第160話 水の国

■火の国と水の国の国境付近


 俺達が野営していた森の中から水の国の国境までは3時間足らずで到着した。水の国へ向かう街道は狭かったので、4輪バギーに乗ってインカム越しに火の国とサリナの両親についてショーイと会話をしながら運転してきた。俺は母親が軟禁されている理由を聞いて、これからどうするべきなのかを悩みながらハンドルを握っていた。


 サリナとハンスは俺にはっきりと伝えていなかったが、母親が軟禁というか火の国にとどまって魔法士の育成に協力している理由は二つあった。一つは夫であるリカルドが捕らえられていること。もう一つはサリナを自由にするためだった。


 サリナの父親はこの世界では変わった人で、いろんな場所に旅をして、得た情報を紙に書くことで暮らしていた。サリナの母親には勇者の事を聞くために訪ねて来て、そこで恋に落ちた母親と結ばれた。サリナが生まれた後も旅を続けていたのだが・・・。


 火の国は母親を取り込むために、リカルドが火の国に旅から戻って来た時に捕らえて軟禁した。そして、今度は父親をエサに母親を王宮に呼び寄せて、その隙に町に残っていたサリナを捕らえたのだ。ショーイの父親が殺されたのも、サリナを捕らえるための布石の一つだったようだ。やっていることは完全に犯罪者集団のそれと同じだった。母親は娘の開放と夫の身の安全を条件に魔法士の育成に力を貸している・・・、ダイジェスト版で言うとそんな感じだった。


 火の国自体が腐っているような気がするが、俺がどこまで関与するべきかが悩ましい。すっかり忘れそうになっていたが、この世界に来てやりたかった事は人助けでもないし、悪人退治でもないのだ。ここまでは成り行きで黒い死人達と戦う事を選んだが、やりたくてそうした訳ではない。あくまでも自衛のためで、向こうが仕掛けて来なければ、何もするつもりは無かった。


 しかし、今は国境を越えなければならない。関所は小高い丘に挟まれた場所にあるとショーイから聞いていたので、目印になっている丘が見えるとすぐにバギーを荒れ地の中に乗り入れて街道から離れた。結局のところ、国境に壁やフェンスがあるわけではないので、関所をかわして水の国へ入るのは造作もない事だった。4輪バギーは雑木林や荒れ地を弾みながら順調に進んで行ったが、やがて小さな川に行く手を阻まれた。


 もちろん川があっても、なんの問題も無い。ストレージからエアボートを取り出して川に浮かべて、そのまま川を遡上して行った。川は北の方から流れていたので、国境の関所からは遠ざかって行くことになる。


「ショーイ、水の国の兵士はどれぐらいの人数が居るんだ?」

「火の国よりは少ないはずだ。それも、今は南のバーンに兵を割いているから王都周辺の兵は手薄だ。だが、水の国は国境に兵は置いていないから気にする必要は無いぞ」

「ああ、だが。万一火の国が攻めてきたときはどうだ?」

「火の国が水の国を攻める? なぜそんなことをするんだ?」


 この国では戦争らしい戦争がこれまでなかったらしいから、領土拡大とか覇権主義という考え方がショーイには理解でき無いのだろう。俺は火の国が森の国を攻めるなら、水の国も侵略してくることも十分にありうると考えていた。


「火の国の考えを他の国に押し付けるために森の国を攻めるなら、水の国も同じように攻めてくるかもしれないだろう?」

「しかし・・・、そうか。火の国が獣人やエルフを捕らえようとするなら、このドリーミア全てを自分達の思う通りにしたいと言う事なのか?」

「そういう事かもしれない」


 火の国がどこまでやる気かは判らなかったが、黒い死人達と結託しているような国だ。国王もロクなヤツではないだろう。そう言えば、水の国の国王はどうなんだろう?


「ショーイ、水の国の国王はどんな奴なんだ?」

「心の広い王だと言う評判だ。税や労役をできるだけ減らして、物や人の往来を増やすことで国を豊かにしようとしている」


 この世界の中ではまともな事を考えている王なのかもしれないな。しかし、税を減らして良く財政が賄っていけるものだな・・・。


「水の国の税収はどうなってるんだ? 金が無ければ兵士は養えないし、国の仕事もできないだろう?」

「水の国は農業だけで十分に潤おっている。水の国で獲れた麦は風の国と森の国に売られているのだ」


 そういう事か、この国は王制だから麦は国の物なんだ。農民が自由に売り買いする資本主義経済とは異なる。だが、潤っている国なら尚更攻められる可能性があるだろう。イラクがクウェートに侵攻したのも、石油で潤うクウェートを自国領土にしようとしたからだ。平和ボケしている日本も水の国も、隣には腹をすかせた狼が居ることを理解する必要がある。


 川が西に向かって曲がり始めた場所でボートを岸に着けて上陸した。俺の方向感覚ではここからは北東に向かっていかないといけないから西に行くと遠回りになる。俺はエアボートを収納して代わりの4輪バギーを取り出した。


-これからの選択肢を増やすためには、いくつか事前準備が必要だ。


「ミーシャ、お前がこのバギーを運転してみないか?」

「良いのか? これはお前とサリナの物だろう?」

「まあ、俺のものだけど・・・、いくつでもあるから。ミーシャも運転できた方が良いからさ」

「そうか、では喜んで運転とやらをさせてもらおう。で、こっちに座ってどうすれば良いのだ?」


 俺は誰も居ない荒れ地の中でバギーの操縦方法を美しいミーシャの横顔を眺めながら丁寧に教えた。手取り足取りではないが、近い距離で見つめていても不自然でない自動車教習は殺伐とした3日間を過ごした俺にはちょっとしたご褒美だった。


 戦争になれば、俺とミーシャは一緒に居られないかもしれない。ミーシャが一人でも自由に動けるようにしておけば、何かと都合がよくなるはずだった。


■セントレア イースタンの館


 サリナとハンスは車を隠した森の中から半日歩いて、日暮れ前にイースタンの屋敷にたどり着いた。久しぶりにエルとアナの顔を見ることが出来たサリナは二人を抱きしめ、二人もサリナにしがみついて来た。


「サリナお姉ちゃん! アナはお屋敷のお手伝いができるようになったの!」

「本当!? すごいね、イースタンさんの言うことをちゃんと聞いてる?」

「うん!しつじの人がいろいろ教えてくれるから掃除を一生懸命頑張っている!」


 サリナ達が居ない間にイースタンが仕事を与えてくれたのだろう。何もせずに待っていると時間が経つのが長く感じてしまうから、気を遣ってくれたのだと思う。


「お姉ちゃんは何をしていたの?」

「サリナは・・・、悪い人をやっつけてきたの!」

「?」


 エルとアナには通じなかったようだが、サトルと一緒に大勢の悪い人をやっつけることが出来た。お兄ちゃんやサリナを攫おうとしたり、ライン領で私たちを襲って来た奴らだから、サトルは全員倒すために今も火の国まで行ってくれている。


 お母さんとの約束でサリナは火の国には行けなかったけど、サトルは無事に火の国で悪い人達をやっつけられたのだろうか?


 それよりも、サトルが怪我をしてないと良いんだけど・・・。今日は戻って来るのかなぁ?


 サリナはエルとアナの笑顔を見ていても、サトルの事が頭から離れなかった。

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