があるはずだ。君たちは一体何者なんだ?」
マクギーは口元に笑みを浮かべているが、冷たい目線で俺達を見定めようとしていた。
「私は何者でもありませんが、サリナは勇者の血を引く一族です。それと、私たちはこの国で働くつもりもありません」
「!? 勇者の一族か! なるほど・・・、だが働くつもりで無ければ、なぜここに来てくれたのだ?」
「火の国の事を相談しようと思ったのです。近いうちに森の国と戦が起こると聞いていますが、水の国はどうされるつもりでしょうか?」
「我が国か・・・、いや、特に何もするつもりはないよ。2つの国の問題だからね、私たちが関わる話では無いんだ。それが君たちに何か関係あるのかね?」
「ええ、私は火の国を滅ぼすつもりでいますから」
「ほ、滅ぼす! それはどういう意味なのだ?」
驚くマクギーに合わせて俺の後ろの衛兵が身構えた音が聞えてきた。
「そうですねぇ、正確に言うと王様を交替してもらうっていう事になると思います」
「そんなことが出来る訳が無いだろう。火の国は我が国や森の国よりも強大な兵力を持っているのだぞ」
マクギーの顔からは完全に笑みが消えて、狂人を見るような眼で俺の方を見ていた。
「ええ、それは知っていますが、何とかなるはずです。それでマクギーさんにお願いしたかったのは、代わりの王様を見つけて欲しいんです。王じゃなくて、この国の一部にしてもらっても構いませんが、いきなり王様が居なくなると国内が混乱するかもしれないので」
「か、代わりの王? ・・・、失礼だが、君が話していることが全く理解できない。私も忙しい身の上なのでな、戯言に付き合っている暇は無いのだよ。そろそろ・・・」
「ええ、私が伝えたかったのもそれだけなので、これで失礼します。ですけど、私の話は考えておいてください。火の国の王様が居なくなった後の事。では」
「・・・」
俺とサリナは椅子に座ったままのマクギーを残して部屋を出た。俺自身も具体的な手順が見えている訳では無かったが、黒い死人達と結託している火の国をこのままにするつもりは無かった。俺の権限で王様には替わってもらうつもりだったが、その後の事まで面倒を見るのは面倒だから、評判の良いこの国の王様や摂政が面倒を見るのが良いだろうと思っていたのだ。
だが、そのためには先にやらなければならないことがある。
まずは、サリナの父親を取り戻すのだ。
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